6月26日 足ばかり気にしているのは新月ファンとしてはいかんわけやね。新月にたいせつなRolandのSH1000と新たに購入した足が可愛い(結局それかい)KORGの旧型CX-3のコンビがこれから大活躍するであろーとという事に感動しないといけないのだった。 6月25日 機材の「足」可愛いのお。この足なにかに似てると思ってずっと考えてるんだがうーん。なんだろう?にゃんこのつま先立ちとか? 6月24日 久々のOrion更新やね。機材の話は演奏者は特に嬉しいやね。すかす、確かに「足」かわいいのお。 6月23日 たよりがないのは「星くん!」じょうたいなんだろね、きっと。新月ファンは安心して良いんだよ。 6月22日 夏至。なぜか『光るさざなみ』じゃなけれダメだ。 6月20日 新月の曲、新月の歌詩。自分の心象風景に重なる瞬間のこの作用はなんだろう。浄化作用、ではなくて、また次、を覗かされてしまう。これが新月。 すかす、『鬼』を聴いて嬉しくなってしまってつい笑ってしまうころって、ころって。結局、鬼をおっかけ続けて鬼ごっこして36年かい。天網恢恢かゆみにム○。ちがうっ。 6月18日 じめじめむしむしじめじめむしむしじめじめむしむしむしむしじめじめ。こんな感じが浮かぶ新月曲は巴里祭のイメージの『雨上がりの昼下がり』だね。でも梅雨とは違うかな?梅雨には『雨上がりの昼下がり』に描かれた熱気がないもんね。 新しい歌舞伎座になって、まあその3階席と幕見席しか行った事ないけど、今日は東の一番端っこだったのだが、役者さんの台詞の低音部分が全然聞き取れず困った。え、も、もしかして、こ、こりが初老?目がかすむとか膝がいだいとかはあったのだが、つ、つ、ついに耳っ?嗚呼っ。えーん。 6月17日 『赤い目の鏡』聴いている。やっぱりライブではつさまが歌って欲しいにゃ。つさまが歌わないとけしきがはっきりくっきり見えないもん。 6月16日 やっぱりいま地球に必要なのは『赤い目の鏡』だと思うんだ。 6月15日 今朝あたまに流れてきたのは新月でなくて『木綿のハンカチーフ』。なぜか不明。でもころオフカラオケでは人気曲だよね。北さまのこの曲の歌詞を褒めていらした覚えがある。 6月14日 今、世の中に必要な曲は『赤い目の鏡』なのではないかと、ころ思う。ころ思うゆえに我あり(意味不明)。 6月13日 今朝も薄曇り。またこんな朝なので、『白唇』がやっぱり気になる。でもどこか『朝の向こう側』も意識してしまう。 実盛の霊と僧のやりとりは、前世を行いと名を告げる事を拒む(悪事を働いたわけではない)実盛に、ざんげせよ、そうすれば楽になる、というもので、今こうして見ている自分たちにも通じるもので、はっ。実盛の気持ちがわかりすぎる修羅能とおもえない地味な曲なのだが、その分心に響いた素晴らしいひとときだった。「月の光」なんて詞章に反応してしまふ。面は前シテ「笑尉」後シテ「三光尉」。 6月12日 『赤い目の鏡』〜『殺意への船出PART2』。えへへ。おちつくなー。 新月セッションにはなさまゲストのトークタイムで誰だったか、『赤い目の鏡』は『殺意への船出PART2』の北山さんの着替え時間の為の曲ですよね?とか質問してはなさまが即座に「そういう曲じゃない」と突っ込んでいたのを思い出しただ。 6月11日 薄曇りの朝だ。『白唇』の果てない流れ・・・に入るまえの可愛い間奏部分があたまに流れてきた。たまらん。『白唇』聴こうっと。 6月9日 このあたりはもう雨が止んできたよ。『雨上がりの昼下がり』になるかな? 6月8日 『鬼』聴いた。さあいくど。 国宝。そうそう「新月は国の宝です」って名言があったっけ。POSEIDONの増田さんの言葉だね。 6月7日 プロジェクトの録音開始予定との事だ。先日のライブの『序曲』を思い出した。大好きな「METAGAIA」の楽曲を思わせる嬉しい時間だった。音源でずっと何度も繰り返して聴きたいにゃ。 6月5日 あり。そういえば『島へ帰ろう』は噴火に伴う思いだったのだけど、新月も『島へ帰ろう』だったんだね。納屋スタジオ、ええのぉ。そうだ、『鬼』も『不意の旅立ち』も、尾道で生まれたんだよね。 6月4日 なーんてパソコン落としてからベランダに出てみたら、風ににのって薄い雲がどんどん動いて切れ切れに、でもころの守護星の光のシャワーをたっぷりと浴びる事が出来たよ♪ 6月3日 今日は満月なのに、朝からこんな雨でちょっとおセンチ(死語)な気分でやはり『白唇』。 んでもって 京極さんのバンドにつさまはなさま参加(予定)の告知が掲載されてた。す、すかす、小さな鍵盤。やはりいろいろ「星くん!」を やっていたんだねー。ふふふふ。 6月2日 『島へ帰ろう』。今はこれしかないよね。 同意。そして同時に『白唇』があたまの中に流れてきた。果てない流れ・・・。 6月1日 また新しい月がはじまるね。夏の練習日みたいな日が続くけど、だから、練習なんだにゃ。夏に弱い上物メンバーには修行かの。ころとおなじく7月生まれのリズム隊はげんきにちがいない。寒いのが好きな北さまはまあ暑いのはやりすごしであろー。 5月31日 真夏みたいで気持ちが良い。五月が今日で終わる。あたまに流れるのは『不意の旅立ち』。 5月30日 『白唇』。この曲にとくべつな思いをもってるひとは少なくないよね。 5月29日 「竹光る」。いまさまざまな自然現象が起こり、当地にお住まいの方々には心よりお見舞い申し上げます。曲名ではない「竹光る」。新月は無意識なのか見据えていたのか79年にすでにこの数年前から至る「いま」を予言していたと思う。それが「新●月」だった。 5月28日 おぼろ月夜なので『せめて今宵は』。街の明かりが消えた夜、月のひかりもおぼろな夜、星はふわふわした空気を突き抜けて降ってきてくれるかなあ。 5月27日 真夏の練習日みたいな日が続くね。79年はもうレコーディング終わった頃だと思うけど、「新●月●全●史」のブックレットの写真見ると、草刈りのご奉仕日は半そでTシャツで、箱根で半そでなんだから、もう暑かったんだね。 5月26日 ゆるぎない。 5月25日 良い天気だ。朝の向こう側の向こう側やね。 5月24日 新月プロジェクトは暫く作曲と録音に専念との事で、ライブがないのは寂しいけど、「白鳥は優雅に見えて実は水面下で激しく水を掻いているんだよ星くん!(by花形満)」というわけでその分ファンの目に触れないところでかっぱつに動くんだよね。●じるしあるかぎり、ころげんきっ。 5月23日 久しぶりに「奇跡の二日間」を見て・・・。鮮烈すぎていまだに、名状しがたい気持ちがふつふつわきあがあり、あちこちで熾火のように熱く赤くなってる。『鬼』の囲炉裏の炎のように。 5月22日 まあ、せめてクエストホールの写真だけでも、というわけで再びしょうかい。 ころも久しぶりに見たが、アピさんの写真、あらためてすごい。すごいよね。掲示板にもうすこしじょうずに解説したかったんだけど・・・新月はむずかしいにゃ。 5月21日 序曲をもう一度聴きたいなあ、だいすきなMETAGAIAの香りのする曲が演奏されて嬉しかった。ほんとに『WATER HARP』かとおもっただ。 5月20日 これからは心を入れ替えて進捗が公式サイトに告知されるとの事で楽しみが増えるんかのぉ。まずは新曲『五月雨』について解説なんかあると嬉しいにゃ。うつくしい曲だったよ。 5月19日 ヒストリーは最大の難関Phonogenixで力尽きてる。んでも昨年からの活動がPHONOGENIXメンバーとの再会再活動、新しい試みが行われている事を考えると、ひとめぐりしてまたやり残してしまった事を完成に向けようとしているのではないのかなと思う。 小澤亜子さんから第三期(便宜上今使っている区分)加入時の貴重なお話をいただいた。第三期のデモと第二期の音源を聴いたが全く違うので第二期とまるで違うので、これで良いのですか?と確認したところ、これから全く新しい事を行うので、問題はないですとの事で、リハーサルに参加されたという事だった。 このお話を伺って、やはり、今の状況と酷似している、と思う。今プロジェクトとして様々な実験を行い場を広げながら、新しい表現の結実に向けて活動している。もう当時の新月ファンが知らないPhonogenixの活動がまた蘇ろうとしている。 公式サイトによると、しばらくは作曲・録音の活動になるとの事で、『五月雨』のように新しい新月曲が姿を現すんだよね。 思いは多々いきつもどりつ、あの幻のセカンドアルバム「竹ひかる」をオリジナルメンバーの演奏で、というお願いを書いてみる。すでにこのタイトルも変化してるのかもしれないけどね。 5月18日 今日は、新月。 5月17日 一日経ってMCとか細かいところは忘れてしもたが、れ、レポートしなくちゃ。沼袋は遠いんだけど、ここは生メロトロンちゃんが登場するはずなので好き。おやつも買えるし。 サンクチュアリに着いたらすでに階段の上部まで行列で埋まってた。若い方々含めみなさんお金を払いながら「新月プロジェクト」と言ってる。入場すると最初から並んでいた方々が皆さん全員最前列を陣取っていた。物販コーナーに「光るさざなみ」が並んでいて驚く(いや驚いてはいけないか)。後から聞いたらMUSEA盤も売られていたそうだ。MUSEA盤は1曲少ないので値段が安い・・・んだっけ?若い方が嬉しそうに「光るさざなみ」を持って戻ってきたのを見てまた嬉しくなる。 後ろの様子が全く分からなかったが目の端にどうやらすでに立ち見もありの満席の様子だった。 ころとヒロポンは二列目中央に座る。後ろの方から「どこに座れば一番いいかな」「花本さんがこっちだから」「津田さんはこっちだから」という会話が聞こえてきて嬉しい。ヒロポンとU・Kライブの話やらもろもろ盛り上がる。またヒロポンに「新月/新●月」の再発で、LPは89年のみ、と改めて教えてもらった。94年も再発LPがあったのか?と勘違いというかあいまいだったので助かった。ヒロポンは奥ゆかしいので新月資料室長としてもっと前に出てほしいものだ、うん。 7分ちかく遅れて幕が開く。一番左につさまご着席。一番右側の白生メロトロンとNORDの白赤の対比が美しいキーボードにはなさま、その左やや奥に直江さんの三人だけがステージにいて演奏が始まる。最初これはPhonogenix「METAGAIA」の『WATER HARP』かなと思ったのだが、この長いインストルメンタル曲は初めて聴く新しい曲で、あの『鳥は海を渡る』を聴いた時のような感覚でえんえんとこの曲を聴いていたいなあと思った。 上野さんが登場して初めて聴く曲が演奏され、『記憶』は昨年のライブに行っていないので聴いていないのだが、あ、これが『五月雨』なんだとすぐわかった。これ、好き。 曲が終わるとはなさまMCがあり前奏から『五月雨』という曲です、次は『島へ帰ろう』ですと紹介がある。 今回は上野さん一人で、シンプルな本来の『島へ帰ろう』でなんだかほっとしながら聴くことが出来た。新月ファンにはおなじみ「津田のキーキー」ではないカモメの鳴き声も良いね。後のMCで説明があったがなるべくシンセを使わないようにという配慮だそうで礒江さん自ら再びカモメの鳴き声をまたまた再現して、じょうず、なごんだ。 次は『白唇』。メロトロンがふんにゃけるのではないかとちびっとはらはらしたけど、われらがアイドル生メロトロンちゃんはがんばった。やっぱりいいな。つさまギターを弾きながらうれしそう。大山さんが『鬼』を弾くのを見た事があるのは1988年のアストゥーリアスライブのアンコールで北さま飛び入りゲストで『鬼』がつさまギターはなさまキーボードで演奏されたビデオ(ファンの方から頂いた)で、昨年7月の下北沢アレイには行ってないので、初めてで嬉しかった。 そして『殺意への船出PART2』。花津大の手元を交互に観るのがいそがしい。いそがしいが嬉しい。ころ自分の顔がどんどんほころんでしまうのが自分でわかる。京極さんのドラムと直江さんのラジオが絡み合いせめぎあいなんと表現して良いのか、飽きなかった。 殺意だ。やっぱり『殺意への船出PART2』はいいなあ。ただ渋谷でも気になったが前回は別の楽器、今回は別の楽器?だがなぜここにこの音が入ってしまうのだろう、というのだけが、ころちょっとふまん。 上野さんの「王女」を聴きながら、ふと2008年のグッドマンでの北山バンドライブで、北花共作殺意番外編『手段』での北さまれいちさんのデュエットを思い出し、北さま上野さんの星男と王女を聴きたいと思った。 『殺意への船出PART2』ころの新月原点曲のかたほう。 演奏終わった途端、つい嬉しくなって満面さらにほころんで顔面崩壊のころ。まあその能舞台ですら感激してうれしくなるとつい笑ってしまうころなので演者から見たらかなりぶきみかも。 それはともかく次もさらにたいへんな曲、という意味のはなさまMCがありつさまはなさま大山さん安谷屋さん礒江さん京極さんだけに。 あの鐘の音が鳴り響き、あの、キーンコーンが繰り返し流れ、つさまのギターがぽろぽろんと流れて、そして楽器が全部エネルギーの噴き出し口から一気に鳴り響き客席を包み込んで・・・嗚呼これだよぉ。このイントロの間じゅう、無人のマイクスタンドに、ふ、ふと、もしかしたらサプライズで北さまが登場するのでは?と一瞬ドキドキしてしまったがそんな事はなかった。 『鬼』、『鬼』はやはりすごい。ステージも客席も空気が張り詰めてる。ある意味演奏者と観客の一体感が生まれる曲ではないか、などと見当違いの思いが浮かんだ。 演奏が終わって観席から鳴りやまない拍手に、はなさまがアンコールがなくてすみません、という笑顔のMCでライブは終了した。 ライブの感想やら、北山セカンドマスタリングについてやら、桜井さんがHALを辞めた後HALのライブに行ったらカッコいいなと思った、とか、「キタモト」の話題やら、インカの「浪漫風」の竹林の話から、ラフォーレ原宿に「竹の生垣」があったはずだが、インカの上演が後だったのだから、ではあの小道具はどうしたんだろう、とか、ころ、『白唇』で少しはらはらしたけど、北さまから今日のメロトロンは相当危なかった、とお聞きしたりetc.で盛り上がってるところに石畠さんと亜子さんが来店され合流する。 演奏は観てるけど、お二人にお会いするのは初めてでご紹介いただき、それから第三期の貴重なお話を聞かせて頂き嬉しかった。ヒストリーを補完するのに、ヒロポンの話とお二人のお話を聞けて有意義で、ライブ、打ち上げ(って観客も使うものかな)共に有意義な一日だった〜。とどめが高田馬場で「鉄腕アトム」のテーマが駅のベル代わりにながれていたのだが、これはお茶の水博士の研究所が高田馬場にあったのでアトム誕生の地だからだと教えてもらって、びっくり。なんと有意義な。お礼?に品川駅のは「鉄道唱歌」だとお伝えする。演奏の余韻でるんるん帰宅しただ。 5月16日 五月雨、というかむしろ篠突く雨なんですが。んでも、今日のライブばかなりいろんな意味で期待大。へらへらにこにこしたいものだ。そして、今日はちょっと、「聴き方」を変えてみようと思うんだ。プロジェクトの演奏が先でよかった。 ころの客席の位置のせいだったのかもしれないが、最初の五月雨の歌部分でラジオのノイズが大きすぎて上野さんの綺麗な声に被ってしまってここは残念だった。 あと渋谷でも気になっていたのが『殺意への船出PART2』で、どうして静寂部分にいろんな音が入るようになってしまったんだろう?最初これはミスなのではと、はらはらどきどきしてたんだけど、その疑問を北さまやさん石畠さんに聞いてみたら、ミスではなくそういった演出だとの事だった。んでも緩急のはっきりした曲だから静寂部分は手を加えないでほしいにゃ。ふえ。 『鬼』で演奏者以外がはけた時、も、もしかしたらサプライズで北さま登場!?とどきどきしていたのだが、ちがった。そもそも北さまが客席で観戦されたいたのをしらなかったりしち。 特に『殺意への船出PART2』では狭いステージに女性ボーカルが二人並んで星男パートも女性ボーカルが歌い、でも歌い分けが出来てないのでほんとに残念・・・というのを後から北さまに訴えてしまったりしち。 と思ってそういえばと以前メンバーかファンの方から頂いたマーキーのインタビュー記事にこの時の写真が掲載されていたのを思い出し見てみた。思い出したっ。生垣ではなく竹を組み合わせた柵が最初から折りたたんでステージ端に置かれてて、友人と『鬼』の為だよね?とか言ってた。で、『鬼』が始まる前にこの衝立?をスタッフの人がドラムのまわりをぐるっと覆って北さまがこの和風の衝立をバックに歌うような演出だったんだ。 あとから石畠さん亜子さんが合流して第三期の貴重なお話を伺う。また、亜子さんにZELDAの「最古の女の子バンド」というキャッチは決して最古ではないのだが、10年続いたガールズバンドとして結果的に最古だったと説明していただいた。 5月15日 明日は雨らしい・・・。渋谷の暴風雨が思い出される。でも悪天候とは裏腹にかなりバンドとして纏まった演奏でけっこう満足感があったので、今回さらにパワーアップしてるに違いない。 5月14日 あさっては沼袋でプロジェクトのライブだ。何買い食いしようかな。おなかすくからお赤飯の鬼ぎりかなー。ってそういう話ではなく、サイトからもじぇんじぇんアナウンスがないので、知る由もないが、ちんもくしてるということは水面下でじぇったい動きがあるよねー。昨年からorionで今年は録音中心とか告知されてるし、北山ソロセカンド、キタモト(北花?)の動きも気になるところ。新曲も、大山曜さんのベースも楽しみだし、できればつさまが『赤い目の鏡』を歌ってくださらんかのー。 5月13日 今朝は台風一過のさわやかな五月晴れに朝から『鬼』聴いて元気!矛盾してる? 5月11日 11。 5月10日 今週末はプロジェクトライブやね。 5月9日 今日は国立能楽堂。平家物語平に重衡に因んだ能「千手」なので神戸大学の高橋昌明先生のお話が「牡丹の花〜重衡の実像」というタイトルでありとても分かりやすかった。 牡丹、に反応してしまうが、先生の解説で、牡丹は中国では花の王様だそうだ。すかす今牡丹とわ。 重衡の実際の容姿は不明だそうだが、気品があり軽妙洒脱な皆を楽しませる会話と立ち居振る舞いの美しさ華やかな性格でまさに「イケメン」だったそうな。だから、牡丹。 それが一の谷の合戦で捉えられ、南都の焼き討ちの咎により重罪を申付けられる。その嘆きを千手の前が聞き、慰め、別れと直面する。若い娘にはひどく残酷な役割だ(と、思う)。 豪華で華やかな衣装に包まれたシテ千手の前の憂いを含んだ面はそれはそれは凛として清らかで美しく「若女」なのかなと思ったが終演後の発表では「節木増」で、それを見た方々が「増」でしたか「増」でしたか、とそれぞれつぶやいている声が聞こえてきた。 高橋先生のお話にあったように、橋掛かり手前で死地に赴く重衡と残る千手がすれ違う場面は胸に迫るものがあった。 5月8日 んでもって今朝のエンドレスは『島へ帰ろう』なのだ。初夏のふんいきが海とか島を連想するからかな。タケシは出てこなかった。 5月7日 16日のライブはやっぱしプロジェクトだけ観る事にしよ。対バンごめんなさいです。今回のライブは「新しい事」にすごく期待してる。 5月6日 ガタガタは今日も少しありやはり地震関連も捨てきれない。というか、たんちゃんにぬれぎぬ着せてごめん。でもやっぱしたんちゃんか?ちょうど花瓶の位置が感知する場所なのかな。ただ、花瓶は揺れない。なんなんだろう。ただ箱根が近いのでちょっとざわざわはしてる。でもいつもみたいな夢は見ないからだいじょうぶ。 桜井さんベースと清水さんキーボードの『光るさざなみ』は入らないかなーダメかなー。 5月5日 たまたま『牡丹』をYOU TUBEで観たクラシック、声楽をやっている友人がはなさまの曲とピアノを絶賛していた事を先月だったか、日記に書いた事を覚えてる人もいるかと思う。 子供の頃からクラシックと合唱とバンドでキーボードをやってゲーム音楽の分析(2013年のアレイホールでのはなさまのMC『メロトロンのソフトにはデジタルもありますが、アナログは、音の存在感が全く違います。』というような事だった。) もやってる息子くんに見せたところ、彼もはなさまピアノを大絶賛していたとの事で、やっぱはなさますごいんだなーとなんかうれしくなった。 お二人からは曲もピアノもこんなに素晴らしいのになぜ曲を壊すようなことを?という別の手厳しい意見も貰ったが、うう、それをころに言われても(泣)。それはこれ以上ここでは触れないでおく。 先日またその友人と会った際、改めて『牡丹』の感想を貰った。 「あの曲のピアノは本当に素晴らしかった!あれだけの間を取りながらのあのピアノ!演奏に本当に感動した。感動を機会があったらご本人にお伝えください」と言われた。 それでは勿体ないのでここに書いてしもた。 はなさまは実はピアノを始めたのは高校三年生の時のお受験ピアノだと伝えたら、驚くことはなく、そういう人を何人か知ってて、やはりキーボードは「天性の才能」らしい。曲は「音楽俳句」という実験だと伝えたらそれにはなっとく。 ころ、新月クラシック(て表現にはちと違和感があるがプロジェクトと区別するため便宜上使う)曲をちびっとづつ聴いてもらう作戦をじわじわ実行する作戦をたててるのだった。 5月4日 今日は満月。 「じぇったい躍らせてやるもんか」の信●念をかなぐり捨てて、みんなで歌って踊っちゃう客席と距離なし一体化という新たなステージ(まあ但し一曲だけ)。 いまそゆ曲はないので作るまで、仕方ないのでこうなったら『少女は帰れない』を許す(ころ何様?)。 途中の「きゅきゅきゅきゅきゅ(?)っていうへんなコーラス(決して悪意はない。ころうそはゆわない)のところをオーディエンスが歌い、最後ボーカルが「少女は〜帰れな〜い」って歌ったらオーディエンスは「少女は〜帰らな〜い」って歌ってノリノリ。ついに封印は破られた『少女は帰れない』ライブ! ダメかちら。 あまりの事に目を瞠りおそるおそる近づくとだんだん動きは小さくなるもののいつまでも頭を振っていた。これはななななななんなんだろ? ころ霊感はないしなんかぞっとするとか感じなかったが、船出したにゃんこたちが何か教えてくれたのか、あるいは友人と別の老ねこちゃんのしんぱいをやりとりしてたから ?それともやはり地震の何か予兆なのか? 今ネパールが他人事ではない。煽るつもりはないが、備えはしてて、それで地震が来なければそれでそれは良いわけだ。わかんないけど、やっぱりこのあたりにも地震が近いのではないかとも思った。 しかし予知夢みたいのは実は時々見るがこんな現象は初めてだ。科学的に証明される物理的な現象だったのならそれはそれで怖いよ。 霊的な現象だったらそれはそれであれだが、わからない。 れーせーに考えるとやはり箱根が近いし大涌谷から噴気が出てるという事と関係してるのかもしんないが、しかしそれはそれは玉下駄だよ。。 5月3日 日本初来日の時が中野サンプラザだったので、ファイナルも中野サンプラザで行いたい、という理由でそうなったそうだ。ころは青年館しか観ていないのでなんかきゅんとしてしまう。 79年と同じくデンジャー・マネーから始まるかと期待していたが、以外にも30years、ソーホーの夜、とバラードが続くがそれからキャリングノークロス、アラスカ、TIMETOKILLと大曲をたっぷり聴かせてくれる。 エディのMCがはじまる。殆ど英語わかんないけど、 79年のライブ来た人?というのはわかったので、学校で先生に当ててもらいたい時のようにはーい!って手を挙げた79年に来た人?てエディに言われてに学校みたいに思い切り手を挙げたころ。でも以外に少なかったのは今日が平日だからか? これ、2006年の新月復活コンサートでも鈴木さんのMCにおんなじ事したっけ。 そしてサンプラザで初めて演奏した曲と紹介ありナイトアフターナイト(実はころこの曲はあまり好きではないけどねー)。 そしてエディ以外のメンバーがはけて、エディのキーボードからエディのソロアルバムの表題曲テーマオブシークレッツのガラス玉を転がすようなうつくしい美しい音のイントロ部分が場内に響き、期待大。しかしそこからえんえんエディのピアノソロ、ヴァイオリンソロが演奏されるのだが・・・ちょと、というかかなり飽きてしもた。技巧とか理論のお披露目プレイのようだった。うーん、プロフェッサーとしてではなくプレイヤーとして今日は最後なんだから楽しませてほしいなあ。 続いてゲストプレイヤーのドリームシアターのドラマーのドラムソロの超絶演奏がなかなか面白かったが、あの79年のテリーのドラム見ちゃったからなあ。てか再結成ライブのテリーのドラムも凄かったというか、楽しかった。でもすごかった。 それからステージにはジョンとエディだけになり二人のMC。英語じぇんじぇんわかんないけど二人で労いあい思いで語ってるようだった。ここだったと思うけど「キミタチサイコダヨ!」が今回「キミタチサイゴダヨ!」って言ったように聞こえたけど、ほんとにこう言ったのかな。 それとエディとジョンがやたら仲良しアピールしてた。 そしてジョンの向かって左横に寄り添うように置かれたキーボードにエディが立ち、ランデブー602が演奏された。 ドラムとギターが再びステージに戻り、エディも再び一段高いキーボードに戻りナッシングトゥールースが演奏される。 そしてそして、あのイントロ。いまだかつて聴いたことのないあのイントロ。同じ79年に新月同様ラジオから聴こえてきたこのイントロ聴いてレコード屋さんに走ったあの曲が始まる。 闇の住人〜光の住人〜プレストビバーチェ。思わず目頭が熱くなりつつも笑えてしまうころ。 続けて、これはビル・ブラッフォード(ブルーフォード?)のソロセカンドアルバムの収録曲でエディがヴァイオリンで参加しているFoever Until Sunday。この曲はヴァイオリンから始まるそれはそれは美しい大好きな曲だ。 そしてステージから全員去ってしまい、ええええ!おーいデンジャーマネー忘れてませんか? オ 時じょしだいせーである)が客席まわりながら「開演前にU・Kとコールしてくださいよ」と言われていやいややったがライブラストのアンコールには自主的にU・K !と叫んでいただ。なんかこの時U・K(ぴっぴっと笛の音まであったよ)で、今回も、みんな拍手しながら誰ともなくU・Kと連呼してた。 そしてメンバーが再びステージへ! いよいよデンジャーマネーか?と思いきや、いつもなら最後に演奏するシーザースパレスブルース!いつものごとくオーディエンスも一緒に大合唱で楽しいけど、なんでなんで、思いながら次に始まったのは、ジオンリーシングシーニーズで、あっ、もしかしたら初来日公演の時はオープニングがデンジャーマネーで次がこの曲だったので、逆をやって締めくくるのかなと期待大。 が、なじぇか再びキャリングノークロスが演奏され・・・?ジョンが胸の前で手を合わせ祈りのかたちのまましっとりと歌い静かにフェイドアウト・・・。 なんとも言い難い不思議な感覚だった。ジョンとエディがしっかり抱き合いお互いの背中を何度も叩き、それからゲストの二人も加わり四人で何度も何度もおじぎして、えええええええええこれで終わり?これで終わりなの?客席のアンコール求める拍手の中ステージから去るメンバー。 BGMが流れだしたが鳴りやまないアンコールに客電がつかないのでもしかしたら?それを振り切ってまた出て来てくれるのではないかと思った。 「デンジャーマネーは?」という声が他の席からも聞こえたが、それもむなしく客電が灯り、あれれ?というなんだか未消化な終わり方でファイナルコンサートは終わった。 ドラマーがデンジャーマネーを叩けなかったのかなー。いやそんな事はないと思うが。いつぞや新月セッション前にあったたしか玉ゆらコンサートの後ROSEさんが『科学の夜』のギターについての質問をつさまにした時、そのお答えをいただいた後、「『科学の夜』はもう自分は弾けないかも」と、おっしゃっていたのをふと思い出したりしち。 4月30日 ついにU・Kファイナルの日が来てしもた。曲順がすごく気になって、1979年と同じ曲順だといいなあ。いきなり『デンジャー・マネー』から始まって、それはそれはすごかった。あー嬉しいのと同時にどんどんなんかきもちわるくなってきた。まだ朝なのに。ファイナル、そして79年新月メンバーがおんなじ会場に居たってことも感慨深い。 4月29日 あしたは中野サンプラザでU・Kファイナルコンサート。青年館のほうに行ってサンプラザには行ってないので、なんかふしぎなきもち。やはり泣いてしまうんだろうなあ。U・Kは二度とやらないんだって。79年のだいじな思い出がここでひとつ終止符をうつ。でも新月は続いてるもん。 4月28日 いまふたたびスイッチのオンオフが出来なくちゃったので、「新月小史」は持ち歩いてない。いやはや、プロジェクトが始動する前までに「現在」に追いつこうなんて思っていたのにね。当たり前だが思い通りにはなかなかならない、ほしいものは簡単に手にはいらない。だって、新月復活までだって四半世紀かかったんだ門。仕方ないよね。って、ころもやっぱし寿命300年ほしー。 4月27日 「五月雨」とにかく次回ライブでは新曲が楽しみだ。 4月26日 ころオフは、桜井さん朝倉さん峯ちゃん、遅れて宵ちゃんでこじんまり濃くこってり。 レバーはころ一人で一皿食べるので三皿頼んだだ。「三皿行っちゃいますか?」「行っちゃいましょう」で完食。遅れてきた宵ちゃんすまん。 二次会には以前のころオフで北さまが入りたかったがもう烏賊刺しがなくて諦めたお店に北さまをしのんで行こうかという話になったが時間的に駅近くにながれる。んでもって次回はじぇったい川崎の「怪獣酒場」でやりたいという話になっただ。 4月24日 公式サイトに掲載されてる5月16日のプロジェクトのちらし見て、うふふ。そだそだ、さりげなく、新月メンバー二人には●がついてるんだよね。ふふ。 4月22日 北山セカンドは春には間に合わなかったけど「春頃」って事なので、初夏かな?んでもかなり確実に現実味を帯びてきたのでわくわく!! 4月21日 音楽家である知人がひょんな事からYOU TUBEの『牡丹』を観てくれた。音が少ない曲なのに、たっぷりとあれだけのピアノが素晴らしい(もちっと専門的な言葉だったけど)!と大絶賛。「音楽俳句」という実験なんだよと伝えたらなるほどと納得してた。ほかの曲も聴きたいと言ってくれてとても嬉しかった。新月って良いから聴いてと営業?して回ったことはあったけど、プロジェクトのはなさまの演奏を聴いて新月に興味を持ってもらったのは初めてだ。嬉しい。 4月20日 ころオフは今週末。「新月プロジェクト」のライブはあと3週間だよ。 4月19日 今日は、新月。 4月17日 詩という言葉があって詞という言葉がある。新月の曲はすべて歌詩。曲がなくとも一つの文学作品であるからだ。「新●月●全●史」のブックレットでは詩になってるもんね。『赤い目の鏡』は先に曲が出来ていて、そこに見えた光景をそのまま詩に描いた。絵本に自然に物語がついてきたみたい。 4月16日 ころオフのお店と開催時間を新●月掲示板に書いたので、見てみんな参加してね。 4月15日 次の書き起しは1988年か89年になると思うので、おさらいにこのあたりの再発CDや「赤い目の鏡」「セレナーデ+科学の夜」のライナーを読む。94年の再発盤は残念ながら持っていないが、ファンの方にジャケ写真を送って頂いたのでヒストリーに「新月/新●月」のディスコグラフィーが掲載出来ているわけやね。「セレナーデ+科学の夜」のライナーに「福生 1976年2月14日」とクレジットされているHALのライブ音源があると記されているが、これは年代からしてつさま高橋さん裕子さん米沢さん、つまり「新●月●全●史」に封入されているHAL音源のジャケ写真になっている第二期HALメンバーのライブ音源なんだね。聴いてみたいなあ。 4月14日 2013年にサンクチュアリで行われた五十嵐さんのイベントにバックバンドとして参加した時、対バンが水鏡だったんだよね。お店の外で待っていたら、リハを観ていた水鏡メンバーから「花本さん生メロトロンです!」とか「花本さん津田さんやはりプロは出音が違います!」とか「未だかつて聴いたことのないような音楽です!」とか興奮気味のリアルレポートをメーるルで送って来てくれてわくわく期待がさらに高まっただ。んでもって、水鏡がMCの時新月フレーズをいくつか弾いてくれたっけ。今回も生メロトロンだといいなあ。 4月13日 新月プロジェクトのライブ詳細が告知された。新曲『五月雨』も披露されるそうな。ループってなんじゃろ???昨年35周年の下北沢に行っていないので、大山曜さんが演奏する新月曲を聴くのは初めてになる。すごく嬉しい。 新曲たのしみ。上野さん、直江さんがまた何をやってくれるのかな。 サンクチュアリだからまた、五十嵐さんのイベントの時のように生メロトロンちゃんが登場するかなあ。んでもって近くのお店でおやつまた買いぐいできるね。ぷぷ。メアドにメールしたけどこれで前売り予約できたのかな? だから、今はっきし書いちゃうけど、真○月もちがうと思う(でも読みについてはついに言及されなかったよね、ぷぷ)。北山真オリジナルブランドのいかした(死語)ユニット名で上り詰めてほしいなあ。ロックを超えて。 プロジェクトのライブも楽しいけど、やはり2006年4月9日からもう9年、「新月」オリジナルメンバーの活動も再開されたら良いな。 4月11日 今日は何が何でも『赤い目の鏡』。愛した母に別れを告げ(わたしの居場所はここではない)た悪魔の姿のやぎさん。何者なのか、今も、わからない。 4月10日 あたまのなかは『鬼』まみれ。だって、ある日突然ラジオから流れてきた今まで聴いたこともない曲『鬼』に打たれて36年だ門。仕方ないよね。 4月9日 今日は一日オフにして、ヒストリーの準備をしようと思っていたが、結局新月を聴きながら終わってしまった。ある程度予想通りだったけど。2006年の復活コンサート二日目の今日のいまごろ、こんな曲が演奏された、こんなMCがあった、と楽しく思い出していた。 ヒストリーに関しては1988から書き起こして、新月年?の5年スパンで2003年までを書くのがまず目標。まるで計ったみたいに、新月ボックス、再結成の話がまさに聞こえてきた年だ。タイトルは【めばえ】かちら?可愛すぎ? 復活コンサートの事を考えながら、昨年7月26日に行けなかった35周年記念コンサートの事を考えていた。実際、全くの偶然というかそんな作用が働いて行かれなかったわけだが、やはり行かなくてよかった、と思っている。たぶん、演奏は楽しんだと思う、だけど、きっと悲しくなったと思うからね。結局まだ自分のキャパの狭さを思い知る事になったと思う。 いずれにしろ「第二期新月」のヒストリーを完結する事が自分の役割だと今再び切に思うので、まずは岩や小石を取り除いて、入口につながる道を行く事が先決だ。そしたら早いと思う。 その時は、ころの新月さまが降臨してくださって、一気に書き抜けるだろう。まだ一文字すら書けてはいないのだが、この役割を担えるのはころひとり、かな?実に、幸せだ。 4月8日 あの日も雨だったけど、しとしとあったかい雨でライブ前に『雨上がりの昼下がり』になったのはすごかった。今日は冷たい雨。花まつり。みぞれと桜の花びらが一緒に散るのを観るという不思議な光景。 4月7日 北山セカンド、Phonogenix、北花、新月プロジェクト。最初に手に出来るのは、どれかにゃ。 そうそう今年、ハチ公が飼い主の先生と90年ぶりに再会できた像が完成したんだよね。よかったね、よかったね。だから新月四半世紀ぶりとかまだまだじゃのぉ、ほっほっほっ(全くもって意味不明)。 すかす、ころの涙腺地雷ワードのハチ公、よだかの星、ごんぎつね・・・やめてぇー。あとフランダースの犬とか酒屋のワン公とか泣いた赤鬼とか子鹿物語とか。 関係ないけどアンデルセンはマッチ売りの主人公を当初少年にしていたそうだが、それはあまりにも残酷なので、少女にしたという説を、ころ自分の少女時代にどこかで読んだ覚えがあるのだが、ほんと?だとしたらネロが少年じゃなくて少女だったら、あそこまでパブロフ状態に涙が出ないってことなのかな? 4月6日 記念日好きなころちゃん。今日の日付にふと気づいた。2006年の復活コンサート前のランスルーリハをレポートさせてもらったものすごい日だった。ここで、新月が当時をも凌駕する圧倒的な演奏を繰り広げるのを目の当たりにして、満面笑みが顔からはみでてしまったのじゃった。この報告をさせてもらって、同志であるファンのひとたちはほんとにほんとに喜んで、4月8、9日のライブにさらに期待をかけ、それはそれは盛り上がっていたもんじゃっただ。 4月5日 そろそろ、北山真の歌声を聴きいたんだけどにゃ。まだかにゃ。『手段』をいまはもうれつに聴きたいにゃ。 4月4日 今日は満月。んでもしとしと朝から雨だ。くすん。 新月。 4月3日 明日は満月で、皆既月食でにわか新月の夜。 35年前の今の時間は、渋谷で飲んだくれていた。ラフォーレ原宿であとのスペースサーカスを観ないで新月だけ観てはやく飲もう、と会場出てきちゃったんだよね。あとから、って、つまりこのころサイトを始めてからって事だけど、あとからスペースサーカスを観なかったなんて、なんてもったいない事だったのかを知ったわけやね。 んでもってMCの意味をろくに咀嚼もせず、次のライブいつかなー、なんて炉端焼きの店でかるい雑談交じりで話していたっけ。このお店がどこだったかも覚えてない。当たり前、ふつう、みたいに次があるからというくらい、かるーい気持ちだった。その日から、なんとまあ。 4月2日 1980年の今日は明日の事考えてわくわく、たのしみ。また、「あの曲」演るかな? 『殺意への船出PART2』聴く。あの、曲。未だ未完の、あの、曲。 4月1日 今日から四月。んでもぼわっとふわっとした春とは遠くひんやり桜も淡い薄ぐもり色。新月ぽい新年度の始まりで4月4日は皆既月食。満月なのに新月みたいになるんだね。えへへ。 3月31日 今日で火星月が終わる。1980年、2006年、四月になるのを心待ちにしていたっけ。 3月30日 新月の歴史の、たった一行、の中にとてつもないものが潜んでいる。それはころにとって目の前に積まれた宝の山だ。でもその宝の山に行きつくまで、大きな岩やがれきの道を登らねばならない。そしてその道の入り口に行きつくまで、さんざん迷子にならねばならない。そして、それは、全然、いやじゃない。 3月29日 たよりのないのは元気なしるし。いまいくつのプロジェクトが水面下でかっぱつに動き回ってるのかにゃ。たのしみ〜。 3月27日 北山セカンド、新月プロジェクト、Phonogenix、北花。計画や再活動の順番だとこんな感じ?そういえば、数年前の北山真ルート全県制覇記念パーティでもこぐまさんが文学バンド復活に熱く語っていたと思うが、文学バンドもまた観たいよね。てか2004年わずかな人しか観てないもんね。なんとか再結成してほしいものだ。そういえば、新月関連で再結成されてないのはSerenadeと文学バンドやね。 3月26日 「再結成」までをひとつの目標の区切りとしたら、ヒストリーは胸突き八丁まで来てるのかな。「新月/新●月」CDとLP再発から再結成の前哨戦までは15年なんだから、後は公式サイトファンサイトに書かれてるので、この15年を文字で埋めていく作業だ。ここですでにいくつかの音源が発表されているので、「伝説」ではあれど、その伝説の名が語り継がれるほど、じわじわと世に出て来てる。リアルファンも後追いファンもその名を少しづつ口にしてる。 3月25日 「新月小史」みてちと思ったのは、鈴木さんがニューヨークから帰国してから、小久保さんたちとモンゴディーバを結成したり、ジャズバンドを結成したり、と新月再結成まで、いや当然並行して行われてる鈴木さんの音楽活動のテイストはロックとはまたちがうんだなーって事。 3月24日 5月16日、どんなんかな。 「新月小史」を読み返しておもしろいのだが、「新月小史」が途絶えた年代からすでに今に至るまでさらに長い年月が過ぎてしまった。そしてその中に詰まったとてつもなく深い広いヒストリーが面前に広がる。膨大かつ緻密な歴史ではあるが、まだまだ未来につながるゆえに、楽しい。 3月23日 「新月小史」。つまり再活動に向けての萌芽。自分自身で再発CDや「科学の夜」「赤い目の鏡」を入手し新月との再会やSerenadeという前身バンドがあったことを知った。そしてあの曲、の名も。 3月22日 新月は場。だから、広がるだけでなく、深く、遠く進むんだよ。 3月21日 ちんもくは、金。きっと水面下で激しくいろんな事が進んでいるに違いない。10年前は「新●月●全●史」制作で盛り上がっていたよね。新月、新月関連メンバーの動きは止まらないよ、今も。火星の新月を過ぎてくすくす。大丈夫、だいじょうぶ、ファンはにこにこして待っていようね。 3月20日 今日は、新月。火星の月の新月の日。ころの守護星がふたつ揃った日ずら。 3月19日 明日は、新月。 んでもこれに肉付けしたのがころブログ「日本のプログレッシブロック 新●月」の「新●月」や「Serenade」や「HAL」であり、現在「新●月」の中のPhonogenixまでを書いてていま止まってるわけやね。 3月18日 プリントアウトした「新月小史」(あ、これはころがヒストリーのために作ったころ資料ね。メンバー関係者へのインタビューと、作品やライナー他資料を無機質な活動年表に羅列しただけのもの。もちりん未発表)を読み返しておもろ。って自分だけで面白がってはいかんの。何年も前には常に持ち歩いてて水にぬれたりしてぼろぼろ。1988年から書き起こしていのちを吹き込まねばね。つまり、「新月/新●月」の再発からだ。 3月17日 もうすぐ、新月。 3月16日 ヒストリーはPhonogenixで止まっている。歴史が繰り返すとしたら、今現在の新月は、再び、ここ、やね。 3月15日 新月プログレで検索かけたら新月は最高だった(「新月/新●月」の事)の一言を発見。嬉しかった。 昨年行われたプロジェクトのライブレポートを結局かけずじまいだが、もうこれは良いような気がしてきた。迷ったら原点に帰るんだ。それが出来ない事を悶々考えているよりは、二年半中断しているヒストリーを書くためのエネルギーを溜めて噴出させねば。まだころちゃん溜めてるさいちゅうだけど、必ず出口はある。 プロジェクトの「それからの日々」はアルバムに入るのだろうか。 いつものように、普通の生活をしてた、いつものようにこの時間の先も普通の生活が、あるはずだった。 先生のお話を全部書くことは出来ないが、津波で流されるとはどういうことなのか、それは、全く何一つ残らない、という事、支援物資を差し上げた中で一番喜ばれたのは「爪切り」で、どんな状況でも生きている限り爪は伸びるのだが、爪切りが無くて皆さん困っていたことが語られた。 最後の方で先生が「幽霊」の話をしますと言われ、遠野物語を引用しての幽霊についての考察の後、震災後たくさんの亡くなった方がたが現れる話を淡々と話された。 そして夜になると誰もいないはずの海のなかから、わーというたくさんの人の声がするという地域があり、 もちろんまだ海には近づけないので、その海を見下ろせる陸橋に大勢の人が集まる。警官の人達がそれを分けるほどの人数だそうだ。 そんなにたくさんのひとたちが、なぜその場所に集まるのか。そのひとたちはどういう目的で集まるのか。 それは、未だ見つからない大切な家族や親類友人知人を探すひとたちで「幽霊に会いたい」から。自分のだいじな人たちに、「会いたい」から。あまりに生々しく辛いお話で切なさに思わず落涙してしまった。先生はあくまで、淡々と、淡々とお話をされていた。 せめてもの鎮魂の意味で捧げられた能「桜川」は生き別れの母子が再会する物語だ。かなり辛い話だが母子は再会を果たすことが出来た。救いがある。別れは必ずあるがまた必ず再会はある。能は現世で再会を果たしたが、それが叶わなくとも、いつか再会はあるのだ。桜という華やかな名の主題に惑わされてしまいそうだったが、重く、決して忘れてはならない被災地の同朋の思いに寄り添う事を再び固く思いを強める事となった、鑑賞だった。 3月14日 北山ソロセカンドのニュースまだかなあ・・・(ぼそっ)。はやく聴きたい。『手段』聴きたい。 3月13日 3.11の星空がプラネタリウムで再現されたそうだ。 新月プロジェクトのあの曲は世に出ないのかな。 んでも仁左さまはほとんど動きがなく座しているのだが仁左さまが出るとぴんと舞台が引き締まる。けど、一番は片岡秀太郎さん演じる銀と金の品格高い老女に全部持っていかれたとおもっただ。 花の美しさ衣裳の美しさ、春だなー。一番気になったのは菊之助ちゃん演じる輝国がつけていた(衣裳の名前がわからない)薄い青とも緑ともつかないあの色はなんて言うんだろう。ツユクサ色かな。いやもっと緑が入っていたような。何色なんだろ。まさに春に相応しいため息が出そうな美しさだった。 3月12日 今日みたいに晴れた青空なんだけど、少し雲が出ている日に、朝から『鬼』を聴いていると、鬼が出そうな気がする。 3月11日 黙祷。 3月10日 雨が上がり明るくきれいに晴れているのだが、すごい朝もや。新月曲にこんな情景の曲はあったかな。『朝の向こう側』が浮かんで来たんだけど。だけど。 3月9日 音源リリース。Phonogenixなのか、新月プロジェクトなのか、両方なのかじぇんじぇん明らかにされてないけど、あれこれ想像してしまう。新月名義なのだとしたら、やっぱしあの5人以外に考えられないけど、反面、ファンも全員「新月」を名乗っているのだからと、もやもや。ただ、「竹光る」ではもうないような気がうすぼんやりとしてるけど、どおなのかなあ。んでもって、春ごろがいまは春ごろなのだが、北山セカンドはまだかな はーるよ来い。 3月8日 『せめて今宵は』を聴き終わると、アルバムが終わった・・・という余韻に浸る。でもでも、またすぐにレコードをひっくり返してまた新月をさいしょから聴きたい、『鬼』から聴きたい。一曲たりとも聞き逃したくない、「新月/新●月」は、そんなアルバムだ。永遠に永遠に繰り返し、繰り返し聴いていたい。まったくなんというアルバムなんだ。 3月7日 公式サイトがちんもくしてるのは、きっと水面下で動いているしょーこ。今年は音源も含めての動きになると公式サイトでアナウンスされてる門ね。すかす「新月の裏音源にはえぐいものがいろいろ残ってます」とも書かれてるが、世に出る事はあるんじゃろか。カセットがうんぬんとは書いてあるが。まあSerenadeの「ドッテテ」が世に出てしまった事もあったっけかで、世の中、何が起こるかわからんのぉ。ほっ、ほっ、ほっ。 3月6日 今日は、満月。 3月5日 明日は、満月。 3月4日 もうすぐ、満月。 3月3日 今日はひなまつりだけど、ぼやぼやした春の陽ざしでなく曇って寒いにゃ。んでもって、春は新月にはにあわないけど、わくわくして春を待っていた年がある。1980年と2006年。四月、春よ来いって待ち焦がれていた。 3月2日 エディの来日ファイナル公演があるそうなのだが、情報がつかめないのはなじぇ?えーん。 3月1日 3月のはじまりは寒くて雨だ。まだまだ春は遠いかな。んでも新月にはぼおっとしたあったかいうごかない陽だまりに風がほんわか流れるような春は合わないな。春には一瞬の嵐は吹くけど、そんな春のぼやぼやっとしたものは新月にはない、と、思う?よ。 2月28日 今日で2月が終わる。3月。マルスだ。 すでに36年前の記憶は断片的、だが一部強烈な映像として残っているが、ファンの方から提供して頂いたクリスマスパーティシルエレの写真で記憶を補足どころかそれを凌駕する画像を頂き、多少記憶違いはあるものの、当時の新月ライブのビジュアルが妄想の産物ではない事が証明された。 昨日観た能は本当にすばらしかった。 シテの鬼気迫る圧倒的な気品による張りつめた空気、それをまるで竹を縦に断ち切るかの如くぴりぴりと破る笛の音を一瞬の響かせたその後に、太鼓が、鏡のごとく磨き上げられた厚い一枚板を築いてその断ち切った空気を外へ逃さない。 最後の最後まで指先まで張りつめた空気が、見所の自分にも伝わってきた。 そう、たった4回しか観ていないのだが、新月オリジナルメンバー全員はそんな気品に満ちたステージを展開していた。このフレーズは新月さまが許さない、という圧倒的な不文律に従いストイックに高みに上り詰めていく。 これが、ころの、新月。心狭くてもいいや。新月はあの5人。 2月27日 文化財が破壊されてる。目を覆いたくなる。自分の身を切り刻まれるような映像だ。『赤い目の鏡』を聴く。なんかますます混乱してきた。 永遠の初心者ころには解説付きの企画は本当にうれしい。それも喜正さんの解説玄さんの実演でお二人の気品がありながらユーモアたっぷりのわかりやすくメリハリ効いた内容で本当に良かった。解説の講座だけずっとやっていてほしい感じ。 狂言は初めて観る曲と演者だったのだが、ダイナミックのひとことに尽きる。というかこういう感想を持つ事自体初めての経験だった。 「巴」は平家物語をモチーフにした木曽義仲の愛人女武者といて名を馳せた巴御前がシテ。先月お父様である人間国宝幽雪さんを亡くされたばかり片山九郎右衛門さんがシテを務めた。 小柄な九郎右衛門さんなのだが前シテの圧倒的な存在感、後シテ巴御前の静、動、悲、愛をめまぐるしく行き来しながら、決して失われないこの凛とした気品は、いったいなんなのだろう? 巴のほんのかすかな所作に、でも溢れるような思いが見所に伝わってくる。そうなんだよね、義仲に、お前は女だから武者姿を捨てて落ちのびろと言われても、こまるよね。武者だから戦場の義仲にずっと寄り添えたんだから、最期まで一緒に居たかったんだよね。この時代「女」だけの存在だったら、ただ家にいて祈り捧げるしかないんだもん。 今日は九郎右衛門さんの巴が切なくいとしい存在としていつまでも残った。 本当に良いものを、観た。 そういえば、ころ能楽のスターレスとか太陽と戦慄とか勝手に呼んでる「求塚」を九郎右衛門さんのシテで観た事がある。この「少女」も九郎右衛門さんが舞うと彼女が冒した罪は大きいけれどそれを補って余りあるほどの彼女の苦しみ悲しみが押し寄せてきて、胸が苦しいほどだった。 2月26日 じぇんじぇん関係ないが、ころちゃん昨年秋からとつじょ活け花を習い始めただ。すごい先生なのだがあくまで腰低く丁寧で優しい。そして、生徒が活け終わった作品を一人一人見てくださる。先生はかならず「これこれここが良いですね」とその作品ごとの良いところをほめてくださる。絶対だめとはおっしゃらない。その後「ここをこうするともっとよくなりますよ」と先生の魔法の手がはいると、わあっ、って、素人の活けた作品に命が吹き込まれる。先生、大好きだ。 かなり以前の話だが、水鏡メンバーがはなさまからのアドバイスをもらった時の言葉が「悪いところをどうにかしよう、切り捨てよう、ではなく、良いところをこれでもか、これでもかと良くしていくことです」だったというのをおもいだしただ。うんうん。 2月25日 そうなんだよね、日本プログレのバイブル?「ヒストリーオブジャップスプログレ」新月について誤りがあって、それがまた1980年代の赤い目の鏡、「新月/新●月」再発CDのたかみひろしさんがこれをそのまま引用されてて、まちがってたところを新月メンバー関係者に聞いて正しくヒストリーを書きたいと思ったのがきっかけだっけ。これには「初めての新月」を書きたいという事も同時にあったっけ。残念ながらころには初めての新月を書くスキルはなかった。今途中で止まってしまったが、新月ヒストリーなんとか再開のめどを立てねば。でないと、新月プロジェクトの動きに追い付けなくなっちゃう。 2月24日 ふと、今日はどんな日?と新月ニュースの最初の方を見てみた。2004年の今日は、はなさまがこぐまさんから全電通ホールとABC会館のコンサートの大量のモノクロ写真のベタ焼を受け取ったんだって。おもろ。ボックスセット制作の準備と「新●月:Shingetsu Live 25.26 july 1979. ABC Kaikan Hall Tokyo」リリースに向けてのうごきがかっぱつになっていたんだよね。 んでもって、10年経って2014年の年末、公式サイトでは今年2015年は音源リリースも含めての動きになるのでご期待下さいとアナウンスされてる。また、いまかっぱつに動いてるのかな。たよりがないのは動いているしるしだよね。 2月23日 新●月。ころが36年思い続けてる新月。新月、というのは「あの5人の新月」だ。この思いに今はブレはない。 でも新月は「場」。「新月/新●月」再発CDのライナーに書かれていたように、いつかあの「薄い被膜」を破る日が来る時まで広がり続ける新月という輪が広がり続ける道程を、見つめ続けていたい。 この思いにも、今はブレはない。 そうだ、新月セッションで、新月リーダーからファンのみなさんも全員新月ですとアナウンスされたっけ。だから、安心して良いんだよね。 2月22日 今日はねこの日♪ 2月21日 79年。この年にU・K、新月を観る事が出来た。U・K来日公演のちょうど半年後に、新月を観ることが出来た。 国内外で大変な事件が起こった年でもあった。最も衝撃だったのはスリーマイル島の原発事故だ。2011年、日本で起こった原発事故で殆どのミュージシャンが来日をキャンセルした中事故後わずか数か月なのに、U・Kは日本に来てくれた。来てくれた。 U・Kの名を聞きU・Kの大好きな音楽を思い出すと同時に新月の名が煌めいて新月の曲が流れだす。ころの中では密接に結びついてる。 2月20日 世界中で起こってる良くない事悲しい事。これ、やぎさんが災禍をまき散らしながら歩きまわってるせい?それともやぎさんがとどまってるせい?悪魔、のやぎさん。でもやぎさんて本当はだれ?何者? 2月19日 今日は、新月。 そういえば2014年発売の「新●月:Shingetsu Live 25.26 july 1979. ABC Kaikan Hall Tokyo」の帯にPOSEIDONがつけたのは「日本最強」だったが、後から最高峰の方が良かったと言ってもらったっけか。 2月18日 明日は、新月。 「遠い星で待つ君のために歌う」 うん。 2月17日 2005年の今頃は、2004年12月17日に行われたSNOWパーティで行われた新月メンバーによる演奏や文学バンドの演奏や「動物界之智嚢」「文学ノススメ」CD再発、ここでアナウンスされた新月再結成ライブやボックスセット制作中の報告やMETAGAIAアルバム制作の事でもういろいろ頭がるんるんでいっぱいでパンクしそうだったにゃ。 エディのボックスセットのプロモーション番組で番組最後に通販限定のもろもろほんとに欲しいんだけどうう。U・K完全再現ライブは行かれてないし欲しいけど、欲しいけどソロと合わせて、さ、三万円っ、ううっ。すかす、紹介されてた当時の雑誌の記事とかじつは切り抜き未だにホンモノを持ってるわけでそれはじまんかのー。 2月16日 しんげつ、新月、新●月。 2月15日 夜起きていられなかったので録画。録れてるかな、とどきどきしながら確認したら録れてる。あとでゆっくり観ようっと。えへ。 2月14日 わーい、エディのテレビ放映の事知らなかったので、情報すごく嬉しい!ありがとうございます! 2月13日 久しぶりに「新●月:Shingetsu Live 25.26 july 1979. ABC Kaikan Hall Tokyo」を朝からフルに聴いてごきげんなころ。外で歩きながらイヤホンで聴く習慣がないのでどしても聴ける時に聴くとになってしまふ。えへへ。 2月12日 めったやたらに2008年の北山バンドライブの事が思い浮かぶ。行ってないひとはライブレポートを読んでね。 2月11日 11。 2月10日 澄んだ夜空。『殺意への船出』番外編の『手段』を思い出した。早く聴きたいな。ライブでのキーボードのキャンバスの中呼び合う王女と星男の掛け合いの歌声の美しさベースの墨絵ギターの色彩パーカッションのアクセント。素晴らしいステージだったな。音源はどんな風にアレンジされてるんだろ。全くニュースがないが、ま、まさかこれも新月時間じゃないだろねっ。 2月9日 このあたりは朝から粉雪が降って来て積もってるんですけど。『白唇』だ。 2月8日 今朝は『朝の向こう側』じゃった。表裏一体という言葉が浮かんだりしち。 2月7日 朝からあたまの中にには『不意の旅立ち』がエンドレス。新月版尾道シリーズの一つだね! 2月6日 雨が凍って、朝のけしきは、れいたう、フリージア。 2月5日 まだ雨だけど『白唇』日和になるんかのぉ。結局このあたりは雪にはならかっただ。 2月4日 今朝再び人質事件のパイロット殺害のあまりの内容に言葉もなく世界中の人達と同じく悲しみと怒りを抑えきれない。神さまが魔物に負けてしまった地は魔物が人間をのっとってしまうのか。再び神さまは戻って戦わないの?そんな中、後藤さんの殺害された映像ではなく笑顔を広げよう、殺害されてしまった人ではなく勇気を持って弱い人達を救おうとした人だという事を語り継いでいこう、という言葉に涙が出てきた。ふと「新●月●全●史」の『せめて今宵は』の映像を思い出した。 『赤い目の鏡』のやぎさんはだれ?どこ?魔物なの?それとも敵の敵は味方だから、救い主なの?ちがうの? 今日は、満月。 2月3日 今日はたくさんの人が鬼って言う日だね、ぷぷ。 2月2日 『赤い目の鏡』。今はこの曲以外どうしようというのだろう。 2月1日 朝、人質事件のあまりに衝撃の映像に言葉もない。嘘であってほしい。今はただご冥福をお祈りします。 で、肝心のPhonogenixの演奏内容はどんなんだったんだろ? 八王子には新月セッション参加のギタリストメンバーが何人か駆けつけたそうな。残念ながら北さまは時間の関係で(ロクスノの修羅場?)で残念ながら不参加だったそうだが、北山作詞の曲含め新曲も二曲披露されたようで詳細セットリストはまたのちほどだそうな。 1月31日 沼袋、八王子ころは行かれないけど 行かれる人楽しんでねー。 1月30日 このあたりは雨じゃった。 1月29日 今夜ほんとに雪降るのかな。 1月28日 雪がちらちら『白唇』。 1月27日 『島へ帰ろう』の主人公はまだ島に着いてないのではないかと作者はなさまが書いてるけど、この曲聴いてると島を目指してはいるけど確かに未だに到着出来てない気がする。『赤い目の鏡』の主人公も『島へ帰ろう』の主人公も終わりのない旅をし続けてるのかな。 1月26日 『島へ帰ろう』だな、今日は。 1月25日 テレビで1月の歌舞伎座を観る。じぶんで観た三番叟。観たかったが観られなかった勧進帳。いやー染五郎ちゃんほんとにほんとにすごく良い。かんどーした。何年か前に高校時代の友人たちと集まった時染ちゃんの事をみんなが褒めてて、えー?と何年か前のイメージがあったので疑問を投げかけたら、みんなにぼこぼこにされただ。この時ほんとにこわかった「染五郎良くなったんだよ!」ときつく言われただ。この連中ははっきり言ってこわい。以降それほど機会はなかったが、なんどか観て良くなった感じしてたけど、うんうん、最近良いなと思った。観てない勧進帳観てほんとに良かったんだね。しょうじき吉右衛門さんが義経で染五郎ちゃんが弁慶って逆なのではと思ったが、染五郎ちゃんの若さと体力あるからこそ弁慶役が旬なのかも。いや良かった。 1月24日 いつぞやOrionで話題になっていた「ARP Odyssey」の話題を今日たまたまネットで再び見た。すごい事なんだね。 1月23日 今日はお地蔵さんの日。お地蔵さんは閻魔さまの化身。『赤い目の鏡』のやぎさんは、何の化身かな。 1月22日 なんだか新月の事を考えてたら涙が出てしまった。この暗くて冷たい雨のせいかな。 1月21日 『赤い目の鏡』と『鬼』が交互に頭の中に響いてる。 それからしみじみとじっくりと「新●月:Shingetsu Live 25.26 july 1979. ABC Kaikan Hall Tokyo」を聴く。 ころオフに参加してくれたひとたちは新月セッションの発起人さんと演奏でリスナーで参加してくれたみなさんだ。当時10代20代の最高の時期に最高の音楽新月を聴いてしまった自分たちが、たった一枚のアルバムを残して突然目の前からいなくなってしまった喪失感を、新月が再び活動を始めた事で、自分たちも再び新月を聴き演奏したい、といういわばファン側も「わすれものをとりにきた」エネルギーが、当時の少年少女の気持ちのまま炸裂したような気がする。 凄かった。 今日は、新月。 1月19日 明日は、新月。 1月18日 ころオフ。新月を好きで好きで好きで仕方ない人たちが来てくれる。だからいろんな意見が出る。新月を好きで好きで好きで好きだから。 新月アルバムの曲順について昨日流れでこの話題になったらみんな目がきらきら。時間気にせず飲み続ければえんえん語り合えるんだろけど、ころのせいですんまそん。ちと今日も時間なくて探せなかった。自分のサイトなのに、あうう。 北山ソロセカンドが今年ファンのもとに披露されるそうで嬉しい。すべての録音作業をまとめた桜井さんの地道で緻密な作業がいよいよ結実して世に出るんだね。新春、一番うれしいニュースだ♪ 1月17日 黙祷。 野菜ソムリエが居るという一次会のお店はなんとお通しがひらまさやらきびなごやらひらめやらつけもの茄子の和え物マカロニサラダの盛り合わせで410円!まるまるキャベツの酢味噌のサラダにしいたけ焼きアボガドのお刺身あんきも味噌炙りものの三種盛り合わせアンチョビポテトとなかなか美味しかったです。 二次会は昔からある天狗でこちらではもつ煮込みエイひれたまごやき海老のアヒージョぶりてりやきポテトフライキャベツサラダなどなど。ちょうど新●月アルバムの曲順をみんなで考え出してもりあがったところで時間切れになってしもた。 さまざまな事情で参加出来なかった皆さんすみません。最も具体的な話は結局山岳会の二次会三次会で来られなかった北さまからのファンのみなさんへのメッセージ、セカンドアルバムは春頃でます!やね。 1月16日 明日はころオフ。ころが行ってないプロジェクトライブに行った方、同じプロジェクトライブを観た方、新月、新月プロジェクトの話がたのしみ。北山バンドの音源の進捗はどうかな?似たような店にしてしまったのは、二時間で追い出されてしまうのと、仕事の人が何人かいるので、同時スタートではないので、おなかすかせて駆けつける人達の為に二部制にしただす。 1月15日 涙に染まるころオフ欠席届をもらってしまった、くすん。半年ぶりのころオフなのでじゃんねん。 1月14日 明日は小正月、別名「花正月」やね。あずき粥を食べなくちゃ。 なんで新月日記にねこの話がやたら出てくるんだ?と思う方は無視してください。 すでに以前からサイトを読んでくださってる方はご存知かと思うですが、はるちゃんページが始まりで新月ファンサイトになっただす。 初めてパソコン買ってしろうとのくせに当時はコマンドをいっこづつ打たないとISDNからネットにつなげなかったんだけど、単にコマンドを打ち間違ていただけの理由で毎日泣きながらパソコンと格闘し、やっとホームページの作り方のいろはを学んで最初に作ったのが、にゃんこはるちゃんたんちゃんのサイトで、ここに全く異質の「新月」のページを作った。 ただ、当時新月のライブを観たひとたちと連絡が取れればと思ったんだけど、まあ何度も書いてるように四年間誰からも連絡なかった。んでもそれがファンサイトになった。 はるちゃんたんちゃんサイトから電蓄電影懐古館になって新月ファンサイトになったのではるちゃんなくしてころサイトなかったんだよね。はるちゃんサイトがなかったら、新月ファンサイトは生まれなかったんだ。復活のずっと前から一緒に新月を聴いていたんだよね。 1月13日 年末からどう書けば良いのか悩んでいた1月31日の沼袋のライブの詳細を纏めて新●月掲示板に告知したので見てね。 1月12日 朝からあたまの中には『鬼』ががんがん。週末新月の話が出来るのが嬉しいからだね。 1月11日 1がみっつ。『白唇』や雪を連想する日。たんちゃんが荼毘にふされて富士山を超えていった日。新月とのふしぎな一致がこの日もたくさんあったっけ。なんかいま急に古径さんの竹取物語の富士山の絵が浮かんだ。富士山については書きたいこといっぱいあるけどまたあとで。 1月10日 17日のころオフの告知をしたので見てね。ポイントは野菜ソムリエの居る店♪ 1月9日 今日は何が何でも『殺意への船出PART2』なんだ。にゃんこのたんちゃんが船出した日で、1月11日の「お葬式」の日も新月とのいろんな数字が一致して最後まで不思議だった。考えてみたらにゃんこのはるちゃんたんちゃんはうちの子になった時からずっところと一緒に新月を聴いて育ったんだから、あたりまえかな。 1月7日 七草がゆ食べた?なんだか、囲炉裏の香りがする。 玉豊姫玉依姫のきれいなお姫さまたちの舞、間狂言のサザエやらアワビやらハマグリやらの貝たちがわらわら出て来て目出度さを祝う。間狂言のオモアイがなぜ萬斎ちゃんでないのかなと思っていたら、アイの解説よりも、貝たちの小謡がクライマックスでリードボーカルは萬斎ちゃんでないとね。 シテの海神を演じられた方はかなりの高齢の方のようで所作にはらはらしつつも品格がそれを圧倒して揚幕の向こうへ行かれるまでの空気の張りつめ方はまた違う意味でもすごかった。 終了後、年末年始のお楽しみのイベント「みんなで謡おう」は「高砂」で二回練習して最後みんなで大合唱でめでたいは楽しいわのお正月の能楽堂だった。 終演後、シテの面が何かを書いてある。初心者ころ、これがまた楽しみで、女面の前シテは増女、後ツレは美しさ愛らしさで万媚、小面だと思っていたがあたり。でも後シテの海神の面、ううなんだっけ?で、「悪尉」じゃった。ううっ。 小面のにこりともしない愛想のなさが少女の清浄さを表していてまさにこの世の者ではない天女の美しさ。不思議な世界だなあ。 1月5日 今日は、満月。綺麗だ。 1月4日 明日は、満月。 新年からまた新月を新たなに検索してくれてる人たちが増えて嬉しいなあ。理由はわかんないけど、どこかで新月の名がかたられてるのかな。 1月3日 二日三日は箱根駅伝を沿道でテレビで観戦応援。箱根が終わるとお正月が終わる。すかす、津高桜HAL組の母校青山圧倒的につよーい。んでもって他校に「たかはしなおや」選手がいてなんか気持ち的にカオスじゃった。 1月2日 しんげつ、と言葉にして声に出してみる。うん。 1月1日 新●年。 HOME 2003年の日記 2004年1〜6月 2004年7〜12月 2005年1〜6月 2005年7〜12月 2006年1〜6月 2006年7〜12月 2007年1〜6月 2007年7〜12月 2008年1〜6月 2008年6〜12月 2009年1〜6月 2009年7〜12月 2010年1〜6月 2010年7〜12月 2011年1〜6月 2011年7〜12月 2012年1〜6月 2012年7〜12月 2013年1〜6月 2013年7〜12月 2014年1〜6月 2014年7〜12月 |