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沖田総司辞世の句と言われてる「動かねば・・」をもうちびっと調べてみたら、句の創作含めてこの話題自体が某氏による「ねつ造」だそうだ(`´)そんな事をする意味がわからないよ(`´)野生のカン?でこの人の史料著書にはなんとなく手を出してなかったのだが、よかった。野生のカンはだいじかも。この人一体何をしたいのだろう?総司くんも泉下で「いやだなあ」って言ってるよね。これが「ねつ造」でなくて妄想小説にでもすればそれはそれは面白いだろうが。 銀座生まれで銀座育ちの松也くんが銀座歩いていろいろお気に入りのお店紹介してた。高級スイーツ店のクレープシュゼット作ってる段階でもう美味しいにきまってるねー。洋食みかわやさんのアワビのステーキ!緑花のシュークリームも以前から買ってみたいと思いつつまだ果たしてない。ってオーナー?がペニシリンのボーカリストと知ってビッ栗。興味津々なのが松也くん今はまっているというアロマのお店「エステバン」に行ってみたい♪お花のディフューザー可愛いなあ。オンラインショップもあるけど、これは実際に自分のお気に入りの香りをすでにもってないとダメだもんね。銀座・・・もお遠いなあ(゜゜) インフルエンザの予防注射はいまだかつて打ったことはない。うそと坊主の髪はゆったことはない。関係ないか。んでもさすがに今年は打った方が良いよね・・・。 んでもって、やはりテレビ映画「新選組血風録」。かんぺき。こまかいカテゴリわけは別として、、新月以外にこのような表現物に、完璧、なんてころの個人的な思いだけど、ほかに無い。 うういてて。参ったたぬきは目でわかる。新月日記書きたいのにエネルギーが( ´・・) 新八っつあんの若い頃のあだ名が「我武者羅な新八」略して「がむしん」だったというのが好き(史実)。新八っつあんらぶ。 明日の朝4時の時代劇専門チャンネルはついに「風去りぬ」。DVDぜんぶ持ってるのに、つい録画してしまうのはなんでかにゃ。 デ、いでででいでででいででででーお(バナナボートのメロディで歌ってみよお) あしたから10月になるんだなあ。26日で新月ファンサイト18年目に突入だ。『科学の夜』。 昨日新月日記に『少女は帰れない』と『パパと一緒に』について書きたい事があったのだが、まとまらなかった。 朝になったらさらにぴきっとが悪化。こんなに天気が良いのに・・・。でも穂紫蘇をやらねば(-人-;)つまりじっとしてろと。いたいよぉ。これ、ぜったい肥満の悪化も拍車がかかったせいだ。 カラーだ。カラーゆえに殺陣がすごくリアル。鴨の河原に〜っ♪てこのドラマの主題歌だと思い込んでいたがついに流れず思い違いだったんだなー。 一巻三話一気にみてしもた。細部に至るまで繊細に骨太に作りこまれた「新選組血風録」の重厚さから、すこし軽めの娯楽時代劇ドラマになってるかな?作品のクオリティからすると「新選組血風録」が遥かに高いと思うけどおもしろい。 けれど、「燃えよ剣」は原作同様時系列で描かれてるのでわかりやすい。 映像特典として栗塚さんの単独インタービューと、いくつかの画面を見ながら栗塚さんと黒須洋子さんが「新選組血風録」の撮影エピソードなど交えながらの解説がついてた。 スタッフが作る豚汁と鬼ぎり食べて徹夜で撮影して仮眠してまた朝からロケとか。 栗塚さんは島田さんの演技力に舌を巻いた、と言ってた。おもしろかったのは「島田さん」といいつつ、普段の呼び名の「順ちゃん」というのがあったので、なんか当時のあったかい関係性がみえたり<して。br> 栗塚さん、あたたかい、謙虚なお人柄がにじみ出ていた。 1970年作品「燃えよ剣」。 左右田さんが斎藤一でなく、原作にない裏通り先生ってお医者さんになってる。山崎丞は「新選組血風録」では赤影さまも良かったけど、中野誠也さんですごくかっこいい。西田良さのサノいい!むろん栗塚土方、島田沖田、舟橋近藤はそのまんま。 さすがに5年経っているので年齢は重ねたなーとは思うけど、雰囲気はまったく変わらず。 「新選組血風録」の時は26歳で同世代の沖田総司を演じてた島田さんだけど、菊一文字の荒神橋の決闘の殺陣のアップなんて、20歳くらいにしか見えなかった。 その島田さんは5年の間に結婚して子供がいる32歳の自分が20歳から25歳の沖田総司を演じるのは無理と当初断ったそうだがお前が沖田総司やらないならこのテレビ映画は撮らない!と説得(きょうはく?)されて引き受けたそう。なので出来はいまいちとインタビュー記事を読んだが、まったく、何の問題もないよー。 てか、沖田総司を「新選組血風録」「用心棒」「燃えよ剣」で三回演じてるのだが、全部同じに演じてもつまらないので、三回とも微妙に演技を変えたそうだ。「新選組血風録」の総司が無邪気だけど勘の鋭い、だけど自分の余命も受け入れて淡々として、人を斬ることには悲しみがあるふしぎな坊や、でも幹部として仕事モードの時はスイッチ入る。まだ三話みただけだけど、「燃えよ剣」の総司はもっと、なんというかこの経験値活かしてすこし覚めて大人の距離おいてるかんじ?まだ三話なのでわかんない。 「新選組血風録」より「燃えよ剣」の方が5年も後の作品なのに、「燃えよ剣」から入った、こちらをたくさん観た、思い入れがある、という人が多いのは、当初知られてなかった「新選組血風録」よりカラー作品の「燃えよ剣」の方が再放送される回数も多く、だから年代もあるだろうが、一般的にこちらを観た人が多かった、という事だそうだ。 だからここから映像でも新選組ブーム、そして沖田総司ブームが起こった。先に「新選組血風録」を観てるのでぴちぴちはつらつの総司とはちがうなーとは思うけど、ブームの主人公の島田沖田総司はまさにこれなんだね。 「燃えよ剣」観る。しかしまさにタイムリーな場面にびっくり。原作にも詳しく書いてるけど、江戸は外国船から入って来た麻疹ところり(コレラ)の大流行で家から出るな、手を洗えとか。経済もストップ。麻疹大流行で試衛館の出稽古も出来ず当然生徒も集まらず、ますます貧乏になる試衛館。てか閉鎖。ま、まさに今!たしか史実ではこの麻疹に総司も罹患したんだよね。 ようやく半分外し終わったが「新選組血風録」に疲れて、録画してある仁左さまの「勧進帳」。歌舞伎座でも観ているのだが、これは消せず。冒頭の能楽のゲストと仁左さまが全然かみあってなくて、仁左さまがちがいます、ちがいますと連呼してたのがなんかおかしかった。半分まであって今日はこのくらいにしておいてやろう。こちらはあくぬきしておいて、残りは明日やろう。いっぺんに収穫しすぎた。ぴきっとがいたい。 ぴきっとがいだい。左右田さんモノ「海仙寺党全滅」「槍は宝蔵院流」♪たっぷり斎藤一。強すぎる。「海仙寺党全滅」は総司がやたらお菓子食べて持ってウロウロして土方にすすめたら「いらん!」とか言われて「うまいのにあ」っ、て最後平隊士にあげて可愛い。 仕方ないので「新選組血風録」観ながら穂紫蘇をはずそう。何度もみてるからながら見ができるのであって、まだ未見の「「燃えよ剣」でながら見は出来ない。穂紫蘇とりながら本を読んで日記書ければいいのに('◇')ゞ いまさらだが、恥ずかしながらころ「おきたそうじ」と「おきたそうし」とふたつ読み方があるのだと、今年の春「新選組血風録」を観るまで思い込んでいた。つまりそのくらい関心がなかったのだが。沖田総司を演じた島田順司さんが、結束さんへの自己紹介で「自分の名前はじゅんじではなくじゅんしと読みます」と言ったところ、濁らない清音が沖田のイメージにぴったりだと役名を「おきたそうし」に決定した。幼名が「宗次郎」で「総二」の自署があるので「そうじ」に間違いないのだが、「おきたそうし」が史実のように広まった島田沖田ブームおそるべし。事情を知らない森さんが「俳優がそうしと読んでるが、そうじがただしいのに」と本の中でご立腹だったが(^人^) すかす、ころ、読む順番をまちがえたんだなー。テレビ映画「新選組血風録」で流れを知りたいと思い、原作「新選組血風録」を読み返し、黒須洋子さんのガイド本や結束さんのシナリオは、森満喜子さんの史料はほんとに早々に買ってよかったが、そっからあちこち手をだしてしもた。 まずにわかとしては小説「燃えよ剣」を読んで流れをつかみ、そこからこれは創作、というのを削って行って、司馬さんの元ネタになった子母澤寛の「新選組始末記」を読み、そこから新八っあんに行くべきだったなあ 。というわけで「新選組始末記」と最も信頼がおけるという宮地正人先生の研究書「歴史のなかの新選組」ちうもん。 新選組幹部ただ一人の語り部新八っあんの「新選組顛末記」おもしろすぎる。てか良い人だなー。って感情的な事ではなく武士としての節度なんだろけども、近藤・土方はもちろん別として、常に沖田総司を一番にたてた書き方してる。 同じ幹部で新八っあんと同じ年に亡くなってる斎藤一は残念ながら多くを語らずで本人が語った記録はないそうなので、ほんとに貴重な記録だ。 隊士一覧の中に佐久間象山の息子で勝海舟の甥というサラブレッドなのに超ポンコツのちんぴら「三浦啓之助」が居て、注釈に「食客」となってて、やはりこいつ別格扱いだったのか。さんざん乱暴狼藉を働いて最後なぜか鰻のかば焼きに当たってしんだこいつの話はまた別に。沖田総司をブチ切れさせた男(^_^;)そのあとの総司の大爆笑がすきだ。 朝になりだいぶ楽になる。きょうじゅうに穂紫蘇のしたごしらえいないといけないのに新選組がっ。 なんでぴきっとやってからむりして収穫なんかしたんだろ。うごけず(-人-;) 秋晴れの朝。すかし脇をまたまたぴきっと(;_ _) くせになってるんだ。痛いけど、なにがなんでも穂紫蘇を今日収穫しないといけないので泣く泣く朝もはよから収穫。外仕事ひよりだが痛いのと、想像以上の量だった。まずは穂紫蘇をはずす作業がかなりかかりそうだ。いてて。 麒麟のお口直しにやはり「新選組血風録」ランダムに油小路を選んで観る。史実ではもうこの頃は総司臥せってるのだが、この作品ではまだぴんぴんして、土方をおちょくってるので嬉しい。 んでもってついに「燃えよ剣」のDVDに手を出してしもた。まだ飾ってあるだけ。配役が左右田さんが斎藤一でないのが残念。「新選組血風録」から5年でこの間島田さんは結婚もして子供も生まれて32歳の自分が沖田総司はもう出来ない、と当初断ったそうだが監督さんはじめ皆さんに説得されて演じる事にされたそうで、ご自分の評価は ドラマ。(でも栗塚さんも、司馬さんの奥様もドラマでなく「映画」と言われてる)の元気でかわいい島田沖田が寝たきりになってからはつらくてもお観る事ができないや。なんども観てるんだけど。んでもDVD全部もってるくせに、朝4時の時専の「新選組血風録」をなぜか録画してたりしち。10月1日はいよいよ「風去りぬ」。新選組も時代劇もそんなカテゴリ一斉関係なく人間を描いた最高傑作。その垣根をはらえば観た人の心の琴線に響くのにな。 正代vs翔猿。どきどきした!正代よかったよかった。翔猿のつらがまえ、負けた時の顔、いいねえ! 史実。土方歳三。ほんとにかっこいい。もちろんまだなんもわかんないんだけど、少しづつ少しづつわかるにつれ、この生きざまに揺さぶられる高揚感。宇都宮城攻撃以降にやはり惹かれる。近藤の立ち位置による気持ちの変化と並行して土方は一切ブレはない。この二人の絆の強さ、とまた近藤沖田の絆の強さはまた別物なんだと感じた。土方沖田については、近藤にひかれたそれぞれの二人、の絆でにわか、にはまだうまく語れないけど、司馬さんが創作したような関係でないにせよ、それぞれの立場の超有能な才能を認め合っての、「わざわざ」語る必要のない綿密な信頼関係だったのではないのかな。土方の年賀状の代筆を総司も書いてるしね♪ そもそもテレビ映画「新選組血風録」を観てはまりすぎ、司馬さんの原作読み返し、それまで苦手だった幕末の事がわかったほうがさらに楽しめるのでわ、せいぜい年表がわかればいいか、というのがとっかかりだったのだが、いろいろ読んだり調べてるうちに深い沼にはまってしまっただ。ころ、単に栗塚土方・島田沖田、舟橋近藤・左右田斎藤、坂口山崎にきゃあきゃあ言ってるだけでよかったのに。あと史料ふたつくらいとりよせて読まないとダメかも。うああ。 永倉新八つぁん♪ご高齢だったから思い違いや記憶違いなどしかたないけど、ほんとにありがとうです。 地震の緊急警報に心臓のほうが。 竹内結子さんの訃報に驚く。ほんとうに素敵な女優さんだった。人の心はわからない。ご冥福をお祈りします。 すっかり秋めいた朝。 小田原城と一夜城と酒匂川で医療従事者さんたちへの応援花火があがったそうだ。父、元気で施設にいたら、花火見る事ができたのにね。まあ空から母と見てるか。 おすもう、若手台頭でおもしろいかも。 新月ファンのみなさんが、新月の事について更新されてないのにいらいらしてるのをそろそろひりひり感じてるころ(^-^; 集金に回って、お野菜もらったりしち。ただそのあと寝込んでしまったきょうはなさけないころ。 ううしかし、数日たったのにポーチの中見全部だして逆さにして空確認してそれでもなかったのに、あの、ポーチの底がどこかにつながっていたのかと思うがごとく手にふれたのをひっぱってみたらずるずる・・・あの感触がまだ。こわかったよこわかったよぉ。だらしなさにかーちゃんが怒ったんだあ。二十歳になった時母が注文して作ってくれたもので、それをETOROのミニミニポーチに入れて、ほぼ身近から離した事のないものだった。だからなぜないのか、顔から血の気がひいた。みつかったのが叔父のお通夜の日、というのがなにかあったんだろな。庇護してくれた叔父もいなくなってしまったんだからね。 「土方歳三」はいきざま本当にかっこいい。 すかす司馬さんが描いてるような土方沖田仲良しじゃれ合いがほんとうにあったら楽しいけど、司馬さんご自身が「創作」と言われてる以上、史料もないという事だよね。ただ仲が悪いという史料もない。とにかく、ふつう。 あくまで「近藤勇」という人物にそれぞれの立ち位置で強く強く結ばれた三人、だったんだろ、とにわかはおもっただ。 関連書籍読み切れないど。電子書籍よりやはり紙をめくりたいので書籍を買ってしまうので場所が。「小説」は買わない。史料から自分で勝手に想像して「つくる」のでo(^-^)o 先日入手したのは永倉新八つぁんの幻の手記「浪士文久報告記事」とその解説。 新八つぁんは覚えてる限り新選組の事を書いたのだが、これをたまたま横浜の講談師に見せてしまったところどうしても貸してくれと言われて必ず返してくる事を条件に貸してしまったが、その後何度催促しても返してもらえずそのまま世を去ってしまった(/_;)。 それが近年1998年に発見された発見されたすごい史料でまず読売新聞が一面トップで報じた。まだぱらぱらめくっただけだけど、池田屋襲撃の様子がすごぎる。近藤がちゃんと述べた口上、まず一番先に最初に斬りかかってきた浪士を、沖田が斬った、とかひえええ。 新八つぁんすごいなあ。むろん記憶ちがいもあるのだろうが、ちゃんと残したい、という気持ちでこの新選組幹部の史料ほど価値あるものはない。近藤とたもとを分つのも、気持ちわかる。 これはかなり集中力がいるのでまた後日ちゃんとよもう。 朝起きたのになんか疲れたよパトラッシュ。きょうは自治会の集金にまわらねば。 録画しておいたエールみる(/_;)15分が濃かった。「歴史ヒストリア古関裕而」良かった。 しかし朝の7時代の時間帯はくだりだからすいてるだろうとおもいきや電車が高校生のラッシュでぎっしり(@_@)みんなスマホみてるからおしゃべりはしてないけどね。ここまでラッシュの電車に乗るのはコロナ以降なかったのでひええ。お天気がもってよかった。やはり父の帽子がかっこよかったので、帽子を用意したんだーと従妹弟が言ってて、帽子かぶっての旅立ちこれから流行りそう。ひとつ昨日間違い。曹洞宗大本山「永平寺」「総持寺」のダブル大本山。うう「総本山」がふたつあったらへんだよね、ころは、ころはぱあだからっ。まちがえたー。みんな元気でいよう。お葬式はもういいよ。 ちゃんとお別れをしなくちゃ。 ねむい(=_=)。コドモの頃遊びに行くと叔父が作ってくれたミルクセーキもう一度のみたい。初めて飲んだ時、世の中にこんな美味しい物があるんだ!と思ったっけ。 司馬さんの原作まだあるど。マメな土方が決闘の前に着替えをすみっこに隠しておいて、二人で敵を斬った後、総司に「早く着替えろ!返り血で着物がたいへんになるぞ!」と慌てるんだけど、総司がきょとんとして「?え?泥ついただけだから、こんなんの手で払えば大丈夫ですよぉ」と言うので見たら総司には返り血なんかなくて、こいつどんな斬り方してるんだよとくやしくなったとか、個食でないといやな土方が部屋でひとりでごはん食べてると、総司がきてじぶんは食が細いので人が食べるの見てるの好きだから見ててあげるからもりもり食べてくださいとか言ってなんかやな感じで、伊東甲子太郎が入隊した事を知ってます?とか言う。なんかむかむかしてきてなんでそんな大事な事を副長の俺に誰も知らせないんだとむかつくと、総司が「あ、言い忘れてました。近藤先生からの使者がわたしでーす」とか言う。「なんで早く言わないんだよ!」と言うと「だって土方さんおちょくると反応がおもしろいんだもーん」とか(^m^) 昨日本当に探しまくったんだ。なのになんで?普段入れておいたポーチから消えてて、中身全部出して空にして確認したんだ。それがなんでなんでなんで。いまだにずるずるっと引き出してそれが出現した感触と驚きがああ。ぞぞぞ。一緒にしておくんじゃない!という事なんだろ。そういえば以前に無くしたものは何故ここから出て来たんだ?というのもあったっけ。ただ、唯一見つかってないのは、母さん、あの帽子どこに行ったんでしょうね。未だにでてこないのは、ほんとに単にどこかに落としたのかもしんない。だから母にはどうでもいいのかも。 出かける前に「完●全●再●現 新●月Complete Edition / 1979 Shingetsu Live」を聴いてたのだが、自分の出棺の時にかけてもらう新月曲を選んで葬儀用CD作っておいたほうが良いなと真剣に考える。このライブアルバムかけておいてと頼んだは良いが節目と山場で『少女は帰れない』が流れたらマズイとおもうやはり。みんなどんびき。ころの準備不足で父の謡は母から言われてた富士を超えて天へ昇る「羽衣」でなくて仇討ちの「小袖曾我」になってしまったし(゜゜)母怒ってるかも。しかし自分の葬式って自分で見られないんだよね。 台風がなくなって本当に良かったですねと式場のひとも言ってた。父の中折れ帽に紋付袴がかっこよかったからか、従妹弟も帽子用意してとても良かった。ほかの従妹弟たちも帽子を買っておいてあげようと言ってた。鶴見の総持寺からお二人住職が来られていて、読経後ありがたく「血脈」を見せていただき永平寺と総持寺のダブル総本山のお話がありよかった。あしたはお別れ。ただ叔母が心配だ(;_ _) ちょっと待ってよ)'0'(ぢつは昨日とんでもないなくしものをして落ち込んで、よほどおまわりさんに届けようと思ったのだが腑に落ちず。で、いまなにげに見てみたら、魔法のようにもとに戻ってた!(^^)!父か母か叔父なのか。へたへた。だってきのうこのポーチ全部中身ひっくり返したんだよ。忽然と消えてた。それがきょうふと底に手をいれてみたらそれが手に触りずるずるっと引き出して時異次元から這い出たみたいな感触がもおうわああ。なんでなんでなんで?たまーに母にこんな物理的なことをやられるが、まあそのなんのイマシメかわかったよ。 身内がつぎつぎに亡くなってるのだからこれ自体よくないのだから、しかたないか。ただ、台風がこのあたりはもう影響亡くなって晴れて来た。叔父すごいかも。今日夜おそく明日朝早いので気をつけねば。しかし台風ここからどけた叔父のパワーおそるべし。さらに暑くなってきたりして。 左右田斎藤さん(^m^) むろん「新選組血風録」でも「燃えよ剣」でも、原作もドラマも総司が土方をおちょくってじゃれあっていちゃいちゃしてるのはさいこう♪土方も総司もかわいい。原作で、総司から、鴨のとんでもない報告聞いて真っ青になってる土方に、総司が「顔色わるいですよーなんかわるいもの食べたんじゃんないですかー?」とか、ところとかぷぷぷ。てかこんな場面がないと血のにおいで窒息してしまう。 ドラマ、原作から離れて史実(と伝わっている逸話もまじえて)の沼にはまっていくころ。いろいろ調べて近藤土方沖田の関係性もだんだんわかってきた。だんだんまとまってきたど。 ちょっとおもしろかったのは、「土方・沖田」のじゃれあい関係は全く司馬さんの創作なのに、これがなじぇか「史実」として以降、土方沖田なかよしが基本でいろんな人が小説が書いていると、司馬さんが苦笑されていたそうな。 傍目八目だけど、にわかころにも史料から読み取れるのは、「近藤土方」「近藤沖田」であって「土方沖田」というのはない、というかないと断定してはいけないけど、必要以上にそんなにじゃれあう仲良しではなくて、仲間として、ごくふつーの関係。 そもそも沖田と土方は立ち位置が違う。沖田の方がこどもであっても試衛館道場では腕前も土方の兄弟子。だが組織新選組では近藤と土方二人のトップの下に沖田が位置する。 池田屋で昏倒して戦線離脱した沖田が真っ青な顔しながらも一人で歩いて帰ると言い張り、横に土方が付き添って歩いていたという見物人の目撃談も、仲良しというより、局長の近藤が先頭を歩いているのだから、ナンバー2土方があくまで歩くと言ってるナンバー3沖田の横に付き添って歩くのは当たり前と思う。 沖田が気が強くて見栄坊だから具合悪くても一人で歩くんだ、というのもあるけど、藤堂平助が額を割られて重傷で戸板で運ばれてるし、彼の性格からして、疲れている他の隊士に負担をかけたくないのでそう言い張ったのではないかな。 屯所に掃除に来ていた人が土方沖田が囲碁をしていたのを見た記録もあるけど、別に幹部同士がちょとヒマだったから囲碁でもやるか、というのも普通だと思う。むろん総司が子供の頃からの付き合いだからこんな休みの時は軽口も叩くだろう。 芹沢鴨と近藤勇も葬儀のお手伝い受付ふたりでしてる時、弔問客が途絶えた合間に。なんか落書き(芹沢が子供たちに面白い絵を描いてあげた。鴨はお酒飲まない時は良い人だったらしい。ただし、飲んでない時が昼夜問わず殆どなかった(^_^;)してつんつんしあって笑いあっていたというし。 でも、こゆことは「ふつう」にあるわけで、司馬さんご自身が土方沖田のじゃれ合いは「創作」と言ってるのになんかこれは史実なんだと強硬なファンのひとたちがいてそれが一人歩きしてるそうな。 一時期、沖田総司の辞世の句とされてる「動かねば闇にへだつや花と水」ってもう病気で動けないので、土方さんと共に闘えない、そっちの方が悲しいそんな解釈の句がネットでコピペされていたが、あの沖田がこんな句を読むとは思えない。 そもそも、そんな辞世の句を詠んだ短冊もしくは書が発見されたらただでさえ少ない新選組の歴史的史料発見と新聞賑わすはず。 あのわずかに7通だけ残ってる沖田書簡(おそらく沖田家のひとたちは官軍をおそれて手紙は処分してしまったんだろね・・・。)特に山南敬助の事をさらっと報告してる事をみても、教養の高く毅然とした人というのがわかるので、こんな「辞世の句」はありえないと思う。てか、土方が意外に女性的な文字とかおとめちっくな句を詠んでるけど、沖田は「句」自体詠まない気がする。勝手な想像だけどぉ。 沖田総司は子供時代ものすごく苦労していて/_;)近藤勇に支えられ、近藤先生に命を捧げていた。近藤の処刑を知らされないまま亡くなったが、最期まで近藤先生の事を気にしていたという。 土方ではない。 近藤は総司が亡くなる約二か月少し前に総司を見舞っているが土方が見舞ったという記録はないそうだ(可能性はあるかもしれないとの事。ただ土方の動きからしてそんな時間もなかったかも)。 この句はごくごく最近のとある誰かの「創作」だと、ほぼ断定されているそうだが、これも司馬さんの「土方沖田なかよし説」という後づけの関係性から思いついんだろーね(^_^;)こんな句まで作らせてしまう司馬さんおそるべし。 叔父のパワー凄すぎる。台風が「東へ」それた。自分の葬式邪魔するな!の気合であろー(^_^;) しかし、ちょっといろいろありすぎて。「ぼく、この頃人生がむなしいんだ」。でもあかね雲がきれい。 朝から雨。父が逝ってから、従妹がうちのおとうさんもおじちゃんの後追うかも・・・って呟いていたけど、はやすぎるなあ。明日が納棺お通夜なのだが、台風が。 天気も良かったので小田原城天守閣あたりも観光客多かったのかな。RYOの前通りかかったら行列してた。小田原から帰る電車も普通に混んでいた。ころまだ東京まで行く気にはならないや。 朝まで詳細わからないまま、外仕事の続きガンガン合間に叔父の事の連絡やりとり。やはり父母叔母と同じ場所だった。、本来の目的お墓参りをわすれてるじゃん!で、さすがお彼岸であちこちお花が華やかだ。お花お線香お水あげて帰りかけて、肝心のお参り、をするの忘れて引き返したりして。ひさびさの「うろんや」でパスタランチがまだあったのでデザートにかぼちゃのプリンがおいしくてほっとする。叔母たちと時間合わせて叔父にお線香をあげにいく。少し早めについて先におまいり。末期の水はお酒なんだーと従妹に言われてぷぷ。叔母たちと合流してもろおろ。24日台風にはそれてほしい。もうかなり覚悟していたとはいえ・・・叔父の奥さんである叔母がだいぶ参ってるので心配だ(T-T)あだまぐるぐる。詳細の連絡は夜おそくになるらしい。 ガンガン庭仕事して良い汗かいて、街の美味しい中華屋さん「森羅」。もんのすごくひさしぶりの外食♪紹興酒も美味しかった、でも実家に帰宅した途端、叔父の第一報。あとは詳細は叔母からの連絡待ち。なんかお彼岸のお中日にたまたま行く事になったのだが、はかったみたい。仏壇の祖母母叔母父に、報告。 でかけねば。 で、そこに1965年、1970年の島田順司さんのおきたそうし。同一視されて沖田総司大ブームが起こった、のもなるほどなーとなっとくしただ。 くもりで涼しい。朝からまたよみふけってしもた。今日は沖田総司に関して。幕府御典医松本良順がはっきりと好青年と書いてて、総司の事気に入っていたから江戸に移ってからも危険を犯して匿っていたんだね。 新選組憎しの西村ですら、沖田の悪口は言ってないので、美剣士うんぬんでなくて、そういった雰囲気・人柄が良いというところが愛されてるんだ。司馬さんの総司についての表現に「育ちが良いから言葉が良い」というのがある。 他出典がはっきりしてるものもあるけど、永倉新八の記憶違いをもとにしたものとか、一番こまるのが、子母澤寛が「関係者子孫のだれそれから聞いた」自体を創作にしてるものだなー。 切ないのはやはり数え年九歳で試衛館に里子に出された総司だが、師周作の妻が非常にきつい人で、この妻にひどい事を言われてこき使われ、唯一打ち込めるものが剣の稽古だった、というもの。 ただ出典がわからないのでほんとうにこの女性がそうだったかはっきりしないしここだけきりとってはいけない。ただ大人たちの間でどれほど気を遣ったはわかる。 同じくらいの年頃の子供と遊ぶことも出来なくて、家事以外は唯一ひたすら剣の稽古と勉学にうちこみ元々天分の才もあったので、10代で塾頭になっている。 それまで姉たちに育てられていたのが今度は完全な男所帯におっかない奥さん。姉のところには長男が生まれたので、もう帰るところはない。 こちらはころの想像だけど本来の明るい気の強い性格もあるけど、やはり自分のつらい本心や弱みをみせたくないからいつもにこにこ、冗談を言ってみんなを笑わせてたんだじゃないのかな。京都時代八木家や近所の子供たちと遊んでいたのも、子供時代そんな風に遊んだことなかったから、子供たち遊んであげてた、んじゃなくて本当に自分自身楽しんで子供たちと遊んでいたんじゃないのかな。 薄幸の夭折の天才剣士、やはり、惹かれる。 半沢直樹!おもしろかった。 やもちゃん、未だに今日出勤してこない(/_;) 麒麟ふざけるななにこの義輝さまのあっさりした最期は!架空の駒とか東庵とかいろはとか尺とってからに(;_ _) オノマさん、もったいない、本多奏多くんはいいのだが。ラスト数分くらいでちとよくなったかも。 明日はお彼岸のお参りを兼ねて実家とまり。夜は外食けつい。歩いて五分のところにある中華にしただ。長居はしないけど・・・紹興酒とか飲んじゃうかもo(^-^)o 原作「燃えよ剣」土方と、架空の人物お雪さんとのロマンスがこっぱずかしくて、かなりの分量を占めてて、先に「新選組血風録」を読んで観てしまったのでかなり違和感があるが、このお雪さんを通じて、土方像が語られてる。架空の人物なのだが、たいせつなたいせつなお雪さん。司馬さんは「小説家」なんだなあと思った。人間味があるのが「燃えよ剣」ドキュメンタリー的なのが「新選組血風録」かな。原作どちらもすごい。そして、清涼剤になるのが総司。でもね、もう、寝込んでる。 おすもう。とちのしん、変化はたぶん偶然になってしまたのであろう。ちょと後悔があるみたい。やはりいいひとだ。 栗塚土方さん、左右田斎藤さん、リンダこまっちゃう。告白されてないけど( ´・・)島田沖田はファミリーの可愛いアイドルo(^-^)o舟橋近藤さんはあにき(^^)。 コロナのせいだが、新月Project feat. 北山真の後、久々にころオフ開催しましょうと気運高まったところで完全に寸断されてしもた。父の事、ころのメンタルのせいもあるけどFacebookからも距離置いたので、今は公私ともにひきこもりやね。まあでも、以前も書いたけど、こうしてなじぇか新選組の世界(いやあくまで司馬さんとNETテレビ映画の世界)に浸って違うものの見方に気づいたりして、新月サイトやっていく上で、よくわかんないけど、これは自分にとって良い事のような気がする。逃避とは思ってない。 ひたすらあれこれ読みふけるころ。サルにもわかる幕末系からいろいろ。 いやでもその中で、ほんとに「沖田総司が好きで好きで好きで・・・」の森満喜子さんにもう心をがっちりとつかまれてしまった。 ふたたび、沖田総司最期の時に蛍たちが、の部分と、昭和28年当時関係者くらいしか知られていない沖田総司のお墓参りの部分を読み返して涙ぐむ。 20年前に亡くなられているのだが、あちらで初めて総司に会えた時、失礼だけど、少女のように頬を染めていたのではないかなと、想像してまたうるうるしてしまった。 森満喜子さん、あったかい。ありがとうございます。 一番近い新選組関係の小島資料館が町田市鶴川にあるので行きたい。第一第三日曜日の午後のみ見学可能とか。 沖田総司年賀状、近藤勇のあのドクロの刺繍のある稽古着等ほか史料が展示されててじぇったい行きたい。 しかし鶴川!武相荘とはしごは難しそうなので、小島資料館みて、薬師寺公園の丸太橋わたって♪一人旅でもおっけだが、町田在住の彼女たちがノッてくれるにちがいない。Aちゃん新選組ファンだし。 たのしー・・・ってコロナ右肩あがりじゃん。 ちょと遠いけど日野の土方歳三資料館・井上源三郎資料館にも行きたいけど・・・。 電車に乗って「東へ」のハードルはまだ高いよ。東京方面への電車乗りたくない・・・。電車乗るの好きだったのに。 ぐっと涼しいね。歩いてると彼岸花が咲いてる。ふしぎな花だよね。毎年彼岸の入り前からいきなり「出現」。 Facebook復帰はもう少し先かな( ´・・) やもちゃんが来ないとちょとしんぱい。だったが出勤が遅れただけのようだった。でもいつもはずっと張り付いたままなのでキッチンの照明を一晩中つけてあげていたのだが、今日はいなくなったので、消灯。つまりほかでもエサをとれるようになったんだろね。成長の記録? 第8話「長州の間者」。第7話「菊一文字」とは時系列が逆になってる。わざとだろーなー。「菊一文字」では総司の病気、菊一文字を貰って最高の笑顔、淡い初恋、優しい父のような平隊士のかたき討ちの臨場感緊張感でひりひりするような殺陣、菊一文字に寄せる儚い自分の命と願い。沖田総司という若者の清冽さに切なく心惹かれる。総司に初めて冷たくあたる土方の厳しさにそんな、ってぐっとくるが、これは土方自身が「刀は飾り物ではない」の深い自戒があるからだ。池田屋事件の後の話だ。 「長州の間者」は池田屋事件のいわば前夜のような物語で、前半えんえん30分深町新作ロマンス話。深町目線で話がすすむので、一番隊組長沖田総司が、こわい。 原作とは構成が異なるが、「新選組」に潜入した間者は決して許さない、というどちらも沖田の隙のない厳しさ怖さがある。 前回の菊一文字で子犬のような可愛さ、短い命を覚悟した切ない総司を見せられたあと、この怖い総司は誰?とあまりみたくない人もいるようだが、これも沖田総司の間違いない一面。 間者を冷たく観察する総司は原作もドラマも両方ともこあいよぉ、原作なんかまず最初に沖田が深町は間者だと看破してる。沖田総司は武人だ。 「武士らしくしたまえ!!!」の一喝にこっちも震えあがったよお。 東京に行きたいけど、まだ行かれないや( ´・・)三谷シネマ歌舞伎「風雲児たち」こまったなあ。 森満喜子さんの史料はあたたかい。 総司が亡くなったのは新暦7月19日夏だから植木屋の庭には花も植物もたくさんあって蚊も多かっただろうが、お医者さんの立場からも、蚊遣りの煙は肺結核に良くないのでそれは焚かずに、蚊帳を吊っていたのではないか、そしたらこのあたりは蛍の名所なので、蚊帳や天井に止まった蛍たちのちいさな灯りが点滅して総司を見守っていたのではないか、という意味の事を書かれていた。 眼からうろこの救いがここにあった。この植木屋さんのすぐ目の前に川が流れてるんだって。 だったらほんとに蛍、飛んでくるよね。そしたら総司はひとりぼっちではなくて、たくさんの蛍たちのちいさな灯りが点滅するのを見ながら穏やかに旅だったんだ、点滅する可憐な灯りを見ながら仲間たちの事思ったかな。 こんな中、黒猫なんか斬ろうとするわけないじゃん(我ながらしつこい(^-^;だからもう創作とほぼ断定されてるんだってば)。結束さんが黒猫斬り創作を取り入れてなくてよかった。 最期は、蛍たちがたくさん光を集めて見守っていたという事を信じたい。いや信じる。 今も1st「新月」を聴いているわけだが、先日から書こうとしてる事が文章にならんなあ。その件でGathering Alley #1でアンジーさんが生真面目に食い入るような新月ファンに思わず漏らした一言が面白かったが。そのあと慌てて「ばかにしてるわけではありませんよー」っていうのも面白かった。もちりん、アンジーさんが良い方なのはみんな承知で、そんな風に思ってないけど、その後のフォローのはなさまMCとか、まとまんなくて嗚呼。当時のレポートは書いてないので詳細がわかんないや。「新月」再現プラスアルファしたんだなあ。 転院してまだ十日なのに叔父の調子があまりよくない。いのる。 よみふけるころ。すかすほんとにもしも1979年のあの夏に高校生くらいからはまっていたランボーとかシュルレアリスム系はむしろ卒論の合間の逃避に読んでいたのでもんだいないが、初めてであってしまった新月と新選組と同時にはまっていたら、のめりこみ体質のころ、卒論書けず留年してたりして。 森満喜子さんが、沖田総司の墓参りに行った部分は、ほぼエッセイになっている。 昭和23年に子母澤寛氏に問い合わせ、尊称寺の場所と「賢光院仁誉明道居士」という素晴らしい総司の戒名を教えてもらい、お墓があるという事を知った喜びと5年後の昭和28年に、ようやく上京する事が出来た時の事が書かれてる。当時殆ど沖田総司の墓の存在を気にした人は縁者以外にいなかった時代だ。 なんか、1999年に初めてインターネットにつなげた時、真っ先に新月公式サイトを探した時の事をなんとなく思い出してしもた。 今なら六本木ヒルズが目印だけど、バスで降りて歩いて、森さんは途中「若い人のお墓だから花をいっぱい捧げよう」と両手にいっぱい季節の花を買いこんだそうだ。 お寺に着いてご住職に訪ねたとき、はっきりと「沖田総司さんのお墓はありますよ」と言われて、へたへたとなりそうになった、お墓にお参りして、現実に百年前にこの若者がたしかにこの世にいた事を実感した喜びを、読んでいるこちらもひしひしと感じる。 こぐまさんから、新月がボックスを制作計画してる、って教えてもらった時の感動がよぎった。森さんの手を取りたいと思った。 その後、やはり昭和四十年放映の「新選組血風録」から少しづつ五年後放映の「燃えよ剣」から爆発的にお墓参りの人が増えたそうだ。独りぼっちで旅立った総司もさぞやビックリしたろうね。 森さんは理由を明記してないが、墓石を損傷したり持ち去ろうとしたり、他心ないファンの迷惑行為により昭和四十九年から檀家以外の一般の墓参は禁じられた。 総司も泉下で「いやですよ。」って困っていただろうなあ。 それはともかく、森さんが昭和二十三年以前は沖田総司のお墓があるのかないのかすらわからず不安だったけど、今(この本が書かれた時)は直接お墓参りができなくてもお墓がちゃんとある事がわかったので、それぞれが自分のなかで霊を弔えば良いのでは(大意)に、うんうん。 じめむし。彼岸の入り。サイト継続の入金してきた。やれやれ。あぢぢ。 エルトン・ジョンさんのすごい作品集が発売されるそうな。 おすもうみなくちゃ。 「テレビ映画新鮮組血風録」「風去りぬ」で総司が匿われてる千駄ヶ谷の植木屋にやってきた官軍だが、かぶりものが黒にも白にも見えないので、やはり赤熊しゃぐま、土佐なのかなーと、ぼんやり思ってたのだが、今日森満喜子さんの史料を見てたら、当時「千駄ヶ谷は土佐藩の警護区域である」と明記されていて、おおっo(^-^)o 幕末ファンなら当たり前に知ってるような事を知らないので、こうやってきちんと時代考証されてるって事が、こう、パズルがあうみたいに検証できてうれしい。 「燃えよ剣」を先に読んでいたら、それも学生の時読んで新選組がストライクゾーンに入っていたら、まるで違う沼にまっしぐらだったかも。新月、シュルレアリスムと同時に知っていたらどうだったわからん。ただ大学の同級生にすすめられて「カムイ伝」には、はまったというか圧倒されたっけ。全巻持っていたのに引越しで処分してしまったのは残念。あとからかなり残念な漫画本を処分して後悔した。くくう。 栗塚土方が激戦なのはあたりまえなのだが、左右田斎藤は想像以上にライバルが多いのだ。うーむぅ。まずいなあ、激戦だ。しかしころ、何と戦っているのだろう。 栗塚土方、虎徹ちゃんことおみね役の丘さとみさんのインタビュー記事読んで、もちろん丘さんは当時のトップスターでそれこそ二枚目大スターと多く共演されてるのに、栗塚さんと初めて顔合わせした時あまりに美しくてずーとみつめて栗塚さんが照れてしまったそう。無名の新劇役者が丘さとみさんに見つめられたらドキドキしてしまうかも。ロケの休憩時間に栗塚さんが土手に降りて行ってたくさんの草花を摘んで丘さんに渡してくれたそうで。ひ、土方が〜!はあと。これって変、いや、恋?< ちょとづつかいけつ。おちけつ。ちとでかけていたので、午後になって原因わかった。なんせクレカがらみなので心臓ばくばくだった。もう出るのやなので明日再手続しよう。ただ、更新は明日になってしまうが、結果的に怪我の功名で自分が安心できる方向がわかってよかったかも。んでもつかれたよパトラッシュ。 気づいたのが夜だったのだが入金締め切り手続きは15時までだった。自動更新にしていたのに。とほほ。問い合わせちう。で、カード会社の方は問題なかった。最近ニュースになってるのが浮かんでまっさおになっただ。血圧が!HPかりてるところがもんだいなら、また変えるしかないか。ドメイン気にいってるんだけどね。おちけつ。 とほほ。HPの件ともうひとつ、きょうめんどくさいことしないといけん。ふう。ぼおっと生きててこのていたらく。 ふと、新月の事を書こうとするとき、このくいしんぼのころなのに、空腹時が一番書けるというかおなかすいてないとうまくかけない。仕事してる時は出勤前のほんとに早朝に書いてたなー。ふしぎ?『鬼』。総司にとっての「菊一文字」みたい。永遠に生き続けるんだなー。 「燃えよ剣」を読んでさらにわかったが、沖田総司美剣士説は司馬さんも書いてるでわないか。可愛い唇だの美貌だの、これは罪ではないか。 ただ、死に近づいてきた総司の笑顔が透き通るように美しさになってきている、という記述は「新選組血風録」にも同じく書かれていたけど、まさに「風去りぬ」の島田さんでしかない。 そして多摩弁?を駆使しての土方の言葉づかいがあまり乱暴すぎるのに、やはり映像はきっちり栗塚さんので再生される。 「テレビ映画新選組血風録」にここまではまるのは、むろん内容完成度の高さ素晴らしさもなんだけど、じぶんが苦手で避けて知識がなんにもなかった「幕末」「新選組」についてちょとづつお勉強して、それがわかりながら観るとまたさらに、そういう事だったのか!という発見や学ぶ楽しさが加味されてるからだねー。 「風去りぬ」でも総司の元を訪れる新選組隊士たちの「甲陽鎮撫隊」の事も恥ずかしながら初めて知ったし、「江戸の月」でも「風去りぬ」でも理由を描かれていない江戸以来の同志永倉新八、原田佐之助がなぜこの後離脱したのか、とか調べて、そうだったのか・・・とか思って見るとまた深く、どんどん自分にとって足し算の作品となっていく。そしてスルメになっていくのだった。 あぢー。やもちゃんのために仕方ないので一晩中キッチンの灯りつけておいた。ごはんにありつけたのだろうか。長梅雨と猛暑でパセリ類が全然育たないので、それを食草にするキアゲハいもちゃんはもちりん、ヤモリのエサになる「コナガ」も全然みない。こんなちっぽけな蟻の額のようなエリア内でも生態系がくるう。 今日全然ダメなところへ、サイト更新手続きができずやなかんじ。明日サイトダウンしてるかも。もおやだ。今日は新月なのに。ちょっとつかれたよパトラッシュ。 今夜もこやもりが来てくれてるのが、いきもの、が身近にいるだけでうれしい。しかし全くエサとれてないみたい。夕べ、いつまでもいるので、つい電気つけっぱなしにしてしもた。 第24話最高傑作「風去りぬ」。結束さんオリジナルだけど、司馬さんの原作を完全に咀嚼したからこそ、こんな素晴らしい脚本になるんだなと、何度か観て、やっとわかりかけてきた。 新選組がどうのとか時代劇がどうのとか、そんなジャンルを越えてる。島田さんの演技力が細部に至るまで光る。 姉のお光さんが去り際に何度も何度も立ち去り難く振り返るので、縁側に座ったままの総司は笑顔を作ってお光さんを見送る。カメラは今度は総司の後ろ姿を映す。 植木の影に姉の姿が消えかかる時、座ったままの総司が一瞬「のび」をして最後まで姉の姿を見ようとする。 再びアップになった総司の顔からは完全に笑顔が消えて、孤独に耐えるいたましい表情は、いまそこに居るのは沖田総司本人だと思ってしまう。事実、当時そんな人達が昭和40年代からの沖田総司ブームを作ったそうだ。 ラスト、土方・総司別れの場面の栗塚さん、島田さんの名台詞のやりとりはもちろん、互いの顔の表情だけの演技がもう(/_;) この作品については、溢れる思いを書ききれない。 今日は、ちょっと。 とびざる。良い四股名だよね♪じゃんねん。 もうお彼岸なんだねー。 昨日ごくごく近くのご近所でかなり大変なさわぎがあり・・・。今朝知った。引越しした来た時優しい言葉を頂いたけど、あとは殆どお会いする事はなかったが、かなしい。手を合わせてご冥福をお祈りするしかできない。 今日は新月。昨日から、Gathering Alley #1アレイでの事を書こうと思ってているのだが、まとまらなくて、やめた。べつに、そんなに濃い事ではないのだが、はんぱになら書かない方がよい。 司馬さんは新選組を執筆しながら血のにおいに耐えられない、というような談話をどこかに書いていたのを読んだ。史実でもその性格が底抜けに明るいと知った沖田総司をオアシスにして、清涼剤として心を休めながら、書き進めていたのかな? 四十九日すぎたんだから、もうしゃんとしないと(゜゜) 森満喜子さんの「沖田総司・おもかげ抄」。「史料」なのに、なんでこんなに暖かいのだろう。 まだまだあづい。きょうは新月。 おお。台所のガラス戸のむこうにちびやもりが。いつぞやおたまじゃくしみたいな子やもりを家の中で見失ったが、このこが家から脱出して育ったんだったらいいなあ。がんばれー。 「英雄たちの選択」は古関裕而さん。以前も見たはずだが感動で涙。オリンピックマーチはあの明治神宮の学徒動員への思い。うんうん。 バジルは今年やはり香りが全然なくて、つくったジェノベーゼソースもいまいちなので、冷凍睡眠させずに使い切ってしまうことにした。大葉だけが元気でかなり今花穂がすくすく。実がついたら塩漬けをつくるんぢゃ。今年唯一のまともな収穫物だなー。タイミング逃さないようにせねばなのだ。 第14話「狂った盃」。結束さんオリジナルだが、四番隊組長松原が起こした人妻との壬生心中事件なるものが元らしい。これも詳細よくわからず、松原は切腹傷が悪化して死亡、としか記述がないので、隊規により切腹なら介錯がつくはずなので、生きてるわけがない。勝手に切腹しようとしておなかに傷つけたのだろうか? それはともかく、土方語録「あしたの付き合いを気にしては明日の喧嘩はできない」。うーーむぅ。 架空の物語のメインは佐野という京に詳しい酒好きの隊士が山南敬助に頼まれて、お西さんの坊官に話をつけてもらう事が並行してる。山南敬助は新選組にも時勢にもいやけがさしてる。 佐野にたのんで坊官と会談する山南敬助。 佐野はふだんは良いけど酒のむと酒乱。山南敬助さんのダンドリをとって気分よく飲んだはいいけど帰途酒癖のわるさで単にすこしぶつかっただけの浪人を切り捨ててしまう。 尋常ならば私闘で所司代に届ければいいのだが山南敬助と本願寺の会談が新選組にばれてしまうのでこそこそ処理する佐野。さらに、ここで自分が殺してしまった浪人の妻に恋慕してしまう。これをひたかくしにしてしまったために、悲劇がおこる。 前半の新選組の宴会場面が楽しいのだが、並行して山南敬助が西本願寺の坊官と密会、徐々に新選組から離れていこうとするのを、土方が早々に察知する。いや勘のいい総司もいちはやく気付いてるが、えへへわかんなーい、と笑うだけで余計な事は何もいわない。 酒乱の佐野が隠していた浪人惨殺の件を土方が知るところとなる。総司についてこいと言って、佐野をみつけて詮議をしようとしたのに、はからずも山南敬助の暗躍を佐野は土方沖田にしゃべってしまう。 すでに酒が回っておかしくなってる酒乱の佐野を土方の命で斬るように言われて総司がひとこと「付いてくるんじゃなかった」。総司人を斬りたくて斬ってるわけじゃない。 店内だし、斬りたくないから、佐野さん止めてと言うが、酒乱の佐野が暴れまわるので、仕方ないので一刀両断。逆袈裟ぎり?珍しくアップの殺陣場面だ。 今日の総司のひとこと。「血のにおいがしない。酒のにおいがする。」 必ずだれかが不幸になる結束さん作品。 ラスト、君の名はよろしく、あともう少し早く総司と原田が彼女のところに間に合えば今回のヒロインも子供もせめて安心できるのに・・・。お互いなにもしらず、ニアミスはするんだよー。総司と原田の笑顔と十朱幸代さん似の今回のヒロインの不安な表情がいたましい。 というわけで「新月」と「新選組血風録」と「燃えよ剣」にもどろおっと。もちりん森さんの「沖田総司おもかげ抄」は大事な史料だ。大内さんのいくつかの本の中に島田順司さんが沖田総司について語っているインタビューが収録されているものがあるそうなのだが、入手不可。これも島田さん著書「我が心の沖田総司」同様、島田さん関係は所持してる方が手放さないんだろなー( ´・・) ただ、森さんも「沖田総司」の小説をたくさん執筆されているが、同様な理由で小説には手は出す事はない。というか、森さんはご自分がつくられた沖田総司に完全に恋してしまっているそうだ。大内さんの作品もだが一人称でのみつくられた主人公の沖田総司はころには無理だなー。 しかし大内さんの小説「沖田総司」と森さんの「沖田総司おもかげ抄」を読んで思った事がある。 司馬さんが「沖田総司」を絶対的な「聖域」に置き、舌ったらずで話すこどもっぽくて欲がなく、でも得体がしれない存在の、清らかな童子としてまで位置付けているのに対し、お二人の女流作家は沖田総司に、愛情たっぷり、でありがながら、どこかクールな女性特有の目で沖田総司を描いてるのがおもしろい。 これは、生身の若い男性としての沖田総司を愛しながら、女性として観察して描いてるからだと勝手に推測してる。 ただむろんなにぶんにも50年以上の史料集で購入したのは1999年の新装版だが、子母澤寛氏の「小説」が史料となってしまっている。これはもうタイムマシンでもないと仕方ないけどね。でもでもこれはにわかファンにとってお宝本♪た、ただ、古本の状態があれでもう少しネットをよくみて状態の良いものを探せばよかったなあ。あと、子母澤寛氏の命日も沖田総司と同じく7月19日だったという事にビックリ。 んでもむろんエッセイであり史料集であるので、近藤・土方、斎藤、永倉などほかの隊士たちのエピソードも興味深い。じつは斎藤一が自分の名前も書けないとか(;_; )( ;_;)また衣服についても新選組全盛期は高給取りだったので幹部は普段着も高価な着物を着てたんだなあとかそんなところも面白い。 この史料とエッセイの中で、当時少女時代沖田総司に片思いをしていた京都の呉服屋のご隠居さんの思い出話がもう最高。 御隠居さんいや当時十四、六歳の町娘が遠目で憧れていた総司の姿がいい。 街中の斬り合いの後、騒がせてすまなかったという風に、見物(^_^;)していた群衆に黙礼をした若侍の姿に一同思わず深々と礼をしてしまうような凛々しさだった、とか、このご隠居さんもとい町娘が、子供たちを遊んでいた総司をぽぉっとみていたら、子供たちを見ながら後ろ向きで勢いよく走って来た総司にぶつかり尻もちをついてしまい、当時武士にぶつかるなど無礼討ちでもおかしくないのに、総司は飛んでいった荷物をひろってくれて土をはたいて返してくれたどころか、おけがはありませんかと言ってくれたとか、総司の袴だけはいつも折り目正しくきちんとしてたとか、隊で見回りの時もいつもニコニコしてた、とか、ほかの沖田はんのファン同士と口争いをしたとか、このお話をしてくれた時点でもう九十歳だったご隠居さんが乙女みたいに総司の事をうっとりと語ってる。。 質問した人が、歌舞伎役者みたいですか?と聞いたらご隠居さんがそういうんじゃないってちょとふくれて(つまり憧れの武士なんだよね)浅黒いけど、肌がすきとおるようにきれいだったそう。イケメンとは言わないが、にこにこ笑ってえくぼが可愛いという事言ってて、まさに島田沖田でわ。 普通の市井の人から見た総司。まちがいなく(まだ元気な頃は)こうして活き活きと生活をしてたんだあともうこれがたとえ創作であってもいい。この本の中でこの思い出話のところは、ぱあっと明るい光がさすようだった。森さんありがとう。 それはともかく、森さんは沖田総司が好きすぎて、この「沖田総司おもかげ抄」の第一稿を司馬さんにお見せしたら「情がこもりすぎている。もっとエッセイ風に」とご指摘をうけ「『情に流れる事なく』書く事は私にとって至難の業であった」に涙ぐみそうになった。むしろ司馬さんが指摘された情のこもりすぎた文章の方を読んでみたい気もするが、校正後のこの本もあったかい愛情にあふれてる。 医師としての総司の結核についての考察など実に興味深く、沖田総司の書簡を読みとくに当時の武士として標準以上のレベルの教養があったそうだ。 先日この中の「ついで」にと故郷に知らせた山南敬助の切腹の書をネットで見たのだが、森さんの文中山南敬助の切腹は筆舌に尽くしがたい悲しみで会った筈なのに「一言たりとも感傷的な事は書いていない」昭和二十年代から森さんが連絡を取り合ってた子母沢寛氏もこの書を読んで「うむ、さすが・・・。」と言われたそうだ。 ご存じのように、いやご存じでない人もいるだろうが(どこかで聞いたようなせりふ)ころ、人さまの「好きで好きで好きで好きで、好きで好きで、好きで好きで好きでしかたないもの」にめちゃくちゃ感動してしまうのだ。 そういえば今日はマーク・ボランの命日だが「グラム・ロック・イースター」はまだ続いてるそう。今年は下北沢だそうな。すごいなあ。グラム・ロックがそんなに好きではなかったが、マルコシアス・バンプが好きで、マルコシアス・バンプの秋間経夫さんのマークへの好きで好きで・・・の思いを感じる為に何度かこのイベントに行った。楽しかった。 そしてそして司馬さんが「沖田総司研究家」とお名前を挙げていた森満喜子さんの史料「沖田総司おもかげ抄」。あまり状態はよくないけど中古で購入する事ができた。 実はぜったいに森さんのこの本を購入したいと思ったのは、新選組関連のサイトで紹介されていた森さんの一文 「ひたすら沖田総司個人に密着して、彼が一庶民として吸った幕末の空気や、あるいは彼の溜息の一つすらも見逃すまいと意図したのがこの書である」 これを読んだ瞬間ぐっとくるものがあり、もう絶対に読みたい、と思った。 まず小説から。新選組好きなら絶対読むべき一冊と女性ファンの皆さんが書いていたので、流れでなんと自分の中ではタブーだったはずの「小説」に手を出してしもた。読みやすく、あっという間に読めた。 司馬さんの総司像をなんとなく踏襲しつつも大内さんがつくった等身大の青年の青春を生きた総司像が描かれてる。女性ファンが嬉しいのがわかる。でも、ころには合わなかった。小説に手を出すべきではなかった。 やはり、ころ自分の思い入れのつおい性格もあり、沖田総司に関しては、あくまで司馬さん、結束さん、島田順司さんがつくった「沖田総司」に、自分が史料から読み取りながら自分がつくった沖田総司像でないとダメだ。だからたまたま読んだのが大内さんのだからであって、他のどの作家さんの小説でもダメだと思う。ただこの大内さんの本の帯の総司のイラストがどう見ても島田沖田なので、この本は手放さないと思う。 司馬さんとほぼ同世代の「医師」で「沖田総司研究家・小説家」の森満喜子さんの史料1965年「沖田総司おもかげ抄」、その森さんとやりとりをして書き上げたひとまわり近く年下の(年齢を言いのではなくて作品が書かれた年代)大内美予子さんの小説1972年「沖田総司」を購入してしもた。 きょうは涼しく雨。しかし、しまった!自治会の事、ひとつやらかしてる事に気づいた。焦眉の急というわけでもないが、しまった(-人-;) なんでも鑑定団をなにげにみたらメロトロンがっ!55万円。ただ、メロトロンのアクセントにあれれ、そうなのかな? そういえば、おととの大学の同級生が高校時代タイガース「ピー」先生に教えてもらったそうだが、当たり前だがタイガースの話など一切せず、まじめなわかりやすい先生だったそうだ。いろいろな道をきちんと持ってらした方だったんだ。タイガース。小学生だった。 第12話「紅花緒」結束さんのオリジナル。 島田魁が江戸に出張するので、総司は、江戸の姉に京都らしい女性が喜ぶ贈り物を島田魁い託そうと、女性に詳しい?原田佐之助を伴ってお買い物。三分の二くらいまでは明るいのだが、ぼちぼちと暗い影が・・・。 姉に何を贈ったらよいかと聞くと原田佐之助が京都の素晴らしいものを、「水、水菜、女、染め物、みすや針、お寺、豆腐にうなぎ、まつたけ」という歌をうたう。すてき。 結局日和下駄を買う。原田が江戸と京都は花緒のすげかたが違う、というのがまたすてき。 近藤土方にばれて、良い物贈ったなあとよしよしと言われつつも、ここで近藤土方に「江戸を出る時お前の姉さんにいろいろ頼まれてる。姉さんからしたらお前は子供だからな。生水のまずな、魚嫌いだから無理にでも食わせろ」、「まだあるぞ。寒がりのくせに薄着だから風邪をひかすな」とさんざん坊やあつかいされて総司ぷんすか。 この総司の姉に贈る下駄を買った下駄屋のせがれ高田清作が新選組に入隊したいと、ごり押しで実力からして全く合格ラインに達しないのに、原田が「総司の姉さんの縁だから」と主張して、近藤土方斎藤もわけわかんなくなってなんの関係もないのに入隊させてしまう。 「総司の姉さん」のワードが試衛館への郷愁をさそってしまい、みんななんとなく錯覚してしまったとナレーションがはいる。 剣はダメだけど商人なので、勘定方で地味に大活躍。仕事も人柄も腰も低くて良い人が入ったと、評判もよく順風満帆だったのに、高田が賜下金を奪われるという事件が起こり、小物ですら斬られながらも抵抗したのに隊士である高田は逃げてしまい、士道不覚悟で彼は切腹となる。 高田を総司の姉さんとむすびつけて入隊させた原田は介錯を逃げてしまい、沖田がその役を(/_;)「わたしだって嫌ですよ」「目をつぶって人を斬ったのは初めてです」、切腹しようとせず逃げ出した高田を三人がかりで押さえつけ、それを「斬った」。「あの人は武士ではなかったんだ」と語る総司の横顔の痛ましい表情がうつくしい。 それから数か月後。公用で夜遅くなってしまった土方・斎藤コンビ♪浪士に襲われたあと土方の草履の鼻緒がゆるんでダメになってしまう。そこで知らずに入った草履やが、あの切腹した隊士の店だった。 兄が新選組にころされたとなじる娘。ごり押ししてむりに入隊したあげく隊費を奪われたうえに小物が命がけで守ろうとしたのに、追いもせず逃げたために隊規により切腹(しなかったけど)したのに、それをののしり、それにじっと耐える土方(/_;)最後、娘がそっと草履を届ける場面で救われるけど、土方、つらいよ。 これは結束さんオリジナルだけど、実際に商人の息子が入隊して不手際をして切腹したという逸話があり、それをもとに作ったらしい。 このせがれ役が若き日の橋爪功さん、お金を奪う役が川谷拓三さん、妹が土田早苗さんでかわいすぎる。 ところで、山南敬助の切腹に総司は紋付に襷という正式な介錯の装束だったが、高田の時はいつもの絣に小倉袴という普段着だった。幹部と平隊士で装束が異なるのか、原田が介錯を逃げてしまったので急遽非番の総司が介錯になったので平服だったのか、そこまでは描かれてなかった。 肩の力をね、じょじょに抜いていこうとおもふ。すかす、いけなおし、出来なかったなあ。でもすこしイメージは出来てきたかな。先生が言われたような作品は出来ないとは思うが、冒険しないと! 『白唇』o(^-^)o 今日は岸部四郎さん。ころ世代だとタイガース(GS)最後のメンバー。サリー(岸部一徳さん)の弟シロー。演奏はたどたどしい?けど、声がきれいだった印象がある。ご冥福をお祈りします。 「燃えよ剣」。魅力的な「架空の人物」が登場する♪そういえばかろうじてコドモ時代の大河「赤穂浪士」で宇野重吉さん演じる蜘蛛の順十郎という魅力的な人物がいて、コドモでも架空の人物とわかりながら、ぐいぐい惹きこまれていたっけ。 ヘリコニアが枯れてしまったので、残ったあぶらつつじとりんどうを使って、おなじ課題の「単純化の極」をいけなおしてみたい。庭のムラサキシキブが色づいてきたので、これもつかってなんとかならないかなあ。 朝NHKニュースのなかタイトル「ヤングケアラー」て何?と思ってみていたら、中高生が介護と家事に追われて学校生活もままならないなんて・・・。菅さんこういう事もちゃんと改善してほしい。しないか。 涼しいとはいえやはり朝起きるとクビまわり汗びっしょり。なんか夏は毎朝起きる時じぶんが茹でたてのエダマメになったようなきもちになる。もうすぐ涼しくなるだろから、朝もシャワー浴びるのもうすこしかな。 また、若い人が。「八重の桜」「テセウスの船」しか見てないけど、テセウスの佐々木紀子は老け役まで演じていて素敵な良い女優さんだったのに。こういう報道は本当に辛い。ご冥福をお祈りします。 叔父も無事療養型病院に転院出来た。最初の病院が父と同じところで、転院も父と同じすぐ近くの病院にしたかったのだが、第二希望の病院になった。でもよかった。コロナがなければ、最初の病院に父も叔父もいて、叔父は意識はしっかりしてるので、ふたりの面会に行って話したかった。コロナが憎い。父と同じく転院持5分くらいは話が出来たそうで、明るく元気でそれは良かった。 水。 自然の光景のみ変わらず大きく明るく。でもちいさな存在である短い寿命の人間はそんなか、渦にもがいて、しぬ。 でも最期に目に見える光景は変わらず明るく、くりぬいたような青さだったら、いいなあ。タケシ。 先祖の同じ名をもつゆきちゃんは3歳か5歳で家から道路を二本渡った先の小田原の海で溺れて旅だった。最期は、そんな、タケシと同じ光景だったと思いたい。 きょ、きょうはさすがに新選組おやすみ。怒涛、濃さにちと疲れてしまっただ。 と、いいつつ、沖田総司の黒猫の逸話はたしか司馬さんもつかっていたはずと、下巻の「沖田総司」をぱらぱらとみてしもた。気になりだすと、とまらないくせ。 やはり一行で描いてあった。とにかく当時は、子母沢寛の小説が「子孫から聞いた話」としてまるで事実のように創作されていたのを知らずに「史実」として、司馬さんもそのまま引用してしまったと読んだような気がしたが。 司馬さんの「燃えよ剣」にもこうして書かれてるので、史実と思われてるんだろね。でもちがう。しつこい、けど、なんか猫だけにこわだってしまうころ。総司はそんな子じゃないよぉ。 第15話「脱走」のメインの物語の沖田総司の恋。淡い、淡い、美しい場面。原作があまりに総司がかわいそうすぎるので、実らない恋だけど、結束さんせめてこんな風にしてあげたのかな。ラストの場面はせりふのない、ただ総司が実らない淡い恋とじぶんの短いいのちの心象風景の、音羽の滝の、水。 さすがにだんだん涼しくなってきて楽だね。といいつつじわじわむしむし。 原作の方の「脱走」で、総司に土方が自分の近藤と組織新選組に対する思いを吐露する場面があって、これこそが土方。以前「英雄たちの選択」で学者の先生たちが、土方をどう思うかと聞かれると皆さんとたんに少年のような表情になって目を輝かせてうっとりと「土方は最高にかっこいいです」と言ってたのがわかるような気がした。土方は自分が憎まれ役になる事で、組織を守る。ううかっこいい。沖田の目を通して、土方かっこいい!と書かれてるのだが、うんうん。 ドラマの方で下に書いたあたふた幹部たちの会議の中で、総司からの質問にたとえ近藤局長といえど局中諸法度に背いたら斬る、と土方が答える場面がある。でもその時は土方さんの一生も終わるんですねと、総司が答えるが、そういった意味の事が原作にもあり、近藤が新選組を去る時が二人が別れる時だという言葉に、この数年後の未來に起こる事にブレはないんだなと思った。 で、さらに画面へ。やはりこれも神回のひとつ第15話「脱走」を観てしもた。 これは原作「燃えよ剣」の「脱走」と原作「新選組血風録」の「沖田総司の恋」の二つの話を並行して描いてる。 ドラマタイトルは「脱走」で山南の脱走と切腹なのだが、実はこの回はすべて沖田総司の物語でラスト儚い自分の命をみつめるように音羽の滝と渦巻く水面を眺めながら佇む総司が痛々しい。 土方が総司を気遣う場面がその前にあるのだが、烈しく渦巻く雲を土方と眺めながらこれからの世の中のような渦の中に新選組がいる、という土方に、総司のきょうの一言は「本当にひどい渦だな」。 でもちゃんとユーモアのある場面もあって山南脱走の措置について幹部が集めれられて、会議するのだが、沖田、斎藤、伊東甲子太郎以外の幹部がみんなおたおたする。永倉新八に至ってはまだ意見を言ってない「沖田くんの意見と同じです」とか言ってそっぽむいて、「ええっ」。 そして、沖田が「永倉さんと同じ手を使いますが土方さんの意見は?」に注目だが、誰しもが会議で一度いってみたいという土方の「俺の意見など、ない」「答えはもう、決まっている」 ここで再び凍り付く場。一人で討手に行けと土方に命じられて、はんべそをかきそうになってる総司。 いかん、きりがない。何度か観てるのに、やはり二時間映画一本を観た後のようなボリュームだった。 おすもう。横綱不在はやはり流れ解散みたいでさびしいなあ。それからゴロ―さん見て、麒麟がくるをみた。架空の人物たちの尺がつらいがなんとかがまんして見た(;_ _) 来週が義輝さま最期。かっこいい斬りじにに期待。てれびっこ。 今年の元旦さまの言葉が「真実」。うーんなんだろう。少なくとも父逝去の予言ではなかった。ただやたら新月に出会う前に読んだものとか古い映画とか思い出す。モノクロ映像からの連想もあるんだろな。「思い出はモノクローム、色をつけてくれ」ってヒット曲があったとおもうけど、おもい、だせない。 現在ではこれは子母沢寛の完全な創作、とされてるのが救いだが、死の間際まで沖田総司が毎日庭にくる(当時は黒猫を見ると労咳が治ると言われていたそうなので飼っていたのでは?むろん黒猫が不吉、などというのは西洋と交流があってからなのでもっと後世の話だ)黒猫を斬ろうとしては、もう斬る体力もなくて嘆いていたという創作はいちばんやだ。 たしかに総司は実戦では人をたくさん斬った。戦いの場だったからだ。 でも子供好きで一緒に遊んであげるようなひとが、労咳のお守りの無防備な小さないきものを自分の力試しに斬ろうとする?史実として伝えられてる総司のひととなりともこの創作は矛盾すると思う。 しかし、なぜか多くの小説やネットでこれを沖田総司の最期の「悲劇」のエピソードとして取り入れられているのが自分の感性だと、ふしぎでしかたない。 「また生まれ変わったら、土方さんのような人にまた会いたい」 「生まれ変わったら、またみんなと会えるかな?」。 障子を丁寧に閉めて、それで、いい。 ただ、子母沢寛も「小説家」なのでかなり創作があり、信憑性のないものが史実として信じられてしまっている部分が多々あるのが残念。むろん、小説家である以上、いちいちこれは自分の創作、これはちゃんと子孫や関係者の証言とは書かないだろうけど・・・。もうひとりくらい同時代で「研究」のみしてる人が取材してくれれば検証できるのに、と思うなー。てか以降の研究者がみんなそう思ってるだろね。 でも、司馬さんのこの作品をいりぐちに、いろいろ調べたくなる。司馬さん作品から入って、そこから矛盾とか創作に気づきながら、自分なりの研究をするって、ある意味王道とか誰かも書いていたような。ある意味宝さがしのようなものかも。 司馬さんが書かれたこの時代、新選組の研究もまだ少なかった。それまでは「悪」新選組。新選組を描くにしても近藤のみで、土方は単なる陰険な副長、子母沢寛がまだ存命だった関係者や時代の証言を取材したおかげで、それが司馬さんの史料の一部にもなってるそうだ。 司馬さんがこの作品を書いた時代は新選組の研究はあまりなかった。それ考えてよまねば。 導入部の土方が女と喧嘩の事しか考えてないギラギラした「マムシの野趣」にどんびき。あの10分でみるのやめた松竹版「燃えよ剣」はこの部分は正しく描いてるのかも。まさに乱暴者の「バラガキ(茨垣)」。でもそのふたつのねっこが土方だってだんだんわかってきて土方の魅力に、ぐいぐい。土方の組織のつくりかたにわくわくする。近藤の意識の変化に対し土方が「副長」の立場に絶対的にこだわる。ただただ近藤をもりたてる、その意味がくるしい。 そこへやはりほっとするのがいつもにこにこ沖田総司の存在で、土方をおちょくり、土方のもうひとつの顔俳号「豊玉」としておとめちっくな俳句集に「ぷぷっ」となったり。もう島田さんの顔しか浮かばない。原作「新選組血風録」にない場面やひととなりは全部原作「燃えよ剣」に全部描いてあったのかあ。島田沖田の「んふ」笑いは、原作に「うふ」ってちゃんと書いてあった。続けてすぐに「燃えよ剣」を読むべきだった。 すかす、これあくまで小説!って、はっと思う。あやうく司馬さんマジックにかかるところだった。おそろしいのお。 ぜーぜーやはり燃えよ剣も栗塚さん島田さん舟橋さんが浮かんでくる。司馬さんあてがきしたのでは?しかしさすがに濃い内容になってきたのでじっくり読まないとわからん。 上巻もすこしで終わるが山南さん「脱走」切腹まで読んで悲しくて力尽きた(/_;)山南さんが総司に「君は神さまや諸天がつかわした童子だ」っていう場面があって総司が照れて石蹴った姿がかわいくも、ここでうるうる。山南さん、なにもかもやになっちゃったんだ。なのにちゃんと「江戸にいく」ってだけ書き置きして脱走する。討手と介錯の総司かわいそう。やはり島田沖田の姿がうかぶ。くるしい。 大津の会話部分はほとんどドラマ「新選組血風録」にまんま使われてた。なかったのは、一晩二人で泊まって山南さんが寝ながら総司にふるさと仙台のはなしとか他愛もない話しをする場面。山芋ほりが子供の仕事でちいさな芋を見つけるとそこに麦を播く、その麦が高く育って頃に行くと芋も立派に育ってるとかね・・・うるうる。 結束さんが「燃えよ剣」もとことん読み込んで、「新選組血風録」の原作にない場面をふくらませてる。司馬さん、それは「改変」嬉しいよね。原作を「まんま」再現されるより、ぜったいご自分でもたのしいと思う。ううしかしつかれた。今日はこれまで。 「燃えよ剣」では最初に歳三は山南が「だいきらいだ」ときっぱり司馬さんが言わせてる(^-^; まだ「燃えよ剣」では、山南切腹まで読んでないが、ほかのネットでいろいろ読むと、永倉新八の口述にもただ「切腹」とあるだけだそう。 沖田総司が日野に送った手紙にはえんえんとていねいな挨拶が書かれて「ついで」に山南さんが切腹したとだけ書かれてる。なぞとされてる山南切腹の経緯ってトップシークレットでだから「脱走」説が有力なのは、やはり土方山南の確執が原因なのかな・・・。 ただ、試衛館からの仲間の山南切腹の時は土方ですら涙を流したとか近藤がこんな立派な切腹は浅野内匠頭以来ないと称賛したとか・・・。 試衛館でまだ沖田が子供の頃から一緒にすごしてたわけだから、追手が沖田ひとりって知った時は山南さんどんな気持ちだったろうか。 「新選組血風録」の「脱走」の回では、「燃えよ剣」の原作の描写を結束さんが脚本にしてる(「新選組血風録」の原作には山南脱走を扱った作品はない)が、ほかの観察の連中が追手だったら生きては帰さないつもりだった山南さんが、総司一人で来たと知ってじゃあだめだ、しかたないから一緒に帰ろうって言う場面がある。 もうこの頃総司は労咳を発症してて、いのちは短いと知ってたので、山南を逃がそうと「お刀をお抜きください。わたしが斬られます」と言うが山南は笑って「抜いたら斬られるのはわたしの方だよー。いいよ一緒に京都に帰ろう」って二人で一晩大津に止まって帰営する。 他で書かれていたものだが、二人が屯所に戻って来た時を目撃した隊士が「まるで梅見にでも行って帰ってきたようなたのしげな二人」の様子と証言したそうだが、はて、これでは「脱走」説ありきの話しだから、これもだれかの創作なんだろう。 いかんなー。史料は史料。物語は物語で分けてかんがえようとしてるのに、ごっちゃになっとる。 基本小説は司馬さんだけにとどめるつもりだがいろいろ調べてると、いろんな人の考察が混じっててるのはあたりまえか。 もとにもどすと「沖田総司書簡」のwんえんと書かれた挨拶文のあと「ついでに」の短い「山南兄切腹」の一言だけで想像がひろがってしまった。見る人が見ると、「ついでに」以下が筆が乱れてるそうだが・・・。土方・沖田全書簡集もはつばいされてるが、いやもおやめておけ。 朝からくもりですずしい。 じぇったいに先生が連呼されてた「個性的」の講評は「ころマンネリ」との意と思われる。くくう。 『砂金の渦』。勝手な映像がうかぶ。 第十九話「あかね雲」の斎藤さんが走る場面のハンディカメラ。既視感があるんだけど、あ、もしかしたらポール・ニューマンの「勝手にしやがれ」?ただただかっこよかった。あれもモノクロではなかったろうか? 「燃えよ剣」おもしろすぎる。てか、これでざっくり流れを知って、それから「新選組血風録」の深みにはまって、史実検証、すればもっとらくちんだったのに。まわりみ ちしたなー。いやでもはんたいか、「新選組血風録」を読んでわかんないこといろいろ調べたので「燃えよ剣」がするするはいるのか。 夜目はきびしいのでもう読めないけど、軽いので明日のうちに読破できるな。「新選組血風録」と、微妙にキャラちがうね。土方さんは松竹映画版のふんいきだ。松竹映画はあまりにつまらなくて10分でみるのをやめてしまったが、栗塚さんご自身もかなり不本意な作品だったそう。同じ原作者の「燃えよ剣」なのにね。 沖田は「新選組血風録」よりすこしおとなびたかんじ。でも土方おちょくる沖田は島田さんだ。近藤さんはやはり舟橋さんだー。ただ、これを70年のほぼ同じスタッフキャスト(でも斎藤さんは左右田さんではないそうな( ´・・)での制作。こちらは「新選組血風録」から5年後でカラー作品なので、こちらが再放送含め放映された回数がおおく、こちらを先に見たひとが多く、ここから新選組が見直されたそうな。 司馬さんの「燃えよ剣」上下買っただ。これ読破してからDVD買うだ。 新選組関連4の史料ざっくりと読んでたのしい。近藤土方沖田書簡の分析がおもしろかった。そか沖田くんは現存してる書簡は少ないが、文章がすごく丁寧で有名だそうだ。司馬さんの沖田が丁寧な品のよい話しかたもここからの分析なんだね。山南の件も(;_ _) 涼しいが朝から雨。昨日暑くても、晴れてよかった。 あたりまえだけど、いろんなことがきょうは浮かんだ。 まあちびっと涙もろくていけねえや。しかしもろもろやったのだがそのわりに1万5千歩しか歩いてない。すかす、久し振りに帰り通勤時間帯に電車バス乗ったけどソーシャルディスタンスなんてかんけいないのね。ふつうにびっしり席にすわる。混んでるんだからあたりまえか。のうこうせっしょくだ。帰宅してすぐシャワー浴びた。みんないまそうなんだ。そか、そうなんだ。すみません。ただもおこんなに今以前とおなじく密着するのね(-人-;) いろいろ。お墓参りが夕方になってしもた。でもほんとの四十九日にお参りできてよかった。母の月命日も明日だし。今日小田原市内ぐるぐる歩いていたが救急車出動にたくさん遭遇したよ。すさまじい湿気でかなりまいった。 つぎいこう、つぎ。 ふと、やっちまった事!と思う。新月関連の事ではない。クヨクヨしてもしかたない、もおやっちまった事はしかたない(;_; )( ;_;)じぶんもおんなじ事されたことある。そしたらどうしたらはんたいの立場でかんがえよう(-人-;) 暑いけど晴れて良かった。四十九日。なんとなーく、じわっ。ってもろもろ小田原で用事があるので、そんな感傷にひたってる余裕はないか。 「あかね雲」。さらにもうひとつ。京都を去る前に隊士それぞれ身辺整理してるのだが、洒落者の原田佐之助がそろばんはじいてる。立つ鳥あとを濁さずで、さんざん遊んだ遊郭への「つけ」の計算をしてるのだが、足りない。こまったこまった、という左之さんに、源さんが「だいじょうぶ!戦死者の手当ては倍だから戦死したらきれいに清算してあげる!なんて逆みたいな場面で笑ってしまう。んが違うよね。結束さんの脚本だよ(-人-;) 「槍は宝蔵院流」。これも斎藤さん回。厄介な事でも表情変えず「どおって事ないよ、仕事だからね」。この斎藤さんの「どおって事ないよ」の口癖好き(^人^) 「あかね雲」そだ。斎藤さんと浪士たちのおっかけっこ。ハンディカメラが細い路地を走る走る、斎藤さんの目線で走る走るこの臨場感。 そこにちいさな女の子しーちゃんが斬り合いに思わず目つぶると同時に画面が真っ暗になる。と、そこになんと斎藤さんの指ともうだいじょうぶ、って顔がうつる。怖い場面をしーちゃんにみせないように斎藤さんがしーちゃんの目を覆ってあげてたという演出ではあ〜。ほんとにいろんな意味で神回なのら。 そだ、総司もしーちゃんの行く末を斎藤さんといっしょに案じてたのだが、いよいよしんがり総司と斎藤さんがもうすぐ出発という時に、しーちゃんを養女にしてもらえる家もみつかり「最後に京都に良い思い出ができた」と安堵の斎藤さん「良かったですね」と共に喜ぶ二人のもとに・・・(/_;) 総司の今日のひとこと「京都を離れる間際じゃないか。どうして厭な事がおきるんだろう」(;_ _) すかす「新選組血風録」。スルメのような作品だ。 渡辺広士版。このリズム。マルドールつまみぐい。 NET「新選組血風録」。何度も何度も観てしまう。ダブル・ミーニング、トリプルミーニングに匹敵する言葉ってほかにあるのだろうか。とにかく見る度いろんな深いメッセージに気づく。 ダブル・ミーニング、トリプルミーニング。恥ずかしながら新月ファンサイトになるまでこんな言葉、知らなかった。 からころからころからころからころ。絣の着物に小倉袴、素足には朴歯下駄。幕末の若者が、強い意思を持って長いみちのりを歩いてる。からころからころからころからころからころからころ。 「新月」も「いけばな」も「NET新選組血風録」もころの中ではぜんぶリンクしてるのだった。 「菊一文字」「PART1」。どちらも殺意の旅じゃのお。 バジルは今年ぜんぜんダメ。でも少し収穫できたので、ジェノベーゼソースを作って冷凍睡眠して保存しておこう。べんりだよね。ジェノベーゼソース。 神回のひとつ「あかね雲」。この十九回から最終回まですべて結束さんのオリジナル脚本で、これはぜんぶ斎藤さん回。幼い少女しーちゃんと斎藤さんのあったかい交流、でも結束さん脚本でただただあたたかいなんて事はない。さいごの最後にあまりにも悲しい結末が。 最初観た時はただただ薄幸の少女しーちゃんと、京都を去る前になんとかしーちゃんを救おうとする斎藤さんにじーんだった。しーちゃんかわいそうすぎるよぉ(/_;)ばかりに目がいっていた。 が、実はこの回は「しーちゃん」の姿は京都を完全に去り、二度と京へは戻る事のなく衰退と最後へと向かう新選組の姿なのだとわかる。 慶応三年一二月王政復古の大号令が出され、すでに将軍の姿は京から大阪へ移り、新選組は伏見へと移動する。 京都を順番に去っていく新選組。「新選組が京都から一人も居なくなる・・・考えてもみなかった事だなあ」と呟く総司。隊士の名札がすべて外され、薩摩へ明け渡す為に綺麗に畳みをあげたあとの床に、いつも総司と斎藤さんがうっていた将棋の駒の「香車」が取り残されてる。次駒が一つないと困るよ、って思ったけど、そだ、もうヒマな時に将棋を打つ事なんてこれからは、ない。 二隊つづ京を去り、しんがりの沖田一番隊と斎藤三番隊がさいごにのこる。 現実には。この時はもう労咳に臥せっていたはずの沖田総司が一番隊組長として「出発!」の元気の良い号令をかける姿が嬉しい。島田さんは沖田仕事モードの時の声はびしっとしてまるで違うのがすごい。 そして、いよいよ鳥羽伏見のたたかいへ・・・。 んでもこの回、楽しい場面もあって、しーちゃんの「辻占」を全部買ってあげた斎藤さん、毎日一枚づつ楽しみにあける、と言ってたのに、いっぺんにあけちゃうところ。 しーちゃんが屯所に斎藤さんを訪ねてくるのだが、総司が生真面目いっぽんの斎藤さんに「女性が面会にきてる」とか言ってからかう場面や、幹部たちの会食に斎藤さんがまだ姿をみせないのを総司が「斎藤さんは面会に来た女性と外出してます」とか言ってだれも信用せず源さんに至っては「総司大人をからかうんじゃない」とか言われ、遅れて来たなんもしらない斎藤さんがきちんと「すみません、仲良くなった女の子と出かけてました」と告げると近藤さん土方さん以下、あまりに驚きすぎて、斎藤さんにしつれーだろー、という笑える場面もちゃんとおさえてある。そうなの「新選組血風録」総司が笑いをとらないとつらすぎる。 昔の史料を後から読んで、前後考えずにあれまちがってたのかな?と思ってしまう。で年表突き合わせたくなってしまう。時間がかかるのくりかえしで、にわかだからざっくりで良いのだが、新月史と同じでだからざっくりの為に詳細な裏付け史料が必要でで、どうどうめぐり。あるていでいいかげんにせんとなあ(^_^;)でもきっちりと正確にわかってこそドラマも深くたのしめるわけで(^m^) うーん。先生が連呼された「個性的」の深い意味を考えてうう、褒め言葉でもあり褒め言葉ではない、じぇったい。これが「ころカラー」だとしたら、やはり「はみ出したい」よぉ。昨日の花材を今日いけなおしするが、もちろんまた「菊一文字と総司」をいけてもおもしろくもなんともない。ゼロクリアにして花材を見てかんがえよう。イメージは『『殺意への船出PART1』が浮かんでるのだが。 あしたがほんとの四十九日なのでお墓参りと実家に行こう。父と母とふかふかの蓮のおふとんの上で再会するのかな。 納棺には父の現役時代の中折れ帽とバーバリーのコート。紋付袴の正装にした。角帯、新品の「絹のふんどし( ゚Д゚)(未開封のまま保存してあった)」、兵児帯。兵児帯は総しぼりだったので、これも燃やしていいの?といわれたが、父にぜんぶ持って行ってもらった。 ふと、母が生前元気な頃の申し渡しで、棺に入れる色無地も指定していたのが、この帯だけはじぇったいに棺に入れず燃やさずとっておけとくれぐれも言われていたのに、棺に入れてしまい、後からあの帯を燃やすなんて!と、母の親友の方とか叔母たちに怒られて、自分でもちょと後悔して、自分にとっておけばよかったなーとかせこい事を思ったのだが、父がきっちり正装で旅立ったので、母が父の姿を見たらなに自分が見劣りするじゃない、とひがむかもだったので(ほとけさんにそんな感情があるのかわからんが)結果的に良かった。 父の紋付袴は、素人が見てもけっこう良い仕立てのものだったので、おそらく謡の発表会の時と神社の仕事をしてた時に着用していたのだろう。 棺に入れる前に、アパレル出身という女性スタッフさんがまずボウシとコートを壁にディスプレイしてくれて、これを写真に撮った。ただ、プロのディスプレイちとリアルで生きてるいたいでこわいかも(^_^;)、 納棺の時、コートとボウシを足もとに置いて、紋付袴はふわっとかぶせる程度に考えていたのだが、担当スタッフさんが紋付袴を見て、せっかくですからちゃんと着ているようにしてさしあげましょうと襟あわせして、これがスタッフさんもみんな「かっこいい」。で、さらに中折れ帽見て「おしゃれだったんですね。せっかくですから帽子を被っていただきましょうよ」とノリノリで帽子をうまく被せてくれたら「かっこいい!!!」。 明治のハイカラな文豪のようでまんぞくまんぞく。 ひとつころしっぱいは、父を送る時に父自身が謡っている「羽衣」を流すように母に言われてたのだが、それを見つける事が出来ず、見つける事ができたのが「小袖曾我」(^_^;)二日間、読経焼香前に式場に流れる仇討ちの話。でも若住職もいとこたちも初めて謡というものを聴くとよろこんでいたのでま、いっか。 いけばなのお稽古再開してまだ二回目だが本当によかった。さらに先生のアトリエなので、先生の作品やアートな世界を見学できてさらにきもちが豊かになる。慣れれば駅から10分くらいで行かれるようになるだろう。お稽古までの道々、作品のイメージを考えるのがたのしい。ちょうど今日は重陽の節句でほんとは「菊」を使いたかったそうだが暑さの為、これは来月になるそうな。 O子さんとランチしながらもちろんずっといけばな教室の話だけえんえんとしてて、じぶんだけではわからないいろんな事がみえてきた。今月はまだ初のお彼岸とかあるので、来月から月二度のお稽古を申し込んだ。こちらは午後で、もう二十年くらいやってる内弟子さんたちに混じってのお稽古ですでに何度か通ってるO子さんから話しを聞いて楽しみと良い意味での緊張感が湧いて来た。超先輩方の作品やその制作過程をみたい。花材の扱いなども全然違うそうで本当に勉強になるのがよくわかる。 いけばなの課題は「単純化の極」何年か前のお稽古で、ころ解釈を間違えて、とんでもない作品をいけたおぼえが(@_@)ふたたび先生のお話を聞いて花材を見てすぐ浮かんだのが「菊一文字と総司」。生命のほのお、じぶんの命のはかなさ、そして七百年生きてきた菊一文字によせる思い、を表現できたらと思った。自分の講評を待ってる間、奥様先生がわざわざ来られて「素敵です!」と言っていただき恐縮。講評で神の手が二か所入ってもお♪ただ奥様から「ころんたさんはほんとうにこういった表現が得意ですね」先生から何度も「個性的」を連呼されぎゃくにどんどん不安に(@_@)なんかね。じぶんのこれを打破したいと思うようになった。でも、自分としては楽しくいけられたのは事実。 あづい。先生のお宅までバス電車徒歩なのに夜中幕末関係読んでしまい二度寝してしもた。なんかきもちわるい。 あしたのいけばなお稽古どきどき。 ぶら美は箱根。富士屋ホテルのニジマスのムニエル。高校のテーブルマナー教室が富士屋ホテルで、その前に各部屋を案内してもらった。ヘレン・ケラーさん、ジョン・レノンさん夫妻などの泊まった部屋や写真をみせてもらった(つまりそれ以降は自力で見学などしてない)。おフランス料理のマナー教室はつらかった。ニジマスのムニエルをナイフとフォークで、どうやってたべろと?とみんなフランス料理って辛いんだ、とインプットしてしもた。美味しかったけどこんなに緊張するんだねと言い合ったものじゃった。 箱根本間寄木美術館。行った事なかったあ。寄木細工は母から貰ったものやら遺品やら。実家には寄席木細工のゴミ箱やらいろいろ。地元ゆえに普通に使ってる。 あしたのいけばなのお稽古の準備もせねば。注文しておいたオレンジ色のガラスの花器が届いたo(^-^)o 尊王が攘夷が公武合体が開国が薩摩が長州が(@_@) 土方さんと斎藤さんから同時にこくはくされたらどうするかはその時考えるとして(ころ何者?あ、あくまで栗塚土方、左右田斎藤に限る。そして総司を養子にひきとって良いお医者さんに診てもらおう(/_;)、ひとつ原作でわからないのは総司は山南がきらいだと書いてる事だ。 「新選組血風録」の原作には山南脱走の事件には触れてないのだが、「燃えよ剣」のエピソードから取った「脱走」の回では、総司と山南はきょうだいのように仲良し。 試衛館時代からの門人だし当然山南さんが子供だった総司を弟みたいに可愛がっていた、という方が自然だと思うので、なんで血風録では総司が山南をきらいという設定にしたのかな。 インテリ山南さんがちょと近藤先生を無意識に見下してるような場面がある。剣でももともと山南は北辰一刀流免許皆伝で、北辰一刀流が東大ならば近藤道場の天然理心流は都下のはずれの私立大学、というわかりやすい解説をしてくれてる人がいたが、流派の違いはよくわかんないけど、剣でもビッグネーム、教養もある、というところが、近藤さんはともかくも、土方さんは気に入らなかったというのはびんびん伝わるが、総司がなんでかな? いずれにしろ史実でも山南脱走切腹事件もそもそもあったのかないのかもわからないようだ。実はずっと病気療養中だったという説もあるそうだ。 実際ある程度行動や私生活なんかがわかってるのは近藤・土方の二人だけで沖田総司だって殆ど史料ないんだもんね。 新選組自身が組織として残した記録も、これもドラマの画面の描写でもあるが、大阪から江戸へ行く為乗船する富士山丸は名ばかり軍艦で狭くて荷物をたくさん運べないので記録を土方自ら焼却している。実際そうだったのだのだろう。 新選組としての活動期間はわずか5年。主な隊士はみな若くして亡くなってるか、脱走して生き残った者が賊軍となってしまった新選組にいた、などと言うわけもなく、墓場まで持って行き、今史実とされて細かくわかってるのは、二番隊組長永倉新八の証言、敵となった阿部十郎の証言、西村の証言くらい?島田魁、斎藤一は多くを語ってるのかな。 あのだんだら模様の羽織も旗も生き残りの人たちの証言をもとにしてもので、記憶によって微妙にちがうらしい。 あとは後世の研究者による聞き書き。でも子母澤寛のはほとんど創作らしい。特に沖田総司が千駄ヶ谷で死の間際に黒猫を斬ろうとしたという創作はユルセン。いくらなんでもありえない。黒猫はむしろ労咳に縁起がよいとされて、それをまして子供好きで命をいつくしもうと、自分のいのちが消えそうな労咳の総司が斬ろうとするわけがない。 一番有力な史実とされてる山南脱走説では、近藤・土方の命令で山南追跡は沖田一人が行っている。これはぜったい、近藤も土方も沖田一人に行かせて、見つからなかった、とかなんとか逃げてほしかったのではないだろうか。それがなぜか山南は遠くまで行っておらず、大津の宿で沖田に発見されて、一晩二人で泊まって翌日二人で帰営し、山南本人の希望で沖田の介錯で切腹してる。 大津から逃げようとすれば逃げられたはずだし、沖田も近藤・土方の意を汲んで「みつかりませんでしたー」で良かったのに。山南の意思なくば一緒には帰営しないだろう。二人で一晩、そして京へもどるまで、何を語ったのだろう? ただ、翌日切腹とあるので一晩泊まらずそのまま帰営したのかもしれない。いずれにしろ帰営の道中何を語ったのだろう。史実ならば。 山南切腹後、西本願寺に屯所を移転し幕府御典医松本良順によって、日本初?の集団健康診断によって、肺結核1名が報告されていて、これが沖田総司。山南切腹後沖田が大きな仕事にかかわってはないのはすでに症状が悪化していたんだろう。 あしたは2度目のいけばな教室。父の事があったので2回目のお稽古からの参加だったが、やはり・・・いいな。初回から参加してる人は月2度お稽古してるひとたちもいるので、10月からころもお稽古2回にしようと思う。10月シネマ三谷歌舞伎むりだろうなあ。 寝室のエアコンがぶっこわれたわけだが(;_ _) 夜はもうクーラー要らない程度になったのでよかった。 イマーシプシアター?なんかおもしろそう♪参加たのしそう♪でも22時から開演てむりだわ。ねむいもん。京都、すごいなあ。 ううすかすころちゃんには幕末のおべんきょうはむりかも?????がとびかってもお。つまり「思想」がパズルみたいに入り組んであだまが。 今日の朝4時の時専「新選組血風録」は神回のひとつ「菊一文字」。DVDも全部持ってるのにテレビ放映を録画してるじぶんって、人生初。なんにんか、韓流ドラマとか、別のドラマにはまってるひとびとが、同じ事をしてるのを以前聞いた時はふしぎな気がしたのだが、今では彼女たちの気持ちがよおぉくわかる(^m^) 一瞬晴れ間が出る時が数回あったけど、すごい(@_@)おちつかない。牛乳を飲んじゃったので買いに行きたかったがあきらめた。 雷が鳴ってる。はるちゃんは雷がこわくて大嫌いだったので、こんな時は押入れの積んであるふとんの裏側に深く身をしずめてた。たんちゃんはへいきでふだんどおりだった。 こちらも酷いどしゃぶり。九州が心配だ(>_<)被害も大変だけど、停電って・・・。 「槍は宝蔵院流」。 島田沖田へらへらしてる時と違って、びしっとした時との声がまるで違う。ええ子や。左右田斎藤一。すてきすぎる。ううほれてまうやろ。栗塚土方もおおおついていきます。「斎藤くんがダメならわたしが試していただく」・・・てもおおお目がはあと。林大石がもう漢。近藤土方の友情。しかしヒマすぎてやろうとしていた「あみださん」なんのあみだくじだったのだろう? この回の緩急のスイッチの素晴らしさ。土方さん斎藤一さんに、こ、こ、こくはくしたい♪はっ!いやはんたいに土方さんと斎藤さんに同時にこくはくされたらどうしようっ)'0'(、どっちにしたらいいの(;_; )( ;_;)近藤さんに相談してもなーとしさんとしさんどうしようとか言って本人にばらして、取返しのつかない事にりそう。 現に原作では、近藤さん土方さんで、総司のあわーい初恋を、よかれと思って、おまえの姉さんに頼まれてるんだから、お前の為だからとか言って、よってたかって完膚なきまでに粉々叩き壊して総司泣かせちゃった前科あるし。これ、半分史実という話もあるみたい。 うわあああ。はっきょうしそう。これって恋?いや変? なんて話で当時の乙女たちはもりあがっていたんだろなー。うらやましい、加わりたかった。放送の翌日は学校に行くとみんな土方口調になってたなんて話もあったなあ。 総司はもおとにかくかわいくてかわいくて。 そう言いつつ一度も本当の笑顔をみせない「長州の間者」のような非情な総司の不気味さと冷徹な表情の怖さ。こういう子なんだよね。史実でも原作にもあるとおり。 んでもって26話しかないわけだけど、この中から何度か繰り返し観るのを選ぶのだが、やはり総司が笑ってくれてる回でないとつらい。司馬さんの原作でクールで描かれてる部分が結束さんの筆で悲しい展開になったりする。 司馬さんはご自分の原作でもテレビは滅多に観なかったそうだが(忙しいからだと思うけど)この「新選組血風録」だけは仕事の手を止めて楽しみにされていたそうだ。 しろうところが思った事だけど、ただ原作を忠実に映像化するよりも、原作「新選組血風録」「燃えよ剣」の中のエピソードをふんだんに散りばめて、コンセプトを崩さず、なおかつ司馬さんが描いていないことを「改変」して新しく描く、ってやはり原作者にとって嬉しい事なんじゃないのかな。 林真理子さんの「着物の悦び」からの孫びきだけど、ココ・シャネル本人が、自分のシャネルスーツを買って、そのまま着てる女性たちに怒っていたという。どんどん、自分なりのアレンジ加えてもっと素敵にしてほしかったという事らしい。 原作者が改変を楽しみ、って自分の原作を、もっともっと良くして映像化してたという事で、土方沖田近藤もタイムトンネル抜けて三人に会ったらああいう顔をしてたでしょうというくらいイメージぴったり、というエピソードもすごい。上月プロデューサーが沖田役に美男スター三田明氏を強く推薦してきた上層部に妥協せず無名の新劇役者、それも研究生に固執した慧眼がすごい。 関係ないが、ダリが想像で描いた美青年のロートレモン伯爵ことイジドール・デュカス。天才剣士なのに蒲柳の質の美青年にされてしまった沖田総司。夭折にはそんなイメージがあるんだろね。 ロートレアモンは24歳で亡くなり、総司は数え年25歳か27歳。なぜか生年月日があいまいだそうだ。二人の姉はちゃんと生年月日が明確なのにこれも謎とされてる。ただ夏ごろの生まれだそうだが、いずれにしろ満で24歳か26歳で亡くなってる。 ロートレアモンはのちに本人の写真が発見された。神経質で気真面目そうな若者だ。 はんたいに沖田総司はでたらめな子供のしもぶくれの顔にあの髪型のぶさいくなねつ造肖像画と、なぜか全然関係ない大工さんのコラボ写真が出回って気の毒だった。沖田家に一枚だけ写真があったが引越しのどさくさで紛失してしまったらしいという説もある。顔はイケメンではないけど体型は細く美しかったという証言もあり、え、これ島田沖田でわないか。 いずれにしろ、別に二枚目ではなかったけど、愛嬌のある笑顔が良いふんいきの若者と伝わってるので、それでいいんじゃないのかな。 これに時間つかうなら「新選組血風録」。島田さん栗塚さん左右田さん船田さん北村さん徳大寺さん有川さん国さん坂口さんいやもおみなさん。はあ。近藤さん土方さんが「そうし」ってよびかける響きがまたあったかくて。 録画半沢みておもしろかった。正しいラーメン食べたい。江口さん西田さん、実力のある女優さんてほんとかっこいい。すかす生半沢の録画するのわすれてしゅん。 孤独のグルメは武蔵小杉のジンギスカン。ひつじー。いつか行きたいなー。 そして新月より先に出会ってしまったマルドロール。再びぞくぞくする。やはり渡辺先生の語彙とリズムが自分には一番ぴったりくる。ただあらためてみてみると、思潮社版のは「ロートレアモン詩集」になってる?「マルドロールの歌」とは一言も表題がない。はて面妖な。すかす古本のにおいがはんぱない。いかにしまいこんでいたか、だね。 繰り返し繰り返し鑑賞してしまう。こんな作品があるのか。ほかの皆さんも何度も何度も観てしまう、DVD持ってるのにテレビでも観てしまう、にころだけではないんだとほっとしたりしち。なんつうか新選組がどうこうではないんだよねー。もちろん島田沖田、栗塚土方、左右田斎藤、舟橋近藤ほか枚挙にいともないんだけど、とにかく音楽もなにもかもぜんぶで二時間の映画一本のクオリティ。いやほんとに作品と作品になんの関係もないけど、あの夏、繰り返し繰り返しA面とB面を返してた自分を思い出してしもた。出会ってしまった。 いくつかの訓練実施して機材の使い方とか実際にやってためになったし、それなりにおもしろかったが、危険なのはやはり見てるだけだった。もうひとつはこの場所では機材がないのでできなかったが、もしもほんとにそれを住民がやることはないでしょう(つまりそれやるような事態はさいあく)との事。すかす、なまじヘルメット被ってしまってマスクでちと熱中症気味?ぐったり。きょうは一日かんかん照り。AちゃんBちゃんたちのほうは土砂降りだったり降ったりやんだりでちがうんだね。 あづいが、いってこなければ。防災の機材の実地訓練があるそうで、おもしろそうでもあるが、あづいよぉ。 不安だったので、グーグルマップ使ってあしたの場所下見に行った5分で行かれる場所なのにが山まで登らされて、30分かかったぞふざけんな(-人-;) おおヤキニク食べたのはもう一年前かあ。みねちゃん♪ うああ史料の読み違え。先日書いたが阿部十郎も、きっちり「沖田総司は剣をもったら残忍だった」と言ってる。西村兼文とごちゃになってた。このあたりを島田さんが人を斬る、という事をどんな痛みを持って演じていたかを、作品の中で感じる場面がある。但し、新選組に対しての「悪」に対して許せない、という感情の非情さ、は原作「長州の間者」「前髪の惣三郎」で、ドラマの「長州の間者」できっちりと描かれてる。「仕事」には非情な総司だ。この「仕事」を戦争に置き換えるといろんなメッセージがみえてくる。しかしほんとうに「水」が何度となく心象風景として使われてる。もちろんこの水の映像の時はせりふなどない。白黒なのに、うつくしい。 コロナもだけど暑すぎてさらにひきこもり。仕方なくスーパーに意を決して行くが、マスクの下汗びっしょり滝のようだもんね。帰宅したら買ったもの全部水洗いしないと気がすまないのでますます行くのがいやになったりしち。ころちゃんではないみたい。でも明日は「組長」だけの防災訓練が行われるだに。ひー。ヘルメット暑いだろーなー。場所がいまいちよくわからず役場に電話したら日直の人でわからないとかいわれてかなりパニック。副会長さんと連絡がついてほっ。 2004年の今日だったねー。7月25日発売が延びに延びて今日になっただよね。 マルドロール。マルドロール。ほかの訳者でもよんだなー。ちょとちがうかもだけど「新月」のセカンドがでないままひっそり解散の記事を見て、行き場を失ってネクサスレーベルアルバムを買い漁っては「違う!」と思ったあの感覚。渡辺先生のマルドロールでなければダメだったなー(゜゜) こりはいけません。ワインを買って飲んでは、結局飲みきれず、料理用にまわそうと保管して、それを繰り返してたくさんたまってしもた( ´・・)ワインを使った料理をつくらねば。とりあず、茄子を頂いたので、ヒキニクトマトたまねぎにんにく赤ワイン。 ぬかをこわごわを開けてみたが、想像してたよりも大丈夫だった。長梅雨で気温が低かったからかもしれない。すこしづつ復活。 父のほんとの四十九日、9.11を目途にもろもろ再開しよう。すこしづつね。封印を先に解いてしまってもよいかな?とも思い始めてる。 「新月」同様捨て回のない「新選組血風録」。でもやはり総司が出ない回、出ても総司の笑顔がない回は重苦しい。まして終焉に向かう回はつらい(;_ _) 鳥羽伏見の戦いを描いた「その前夜」「夕日の果て」。この戦闘シーンはすさまじい。モノクロゆえに昔のニュース映像を観てるような生々しさだ。 当然もう総司は労咳が悪化して戦闘には参加してない。にこにこと救いになる島田沖田などない。 戦いに負けた新選組は「賊軍」となる。辛い回がつづく。山崎さんは重傷、源さんは戦死。負傷した若い平隊士を実家まで永倉新八つあんが送り届けるが、すでに薩長に占拠された中平隊士も亡くなり母は薩摩に殺害され、姉は自害。戦争が二重三重に人の命を奪う。 大阪から江戸へ向かう富士山丸の中で山崎さんもいってしまう「海鳴りが呼ぶ」。出発前夜総司の隣で寝る斎藤さんかわいい。 何度となく渦巻く海が出てくる。船の中で病と揺れにくるしむ総司を斎藤さんがはげます。総司には山崎さんの死は伝えられない。何度となく渦巻く海が出てくる。 土方がやさしく総司を見守るが総司にはわかってしまっている(そりゃ海軍式の水葬でラッパ吹いたり何発も空砲撃ってるんだからわかるよー。総司の表情が痛ましい)。何度となく渦巻く海が出てくる。 「海鳴りがひどいなあ。まるで誰かを呼んでいるようだ」総司がつぶやく。一人甲板に出て渦巻く波をみつめる土方。渦。「海鳴りひどし」と何度も繰り返し土方が呟く(/_;)何度となく渦巻く海が出てくる。結束さん、河野監督・・・。 DVD全部そろえてしまったのに、朝4時から放映してる「新選組血風録」を録画して観てしまう。今日は総司がお菓子食べてて土方にすすめて「いらん!」とか断れるシーンと、斎藤さんが一人で海仙寺党をたった一人でやっつけてしまう回。左右田斎藤さん、キュン♪ 最高峰「新月」。最高峰「新選組血風録」。どっちも胸がいまもきゅんきゅんする。 じぶんが読んだ当時のマルドロールの歌は「渡辺広士」版と「栗田勇」版の二人の訳者によるものだけだったと思う。大学の西洋美術の講義の臨時講師があの栗田勇先生と知って本当に驚いたものだった。 西洋美術の概論で、講義内容とはまったく違うのだが、せめてひとことだけマルドロールの歌の訳者の先生に感動を伝えたかったのだが、なんかたちまち結成された取り巻きの男女のグループの連中が他の学生を一切寄せ付けないように講義前後にがっちり人の壁をつくり、誰も先生に声をかける事はできなかった。講義後ちょっと質問しようとした学生も誰も、ほんとに一人として近づけなかった。すごかったなあ。鉄壁の壁。 ころの渾身のレポートはもちろん「優」だったけどね。ギリシア彫刻について書いたようなおぼえがある。恥ずかしい事かいたんだろなあ(^-^;今考えたらレポートの欄外にでも一言感動とお礼をお伝えすればよかったかなー。ただ渡辺先生の訳が一番好きとはいえないやね(^-^; いろいろ読みふけりすぎて日記ぜんぜんかいてなかったりして。新選組関連にマルドロールの歌にベルサイユのばら。我ながらわけわからん。さらに「新選組血風録」もくりかえしみちゃうし。てへっ。 今日から九月。すこし涼しいね。 2004年 11月 12月 2005年 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月 2006年 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月 2007年 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月 2008年1月 2月 3月 4月 5月 6月 7・8月 9月 10月 11月 12月 2009年1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月 2010年1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月 2011年1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月 2012年1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月 2013年1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月 2014年1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月 2015年1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月 2016年1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
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