日本のプログレッシブロックバンド新月について管理人ころんたがあれこれ勝手に綴っている日記です。

※転載の際は出典の明記をお願いいたします


12月31日
 25年目の新月がもうすぐ、終わる。終わるがまたすぐ、26年目の新月が始まる。
 「25年目の新月」を昨年の「24年目の新月」に続いて、書けた。
 重複するけれど、ライブCDが出た、それから、新月関連のCDが再発された、そして、一握りの運の良いファンの一人で申し訳ないが、わたしは新月メンバーの中の3人に会えた。
 本当に、本当に、最高の年だった。
 そして、皆さん、拙いわたしの日記を読んでくださり、ありがとうございます。来年も、わたしは、まだまだ、書き続けます。

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ひっく。缶ビール4本あと佐渡の酒「北雪」。あ、これじゃあ「偽泥酔日記」になってしまう。だって〜、ニュース以外にもお更新てこの日記しかねーのよ。ころんたが書かねいと、更新ストップなのよ〜。ひっく。ばらしてやる。パーティの写真の最後、津田さんも北山さんも花本さんも素敵な笑顔だけど、ころんたがカメラむけたらみんな顔がこわかったもんだから、メンバーのお友達のアピさんが「笑って!」と言って下さったから、あの笑顔なんだもんね。ふん。ひっく。あだまがぐらぐらしてきた。


12月30日
「光るさざなみ」。「光るさざなみ」を聞く。


12月29日
 今年も残すところ、後3日!昨年と違い、慢性的な時間不足で、サイトを思うように更新できなかったが、新月25年目、すごい年だった。そして、きっと、早くも年が明けないかなと、思っている人も多いのではないか?
 わたしもその一人。今は寒いけど、春になって、それから初夏を迎えるころ、BOXが発売になる。そして、ライブ。津田さんのソロも、北山さんのソロセカンドも発売になる。来年は、どんどん、新月。
 PS.北山さんの「SNOW時代」のPSに、打ち込み中に「変なインスト」の曲がどんどん出来てこれを「動物界之智嚢」パート2にあるけど、これも是非。


12月27日
 朝、正面に見える山が明るく浮き出て見えるのは、東から登った朝日が真正面から山々を照らしているためで、まるでスポットライトを浴びて山が眼前に出現するようだ。
 立ち枯れまではいかなくても、沈黙しているような色居合いの山々。

 でも、そこには、水が流れ、鹿やら、野うさぎやらの小動物、鳥や枯葉の下の虫やら土を構成する有機物やらが、活動しまたじっと次の活動まで息をひそめ、一見冬の寒さの中何もしていないように見えながら、命の営みを繰り返している。 夜は影にしか見えない山々も、生命の源をたっぷりと地下から吸い上げ堂々と輝いて出現する。

 朝日に照らされた、生命がぎっしりと詰まっている山。
 それを見ていたら、何か大きなものが、ずん、ずん、と湧き上がってくるのを感じた。



12月26日
 今日は、花本さんのお誕生日。これをサイト内で書くのは2度目でつまりは新月サイトが1年以上たったんだな。

(11月17日の日記のつづき)  北山さんが「SNOW時代」で、なぜレーベルを立ち上げたときに、本気でソロアルバムを作ろうとしなかったのか、タイムマシンがあったらなぜ回り道をするのかと、自分を叱咤できるのに、と書いておられたが、わたしは、世の中でおよそ回り道などはないと思っている。

 宇宙とか歴史は、才能のある人にはいくつもの道を用意しているのだと思う。それをひとつで終わらせないために。
 新月メンバーがそれぞれ、現在就いている職業は、凡人には到底歩めない道であり、解散後20数年、その道を歩んできたからこそ、デビュー25年目の再活動がある。

 もやもやのはけ口に作られた「文学バンド」と北山さんは書いておられるが、たとえ負であれ、表現が必要とするエネルギーが、吹きだし音となり語りとなったこのアルバムをわたしは面白いと思う。
 おそらく、文学バンドをわたしが面白いと感じるのは、花本さんが受け入れない「どろどろしたもの」、つまりは一連のアバンギャルドな作品を、わたしも北山さん同様、好んでたいたためだと思う。

 アバンギャルドな「文学バンド」と対照的な「光るさざなみ」の北山さんの世界。そしてそれはどちらも、北山さんなのだ。  それにしても、美しいものしか受け入れないはずの花本さんが、北山さんに気乗りしないままひっぱりこまれた「文学バンド」の中の「わが解体」では、北山さんと本当の意味での共作を成立させたという。
花本さんを動かした熱は、なんだったのだろう。

 当然、わたしが最初に、この「文学バンド」を聞いたときは、お二人がいれこんで作った作品、などということはまったく知らなかったわけだが、この曲には本当に感動した。  お二人の真の共作が成立したと言うこの作品は、花本さんがご自分には無縁のどろどろしたものを、受け入れはしなかったが、拒絶ではなく、北山さんと共に美しく昇華させたのだと思う。

 とはいえ、わたしが好きなのはあくまで「新月」なのだ。北山さんのレーベルの作品だから、花本さんがこれに参加しているから、とむやみになんでもかんでも手放しで、受け入れたりするつもりはない。それを踏まえて、本来はソロアルバムの飾り用に作られたという曲を集めた「「動物界之智嚢」の面白さは先日のパーティで、原本を見せていただいたが、原本同様古本の手触りのぬくもりの面白さであり、「文学バンド」は、先に述べたとおりの感想である。
 そして、これらもみな北山さんなので、北山さんのおっしゃる「回り道」は絶対、25年目の新月に必要だったのだと思う。

 わたしは、デビューから何年、という書き方はしてるが、解散して何年、という書き方はしてない。いつともしれない池袋の居酒屋で北山さんと花本さんが、実質解散宣言したなんて、わたしは知らない。そんなの、知らない。知らないよ。
 ただ、たった一枚のオリジナルアルバムが25年ずっと、わたしの中で続いていただけだ。
 だから新月は79年から今年で25年目なのだ。デビューから、25年たっただけだ。
 来年、ついにBOXが発売され、ライブが行われる。オリジナルアルバムをだしてから、次の活動に入るまで、単に、25年かかったというだけなのだ。

 24年目の新月はまずテキストで、25年目の新月はCD発売、関連CD再発、そしてライブではないが、パーティと言う形でメンバーの演奏を聴くことができ、一握りの運の良いファンがメンバーと直接触れ合うことができたりと、ついに現実に姿を現してきたという感である。

 伝説のバンド、ではなく、世紀を越えて活動するバンドとして。



12月25日
 「光るさざなみ」のアンケートはがきをわたしも書いた。しかし、わたしの字をご存知の方が何人かいらしゃると思うが、わたしはものすごく悪筆なのである。
 北山さんが書いておられる葉書の言葉をわたしも、たぶん、同じことを書いたと思うが、果たして北山さんが読むことが出来たかどうか・・・というほどひどいのである。 だから、なんだと言われても困るが、北山さんがわたしの葉書を読まれたとしたら、申し訳ないな・・と、思ったのである。


12月24日
 SNOWのパーティの最後の笑顔の写真。これを見て、すでに来年の新月に思いを馳せる。これを自分のクリスマス・プレゼントにしよう。


12月23日
 ものすごく、寒い。25年前もこんなに寒かったんだろうな。シルエレ。でも、そんな寒い中、シルエレに行って、新月のライブを聞いたんだ。そして、25年目の今年、北山さんや津田さんや花本さんと実際にお話する時が来るなんて、本当に不思議だ。
あの時会った小熊さんに再会して、時任さんも一緒だったと言われて、だんだん、自分の記憶違いかとも思いはじめてきたのだが・・。


12月22日
来年のライブの事考えるといまからわくわく。曲はどれ演るのかな。もちろん「鬼」「殺意」は絶対演ってほしいし、「不意」と「白唇」も絶対。早く来年にならないかな。
あ、すみません。レポートね、レポート。行ってない人が待ってるんだよね〜。年内あとまとまった時間取れる日は・・・大晦日くらいか。遊びに行ったりのみいってるんじゃねーよと、お怒りかもしれませんが、その、ころんたも人の子。とにかく待っててください〜。


12月21日
パーティの事を書いてくださったアストゥーリアスの大山さんが、ご自身のブログでころんたの事をとりあげて下さったので、ご挨拶に行ったら、お返事が、「あの腰の重い人たちが動き出すなんて奇跡のようです」との事。新月、再活動が25年ぶりになったのは、単に腰が重かったのか・・・。
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ムンクが描くみたいな、山と山のまんまん中、しろっぽい太陽が正面に見えた通勤途中の朝。山の中なのに、「光るさざなみ」が頭の中に流れる。
静かに静かにおおきくうねりながら始まりを歌うので、天の川が頭の中に流れてきても、夜を連想しない。次のわたし。数秒後かもしれない。あるいは、肉体がなくなってはるか気の遠くなるような時間の果てから、戻ってくるのかもしれない。
でも全部はじまりだから、朝、これから自分を放り投げる時、「光るさざなみ」が、当たり前みたいに、背中を押してくれる。


12月20日
今日は一日「まなたす」の花本さんのゆったりとしたキーボードが頭の中を流れる。もう3日たっちゃった。せつないな。と思って帰宅すると北山さんからのメール。わたしも嬉しいし、みんな喜ぶね。同時に花本さんからも皆さんへ御礼のメール。
花本さんの「ライブ」宣言に伴い、パーティの中で北山さんは演奏する人はいいけれど自分はどうしたらいいのか、以前と同じにしなければならないのか、新しい事を考えねばならないのか、と、プレッシャーを感じていますと(笑いながら)おっしゃっていたが、「SNOW時代」や、いただいたメールにあるように北山さんにとっての、「新月の看板」の重圧というものが伝わってきた。
で、身勝手でわがままな聞き手であるファンのわたしは、ロックを超えるためにロッククライミングへの道を進んだ?(Q&A参照)北山さんのその重圧を越えた先に、ライブで見せていただけるものへ、さらに期待をしてしまうのである。
そして、ソロセカンドの曲がどんどん出来ているとのこと。10分を超える大作タイトル曲「コールドスリープ」。新月ファンは、25年目から忙しくて仕方ない。
北山さんからのプレゼントは、やはり資料室だろう。少し待ってください。


12月19日
写真、最後で全員写ってる写真がすごく好き。笑顔が好き。テキストレポートはちょっと先になりそう。年内間にあうかな?とりあえず、写真だけ先にアップしてよかった。 そうそう、17日、別れ際に劇団インカ帝国の方に「ずっと新月を思っていてくれてありがとう」と言っていただいた。うれしかった。


12月18日
一夜明けて、本当にすごい体験をしたんだと実感。朝から、笑えて来る自分を抑えられない。
リハから見せていただいて、北山さん、花本さんの正面に一人だけ陣どって、わたし一人だけで一人占めという贅沢をして、歌い上げる「光るさざなみ」とおさえた「光るさざなみ」を二通り聞けて世界一幸せな新月ファンのわたし、を自分でかみしめ幸福反芻。

それから、さらに、花本さんに、皆さんの前で、言っていただいたわたしの「新月を熱く愛していることがにじみ出ている文章」が、文学バンドやBOX製作を動かす大きな力になったという言葉に、それだけでもういいやって、胸がいっぱいになった。

それに、北山さんや津田さんと実際にお話する機会が来るなんて、想像だにしなかった。もっといっぱいお話したかった〜。緊張してあまりしゃべれなかった。
北山さんからすごい資料をプレゼントしていただいので、これはいずれサイトにアップ。お楽しみに

以下レポートに書かないパーティ前後の番外編。
了解得ないで書いてるので、書かれた方で、消せっという方は連絡ください(ひどい)。

パーティ前。サイン会はイヤだという花本さんのために、先に花本さんだけがあらかじめCDにサインをすることになる。増田さんと二人で包装をむきむき。地道だ。 北山さんと増田さんが「ゴジラ」の音楽をキースエマーソンだったと話していた。 知らなかった。

小熊さんから、実はわたしへのメールは、サイトを見て、小熊さんのこと書いてあるから、北山さんか花本さんが先輩権限で「メール書けばいいじゃん」と命令?されて書いたものだそうな。どちらが言ったのか、チェックしないと怒られちゃう、と言ってたけど、書いちゃった。

同じポセイドンレーベルからCDを出している「水鏡」の阿南さんの隣に花本さん、ころんた、北山さん、津田さん、「水鏡」の神山さんというすごい円陣。
しかし、津田さん開口一番わたしに「すみません」。
つまり、デビット・クロスとのジョイントライブの原稿をいただく約束をして早や2ヶ月と10日、いきなり津田さんに謝られてしまったころんた。 しかし、ずうずうしく「お待ちしてます」と言ってしまった。 そのバチか、わたしは津田さんにサインを貰うのを忘れてしまった!!
津田さん花本さんに如月小春さんに似ていると言われて恐縮したが、北山さんにそれは死んじゃうと言われて、そ、そうかっ、気をつけねばっ。でも、人間いつか死ぬか。

花本さんは神山さんの「泥酔日記」、阿南さんの日記の「おべんとう日記」のファンなのだ(気になる人は水鏡のリンクへGOって勝手に宣伝していいのか)。
わたしも、花本さんから「泥酔日記」は面白い、と教えてもらってすっかり愛読書。それから、さらに、最近たちあがった写真入り阿南さんの「日記」のおべんとうはすごい。花本さんがわたしのおべんとう(このサイト内のどこかからリンクしてるんだよん)もすごいよと言ってくださったがそういえば、一番うけたのは「ピーマンの肉詰め」を作るつもりがバラバラになってしまったので「ピーマンの肉詰めない」と名づけたメニューだったっけ。って新月と関係ないじゃん。しかし、阿南さんにお弁当作りのコツをおそわる。コの字型にして、とにかく同時進行にする、というのがポイントらしい。料理も音楽も、リズムと流れかっ。

花本さんが阿南さんに「キーボード一人は辛いでしょ。ここでサポートが欲しいのに自分で弾かなきゃいけない〜」と言うのに「ボクはそれが楽しいです」の2人のキーボードプレイヤー同士の会話が興味深い。
神山さんは、当時高校生の頃「芝ABC」のライブがあったことを後で新聞で知ったそうだ。もし、ライブに行っていれば、貴重な証言が得られたのに〜って、自分自身も新月知ったのがライブ後だったため、悔しい思いをしたもんじゃった。
水鏡のライブも来年5月だそうで、新月BOXも順調に行けば5月で、その時新月もライブを演る(パーティに行かれた方、聞きましたよね!!)わけだ。「科学の夜」ネタ、(水鏡のCD聞いた人にはわかるかな、というネタ、ふふふ)CD化を意識せず受け狙いで作られたというこの曲に「受けたでしょう!」と北山さんが突っ込み花本さんが「意図はわかってますよ」とフォローしてたのが面白かった。

劇団インカ帝国の方たちが来られていて、皆さんにサイト見ていますと言われてビックリ。プロの作家の方もいらっしゃって、滝汗のころんた。
インカ帝国の方々の中では、ころんた=小熊説というのがあって、小熊さんがころんたと名乗り、新月サイトを運営されていたと思われていたと知り、さらにビックリ。
そういえば以前もよく男性説があり、ネットの世界なのでこれは却って好都合とも思っていたが、やっぱハンドルが「ころん太」に思えるためであろうと「ころんた子」とか「ころんた美」とか名乗ってみたりしたが、意味がないのでやめた。

そう、25年前のシルエレ後で、一緒に飲んだ方は文学バンドの中で声を出していた「会田みさお」さんだったそうだ!文学バンドの2人の方と飲んだのか。小熊さんは時任さんもいらしたと思っていたようだが、男性は小熊さんだけだった。でも、ほんとに懐かしかったなあ。

劇団インカ帝国の方たちに「花本君」とか「まこっちゃん」とか花本さんや北山さんが呼ばれてるのを聞いて、当時の時代を共有されていた皆さんたちがうらましかったなあ。飲みに誘っていただいたけど、田舎ゆえ、終電なくなってしまうので、無念だったけど、お店の前でお別れする。北山さんからご挨拶されて、恐縮してしまう。北山さんとお酒のみたかったな・・・。

小熊さんが紹介していたファンクラブ会報誌「月刊新月」。そういえばこのファンクラブ会報を掲載する「公式サイト」を作る予定だったはずとお聞きしたが、やっぱり仕事が忙しい、とのこと。でもいつか作って欲しいなあ。わたし自身も、ファンクラブに入ってなかったので、会報見たい。



12月17日
今日は・・あ、もう18日だけど、もう、とにかく感無量! 休みをとったものの、家に居ると寝込みそうだったので、意味無く朝から渋谷新宿池袋と歩き回り、無駄な体力を使ってしまったわたし。途中、緊張のあまり気分が悪くなり、途中で帰ろうかと思ったりして(帰るわけないけど)。
そして、本当に楽しいパーティだった。リハからの写真もいっぱい撮ったので、レポート書かねば!



12月16日
冬にしては妙に生暖かく、寒さがキライなわたしでも、冬が暖かいというのはなんとも気持ちが悪いものだ。
すでに11月頃から、夜、闇をぼやかして、明るくしすぎる、飾り立てたイルミネーションをあちこちで見たが、生暖かい空気の中で、にぶく光る電気の明かりはなんだかぼやぼやとして、まだ青いまま熟してないのに、枝からもがれて箱に詰められて、香りを放てないくだものみたいだ。

25年前の冬は、こんなに、暖かくなかったよ。
冬は、ぴん、と冷たい空気が清冽にはっているのが、いい。
12月になって、その寒さが目に沁みて、思わず目を細めたところへ、闇の中に浮かぶ、街のツリーに、飾られたイルミネーションの、色とりどりの光のかけらが砕けては飛び込んできて、金や銀のボールの縁へ走りながら輝く光の十字が、うるんで見えるのが、いい。

ぴん、とはった夜空に月。
「まるで凍りついた夢の結晶のように」。
真夏に生まれたアルバムだけど、新月はやはり闇と氷だ。だから、その中で光がいっそう輝く。

こんな寒さの中、BIG・BOXで14日の新月ライブを見て、わたしは吉祥寺シルバーエレファントのライブの日を待っていたんだね。ツリーのイルミネーションに目を潤ませて、オーナメントのちっちゃな帽子かぶってすました雪だるまに、たぶんちょっとだけ口の端でほほえんで。

わかってる、わかってる。明日は新月じゃない。
でも、鈴木さん、高橋さんはいないけど、そこに北山さん、津田さん、花本さんが揃う。
それを前哨戦と勝手に思うのは、ぜんぜん罪ではないでしょう?



12月13日
ニュースを読んで、明日14日北山さんと花本さんが17日のリハを行うという事から思い出した。25年前(こればっかり)の12月14日は高田馬場BIG・BOXで美狂乱とのジョイントコンサートが行われた日だ。ここでわたしは初めて新月のライブを見たのだった。
25年前の今日、新月ライブへどんな思いを馳せていたのかまでは覚えていない。当時も日記をつける習慣があれば良かったのになと、これは今、本当に残念に思う。
でも、初めて見る新月のライブへと、わくわく、心躍らせていたことには間違いないだろう。

断片的な記憶もすでにおぼろげな霞のようだ。
でも、そうだ、間違いなく25年前の明日、わたしは生で「鬼」を聞いたのだ。
この耳で、聞き、この目で、新月のライブを見た。

17日は新月ではないけれど、新月のライブでもないけれど、それでも、今、同じくらいわくわくと心躍らせている。
ライブCDを発売し、こうして新月関連のCDが再販され、そして・・・BOXへと動いている25年目の新月。
片手で17日までを数えられるようになって、わくわくが、やがてどきどきに変わってきた。

なお、79年のBIGBOXライブの詳細は、「LIVE&RECORDS」にマーキーの山アさんのレポートがあるのでこちらを読んでください。
体調、復活してきました(ゲンキン)。



12月12日
王子様そろそろ来てくださってもいい頃なのに・・・。
まだ、体調はいまいちだが、17日はすでに今週の金曜日! 体調回復すべく、「新●月live1979」で甘やかしてもらい、「動物界之智嚢」で不思議がり、「文学バンド」で喜ぶ。「わが解体」で気合入る。素晴らしい。そしてあの時代。いつから、明るくなければいけない、あるいは軽くないといけなくなったのか。いや、暗いのがいいとは言わないが・・。



12月10日
花本さんの、10日のニュース読んで、17日ぶっつけで演奏する予定だったと知っててビックリ。ま、まあそれはそれで、スリリングなパーティだったかも。
ところで後半部分は、ニュースに入れて掲載するかどうか、少し迷った。 直接新月の話題ではないので。
わたしはこの記事を未読なので、どのような内容でどの点が的を射ているのか、わからない。
だが、実際にアラブへ行って来られた花本さんの記事を、わずかではあるが、この日記内で4月に紹介している。その中で「現地の人は自衛隊を人道支援とは誰も思ってはいません。当たり前ですが。」 という部分があり、わたしは、アラブ諸国の現実を当然、メディアという媒体を通してしか知らないが、皮膚で感じて来られた花本さんの発言である。 今個々人で考えねばならない問題提起という点で、送られてきたまま「ニュース」に入れた。
新月は地球意識を歌っている。だとしたら、地球で起こっていることは、おしなべて新月的であると言えよう。


12月7日
日記をさぼってました。咳がとまりませんっ。皆さん、くれぐれも風邪には気をつけましょう。 ころんた、かなりきてます。

ところで、昨年の新月日記読んで判明したが、昨年ほぼ同日も、ころんたも風邪ひいてたけど、花本さんも体調崩していたようだ。そしてその中怒涛のテキスト更新が行われていたことがまるで体育会系のノリのようで新鮮な感じがする。
今日は少し早めに帰ってきたので、ちと余裕あり。10日ぶりくらいに聞いた新月つまみぐいして「赤い目〜殺意U」で元気になろうとする。体調悪いときはきっと、じぶんの足のつま先くらいしか見る気力がなくて、うなだれているのがわかる。せめて、この宇宙旅行の無限世界へ夢を馳せて、上を向こうと思う気持ちになったのが、きっと元気になりかけている証拠なのだろう。



12月1日
ついに12月。1年は早い。25年目の新月があと一ヶ月で終わる。なにしろ、1979年のライブが出た。そして、ここへ来て、BOXや北山さんのソロ、津田さんのソロに先駆けて、北山さんのレーベルSNOWからの作品がリリースされ、新月ではないにせよ、メンバーが集まり、北山さん企画でのリリース記念パーティまで開かれることになり、やはり、25年目の新月は動きが活発だ。


11月30日
発熱の街角。いや曲の話ではなくて。自業自得とはいえ、喉は腫れるわ頭はいたいわふしぶしはいたいわで、今日の仕事はつらかった〜(山谷ブルースのメロディで歌おう)。
17日の件で北山さんと花本さんからメール。一人はしゃいで煽りすぎた自分を反省。
でも、みんなきっと、頭では新月ではないとわかってるけど、パーティだって知ってるけど、なにか期待してしまう気持ちはあるのだろう。もちろん新月ではないけれど、メンバーがそこで演奏する姿を見たいのはみなおなじ。
「文学バンド」「動物界之智嚢」に新月の影をつい見てしまうのは仕方がなくて、以前、自分で書いたレポートを読み返してみると(しかしふざけた文章で恥ずかしい)、今聞いた印象がまた違うのは当たり前で、新月とは別のものなのだと今回はそう思ったのだが、そこに、新月メンバーがいる以上、北山さん主催?のパーティに同じ新月ファンが集うのを楽しみにしている人もいるに違いない。
と、思う一ファンのころんたなのだった。

ああそうだ、新月掲示板をはじめた時、ひとつだけ決めたことがある。新月以外のバンドの話はそれが好きなバンドであってもRESはつけない、という事だ。むろん、バンドの方がご自分のバンドをひっさげては、別だが、この間のU・Kなんか危なかった〜危なくのってしまうところだった。でも、そんな他のバンドの話をする掲示板はいくらでもあるし、新月以外にここでは話を広げたくない。、せっかく話を振っていただいても、申し訳ないが、それには絶対触れないことにしている。
新月の話題だけをする事が出来る掲示板は、ここしかないと思うので。



11月29日
風邪をひいていたのに泥酔して悪化してしまった(当たり前だ)。人間成長せねばならんのになんでこの酒を始めて30年余年(ん?)、同じことを繰り返してしまうのだろう。それはともかく・・・。
「動物界之智嚢」「文学バンド」もう聞きましたか?
特に「文学バンド」の方はかなり未聴の方が多かったのでは。『わが解体』ひさしぶりに聞いたが、まさに圧巻。「われはわれを解体す」の台詞の部分では震えがくる。ただ、「新月」と思って聞こうとした方はあれっと思われるのではないかとわたしは思うが、どうなのだろう。
わたしは当時のアングラ劇の世界、音楽・文学・あらゆる芸術を表現したいパワーのあかるい昼の光を避けた一種の暗黒面が集約された世界をこの曲に閉じ込めた、新月とは違う世界に感じた。
うああ会社行かなければっ。掲示板で17日の話は盛り上がっている。しかし、読むと行きたいけど行かれない、という声の方が多いのか・・・。
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「動物界之智嚢」北山さんご自身のライナーと曲の解説が嬉しい。エピソードにある「包帯事件」これは「花本さんの一筆箋」の中の「包帯のなぞ」の真相が語られている。このサイトを読んでいるとライナーもより楽しめるのである

わたしのこっぱずかしいアルバムレポートに、当時聞いた感想が載せてあるが、初めて聞いた皆さんはどう感じたのだろう。北山さんの、曲目解説を読んでから聞くのと、いきなり針を落とす(いやレコードではないのだからスタートボタンを押すだけか)のとでは、感じ方が違うかも知れない。
しかし、一曲目の「狂犬」の中でわたしには「めぇーめぇー」と聞こえていた部分をわたしは勝手に犬が自分の尻尾にじゃれついてふーふー言ってる声かとカンチガイしていたが、「逃げ惑う猫」だっんだ!(だいたい「狂犬」らしくないよね、そんな仕草は)。

それにしても、オマケは本当に嬉しい。北山さんの原点ともいえる曲「端境期」を聞いて、久しぶりに「フォークソング」という言葉を思い出した。
そして「光るさざなみ」の原曲?
「光るさざなみ」なのだけれど、すでに何度も聞いて泣かされた「光るさざなみ」とは違う、「光るさざなみ」同じタイトルだけど、ちょっと歌詞も似ているけれど、違う曲の「光るさざなみ」。
まったく!また泣くための曲が増えちゃった。



11月26日
ちょっと微熱で体力的に気合が入らずで「つづき」を書けずにすみません。 回復したら気合いれますっ。

新月ニュースにあった来月17日江古田フライングティーポットはころんた一人で騒いでいるかも〜。王子様もなーに?と書いてらっしゃるし〜。

だって、新月ではないけれど、目の前で北山さん、花本さんがちょこっとだけど演奏するんだよ!津田さんも間に合ったら演奏するんだよ!25年ぶり、いや、80年のラフォーレに行ってるから24年ぶりに、メンバーが演奏する姿を見られるんだもん!
わかる?わかるかっ!?(誰に向かって言ってるのだろう)。
実は今から緊張(なんでころんたが緊張するのだ)のあまり、気持ちが悪いのだ。17日までもつだろうか。
だいたい、ころんたは、ここ一番に弱い。ヨロコビのプレッシャーに押しつぶされてしまう体質なのか?

コドモの頃から、家族で出かける時に前の日から用意とか準備とかして楽しみにしていたのに、一人でネツ出して、家族旅行の写真に自分だけ写っていないとか、クリスマスには同じ敷地内に住んでた祖母やまだ学生だった叔父叔母も集まって母親の手料理でパーティやってて、弟と2人で前日まで、サンタや赤い長靴や、金の星や銀の星や、帽子かぶってリボンした雪だるまや銀のリボンをしたモールの赤いステッキやら、銀と緑のストライブに赤いリボンがかかった小さなプレゼントの形をしたオーナメントやきらきら光る金銀モールや、綿をちぎって葉っぱの上に被せたふわふわした雪の上に青や赤やオレンジや緑の豆電球がちか、ちかと光る、てっぺんにつける大きな星をどっちがつけるかケンカして勝ったどっちか飾った樅の木のツリーの脇で、父親がビング・クロスビーのジングル・ベルなんかかけてて、みんなで丸焼きのローストチキン食べたり、当時画期的だったアイスクリームのクリスマスケーキおいしーいね〜とか言いながらきゃっきゃ言ってるのを隣の部屋で、うんうんネツだして梅干つきのオカユすすってたりとか、20人から多いときは30人の親戚が集まるお正月に、ばたばた大晦日からばたばたと走り回る母親の手伝いも出来ずネツだして寝込み、全く戦力外で肝心の時に役にたたんと罵詈雑言浴びせられながらおせちも食えんでゾーニをすすり、成人式の日にはインフルエンザにかかって当日はネツはようやく下がったものの、パジャマに母親の毛糸のハンテンかなんかはおってウドンをすすっていたら、母親が帰宅して、「よその娘さんはみんな綺麗に振袖を着て歩いているのに、情けないっ。うちの娘は・・」と絶句したまま泣き伏すと言う、薄倖の少女時代(マヌケとも言う)を過ごしたのである。

今から、当日ネツを出したり不測の事態に陥らないように、な、なるべく別のことを考えよう・・・。

・・・だめだあっ・・・!ど、どうしよう・・・。気持ちが悪くなってきた・・・。まだ20日もあるのに・・・もつのだろうか・・・。自分で暗示にかけてどうするっ!?



11月24日
すみません、風邪ひきました。あたまと目ががんがんでです。文書けません・・・。
ところで、花本さんからの「新月ニュース」見ました?もう、ころんた、来月17日会社休みいれちゃったもんね。絶対行くためにっ!





11月22日
新月日記を止めてしまってすみません。

連休を利用して、以前からやりたかった、ファイルの整理をしました。皆さんがわかりにくくて見てもらえなかったビジュアル資料も「新月資料室」にまとめ、トップもすこしすっきり(花本さんは多少ご不満のようですが、もう動かさないもんね)、ころんたのアルバムレポートも、インデックスごとにリンクを張り、写真をクリックしてから戻ろうとすると、ページのトップに戻ってしまうのをちゃんと迷子にならないように直しました。
自分の方のコーナーも工事中を直したり、日記を追加したりとサイトも更新していました。

新月日記が滞ってしまったのにはもうひとつ理由があります。
実は、17日の日記を読んで下さった北山さんから「的を射ている」とメールをいただき、とにかく嬉しいのと、ひたすら恐縮しておりました。
これは、引用させていただいた部分を読んだとき、北山さんの言葉の魔法にかかったように、ああ、これが新月なんだと目の前の霞が晴れたような気がして書いたものです。
本当に嬉しいのと同時に、今まで、自分の日記なんだからと、さして「読んでくださっている方」のことなど考えずに書いてような気がします。

メンバーの方たちが読んでくださっているから襟を正す、のではなくて、たとえ、誰も読んでくださらなくても、言葉を発信する以上、きちんと「新月」と向き合って書くべきだと感じました。
と、いっても、ここは唯一のころんたコーナー、泥酔して書いちゃったりとか、別にスタイルは変える事はないでしょう!

「SNOW時代」の感想はまた改めて書きます!(うう仕事いかねば、結局昨日書く時間がなくなってしまった)。



11月17日
(つづき) ちょっと、というか、かなり横道にそれるが、北山さんの文の中で、わたしが勝手に新月を良く表していると思っているこの部分。
"花本はそういう「どろどろ したもの」とは無縁でした。このあたりが私と花本の決定的な 違いと言えるでしょう。私は今でも本気で酔っ払ったときはド アーズを聞いたりしますが、たぶん花本はメアリー・ホプキン を聞くのでしょう(そもそも本気で酔っ払わないか)"

津田さんは「本気で酔っ払う」方なんだろうか。どうなのだろうか。わたしは「本気で酔っ払わない」方のような気がする。

新月の楽曲は、きわめて高いクオリティでありながら難解ではない。だから、ちゃんとした音楽的なこともわからないわたしが、ここまでとことん、とことん新月が好きだと言える。新月を愛している。

北山さんが言われる、「本気で酔っ払わない」新月の世界は、愛のことなんか本当は歌ってないかもしれないけれど、その本当のメッセージは幾層もの厚いオブラートに包まれているから、安心して聞くことができる。

そして、本気で酔っ払わない新月が見せる世界は万人に優しく愛と慈悲に満ち溢れている。
難解ではない。誰にでも、誰にでも、優しい。
ゆえに・・・残酷である。

だから、そこに、ドアーズを聞く「本気で酔っ払った」北山さんが、そう、酔っ払って熱くなった手をさしだしてくれる。
わたしが聞く新月には本気で酔っ払う北山さんの手が必要なのだった。北山さんが書いてくださったこのエピソードに、納得してしまったころんた。

(横道にそれたまんまつづく)。



11月15日
昨年の今頃は「新月史」が送られてきて、胸ときめかせていたころ。それからいよいよ新月が動き出して、次はロックウェルだ!と期待が膨らんだ時点で新月史はぶつっと切れたまま、もうじき1年になる。
花本さん次第だが、昨日、SNOWレーベル作品発売記念特別寄稿として、花本さん経由で北山さんの文が送られてきた。
これはやはり「新月史」の「新月の終焉」の部分に掲載すべきなのだろうが、取り急ぎ皆さんがすぐ読めるようにとの花本さんの配慮(要するに「新月史」に入れるとなると、ころんたがアップにもたもたするだろうという深謀遠慮に違いない。なにせ手打ちなもんで。)でニュースに掲載した。

解散て、こんな悲しい終わり方だったんだ。5人のメンバーがミーティングして、では、これで解散しよう、という合意があっての解散、みたいなイメージを抱いていた。
「光るさざなみ」のアンケートはがきはもちろんわたしも書いて、当然他のアンケートを書いた方たち同様、再び北山さんの声を聞けて云々、という事をお送りしたと思う。
胸に迫るのは、”確実に居た熱狂的なファン”の声が届いていたら北山さんは音楽から離れなかったかもしれない、という部分だった。そして、”「新月」を発表した後の反応の鈍さ・・・”。いや、このパンクの嵐に席捲されていた時代、”少ないながらも確実に居た”わたしたちファンは新月を心から熱狂的に迎えたのだ、まだこの時代プログレを演っている、ではなくて新しい日本のプログレ、いや、新月と言うひとつの音楽ジャンルが誕生したのだと確信したのだ。しかし、それをどうやって新月に伝えたらよかったのだろう、どんなすべがあったのだろう(う、仕事いかなければ。つづく)。



11月11日
いやあ去年はまめに日記つけとる。それだけ時間の余裕があったってことだなあ。いいなあ、じぶん・・・。
通常メールの送信ができない。受信はできるが、不安定なので、まだこれ使う気にはならない。ログを手元に残したいので、花本さんの記事は止めていただいているので皆さんすみません。増田さんからの原稿は文字通り「ニュース」なので今使用しているメールにいただくこととした。
時間をこんなことの格闘に費やしてしまっている。
最近日常的なことまで新月日記に書いてしまっているのは、ころんたの「日記」を閉鎖してしまったせいで、つい、でも書きたくなっちゃうためで、いずれ、もうひとつ、新月以外に好きなものである「酒」ではなくて、「○○○」を一応はモチーフにしつつ日常生活をあまり垂れ流しにしない程度の「日記」をきちんとコンテンツとしてアップするまでちっとスペース貸してね・・・って誰に言っているのだろう?。しかし、やりたいことの10分の1も出来ない。わははは。笑ってしまおう。


11月9日
ふつかよいだった。当たり前か。仕事も忙しかった。わかりきったことをな〜にをやっとるか。
最近は昨年の今日は?で、昨年の日記を自分で読み返すのがお気に入り。感心にもまめに日記を書いてるが、昨年の今日のところを読んだがさっぱり意味がわからず。まるでじらしみたいなことを書いてるが、今となっては自分でもわからんので自分で自分に腹がたつ。いらつく。これ、たぶん、ふたまんがーっ等の原画だと思うが、やはり公開する記録というものは簡潔かつ明確でなければならん、と、反省。


11月8日
わ、わははは!いま、ちとというか、かなりトラブルなのだ!解決せんわい。もおいいや。フレックスでかなりはやく帰宅して格闘したのだが。あ、いや対人関係がどうのとかではなくて、パソコン上がちとね。もお面倒くさくなってビール4本目にいっちまったい。ひっく。もおおかしくなったらそんときだいっ。ひっく。
久しぶりに行った歌舞伎はねえ、面白かったよお。「箙の梅」はうるうるきちゃったし、「葛の葉」は前に福助さんが演ったのをみたけど、こちらも良かった。前半遊びがあって、でも悲しくて、切ない。「積恋雪関扉」。吉右衛門さんが人のいい関守からどんどん顔が変ってって大斧振り回すバケモノの如き悪漢への変化と、福助さん演じる可憐な桜の精が転じて憎しみのへんげとなっての争い(ころんた洋の東西問わずこういう展開好き)、ほんとに面白かったあ。4歳の片岡千太郎初舞台の仁左衛門、孝太郎3人揃っての「お祭り」は楽しかったしねえ。やっぱ可愛かったよお、4歳の千太郎さん。こんな小さなうちからこれだけの舞台に立っていくんだもんねえ。芸を培う年月てすごいね。
以前テレビで野村萬斎さんとお父さん、そして萬斎さんの息子さんの3代の芸の稽古のドキュメントを見たことがある。萬斎さんが息子さんへ伝える芸の厳しい修行に目をそらしたくなるシーンもあり、そして、でも萬斎さん自身が父であり師である万作さんに教えを請う永遠の修行。一子相伝の、と言葉で言うのは簡単だけれど、余人が入れない世界、を垣間見ることのできた番組だった。
6日の萬斎さんの、参加型?狂言。どんな」様子だったのかなあ。行った方、教えてね。
ひっく。いまねー、LIVE1979聞いてんの。「鬼」も「白唇」も「雨あがり」もみんななんか何度聞いても何度聞いたかわかんないけど、なんで感動できるんだろうね〜。なんで何百回かわかんないけどいっぱい聞いてる「鬼」にはいまだに聞くたび震えがくるんだろ。「殺意U」は笑えてきてそれから涙が出てくるんだろ。
あー、今日早く帰ったから明日仕事いっぱいあるんだ〜。ま、いいかあ。もお一本飲んじゃおおかなあああ。トラブル〜?明日考えればいいじゃん。へへ〜(それでいいのかよほんとに。


11月5日
ニュース読むと、改めて25年の歳月、を経た証拠に、今、北山さんはフリークライミング協会の理事中として韓国へ、花本さんは明日、福岡での野村萬斎さんの狂言祭の映像監督で、正直25年前から今もまったくといいほど人間的成長もなく、記憶も耳もとまったままのころんたの中ではなかなか、メンバーの新月からの転身が結びつかないでいた。
それが最近、やっとむすびつくようになったのだが、でもBOXの進行状況を読むと、やっぱりわたしの中では止まったままでいいのかもしれない、とも思う。
そう、言いながらも、新月ファンの中で明日の福岡の狂言祭に行かれる方もいらっしゃるのだろうと思うと、そんな報告もあったら嬉しいなと思っている自分もちゃんといる。
遠いので行かれないころんた、悔しいので?明日は歌舞伎座で歌舞伎見ちゃいます。


11月4日
部署内の男の子が誕生日だというのでみんなでぱちぱち。上司がいくつになった?と聞いたら「25歳です」。瞬間、ころんた含めて、数人思わず「いいなあああっ!」とうめくように言ってしまった。もちろんその若さに対しての羨望のうめきなのだが、そ、そうか、ちょっと間をおいて、79年生まれ、新月と同い年と気づいた。
25年なんてあっと言う間だと思っていたが、人一人が生れ落ちてから0歳から25歳までの、人生と同じ年月なのだ。よくモノの大きさ比較するのにタバコの箱を隣においてあるが、年月、となると25歳との人生比較では、その重さ長さ深さが並行して流れていたんだなと思うと一言では語れない(当たり前か)。


11月3日
今日は部署内でなぜか鬼太郎の話になる。「ボクぬりかべが一番好きですっ」男の子とが言うので「わたしは絶対一反木綿が一番好きっ!!」と主張すると、彼は頷き「一反木綿の素晴らしさはどんな時でも冷静さを失わずさりげなく鬼太郎が危機に陥ると、さっと慌てず騒がず鬼太郎の元へ無言でかけつけるあのキャパの広さがすばらしい」と解説。うんうんとお互い「一反木綿のような人になりたいね〜」と頷きあう。いやべつに、新月とは関係ないんですけどね。


11月2日
わたしは一体どうしちゃったんだろう?単純に全く時間がないだけの状態だったのだが、そんな時でも無理やりでも日記書いてたのに、モチベーションが全く低下してしまっていた。せっかく和田さんが書いてくれた掲示板のレスさえつける気力のない有様で、若いファンの方の書き込みもすごく嬉しいのに今日になってしまった。
今日ははっきり言ってパソコン休暇だっと、無理やり休みをとったものの、更新はあれこれ考えていたのに、全然関係ないことしてて夕方になっちゃった。

でも・・ポセイドンの増田さんから1ヶ月ぶりにニュースが来てて、俄然元気になる。そうか、これだっ。新月が動いていたり、話題になってたりがなかったせいだ。ってか、自分自身時間がなくて新月聞いてなかったじゃん。新月で揺さぶられなければ、新月の事を書けないのは、当たり前。

でも、時間ないといいながら、テレビは見た。無論、新聞も読んだ。モチベーションの低下は社会情勢もある。自然災害と人質事件。暗い話題ばかりだ。 新潟中越地震の被災者の方々の避難生活は人事ではなく、映像をみていてもくるしい。 唯一日本中が救いとした男児の救出劇が、一点の光だった。
しかし、人質事件では、今日も被害者の青年をまだ中傷するような週刊誌の見出しが出ていたが、もうやめてほしい。 確かに、この時期にイラク入りするというあまりに無謀な点に於いてのみ彼は間違っていた。しかし、人質となり現実に最悪の結果となった本人と、心痛察するに余りあるご家族への誹謗中傷は全く本質を見誤っており、恥ずかしい事だと思う。
事実はただひとつ、細田官房長官の発言どおり、日本人が「テロの犠牲者になった」のだ。 佐々淳行氏のコメントにあるように「テロリストの残虐な行為に激しい怒りを覚える」これしかないはずだ。許してならないのはテロなのだ。

大声で命乞いもせず、ただ静かに「すみませんでした」との言葉に彼の悔恨と思いのすべてが籠められていた。そして、最悪の結果になってなお、「みなさんにご迷惑をおかけした。イラクに平和を。」とコメントされたご家族、このご両親が育てた青年だったから、唯一、最後に止める人たちの静止を振り切ってしまったことを除けば、将来どれほど、社会の一員として貢献してくれる人物になった筈かと思いたい。 テレビの中で、コメンテイターの人たちが全体的にただこの青年の無謀さを自己責任と非難する空気の中、ディブ・スペクター氏だけが、前回の日本人人質事件の時に、彼はすでに日本におらず世界を旅していた。旅をしてる間はニュース等で見聞していても、その場での実感というのは乏しくなる。だから、危機感をさほど実感としていなかったのではないかというコメントが印象的だった。
このディブ・スペクター氏のコメントに4月17日付けの新月日記に、花本さんの許可を得て紹介した、花本さんがお仕事で行かれたレバノン滞在中の感想、「日常生活のなか、突然ミサイルが飛んでくる。それが危険というもの」という言葉を思い出した。
ただ、彼自身に実感がなくても、現地で最後まで行くな、というまさに危険を体感している方たちの制止を振り切ってしまった、これさえなければ、あのような事にはならなかったのに、それが残念で悔しくて、これが、この事件の結果を知ったわたしを含めた人たち共通の思いだろう。

花本さんがレバノンに行かれた4月から、中東・イラク情勢はさらに悪化している。世界にまだ戦火がある。いつになるのだろう。普通の旅人が、他国を旅して安全な日は。同じ地球人が、同じように音楽を聴いて、いいね、という日は。
わたしは、良く知られたシューベルトの「アヴェ・マリア」も素晴らしいと思うが、グノーの「アヴェ・マリア」が好きだ。キリスト教徒でなくても、アヴェ・マリアを歌った曲が好きな人はたくさんいる。そして、わたしがグノーのこの曲が好きなのは、なぜか道端の道祖神とか、お地蔵さんとか、そんな素朴な民間信仰を思い出し、胸がぽっとあたたかくなるから。宗教はあっていい。でも、壁と憎しみはいらない。
これを書きながら久しぶりに新月ライブ1979を聞いた。ちょうど「殺意への船出U」がかかっている。やっぱり涙が出てきてしまった。



10月28日
あ〜あ、一周年たったのに、しばらくまとまった時間がとれない。なんと昨年は優雅だったこと。トップからとあちこちアイコンからばらばらにリンクしているビジュアル写真をきちんと資料室としてコンテンツに加えたり、BBSの過去ログ集もちゃんと記録としてまとめたいし、新月ページのトップももう陳腐化してるし・・・と、やりたいことはいっぱいだ。来週になったらなんとか少しでも整理したいな。ここ数日、「島へ帰ろう」が流れている。わたしの大好きな「おろかな愛を繰り返し何も見えなくなる前に島へ帰ろう・・・」が部分がとくに。島へ帰ろうは原曲でもう一度、と以前Q&Aにあったけれど、是非聞いてみたいもの。


10月26日
今日で「新月コーナー」誕生1周年!!しかし、この日のために、休みをとっていたのだが、用事が出来てしまった。
今、去年の今日の日記読み返してみて、へー、そうだったんだと不思議な気持ち。
「科学の夜」が、この日、数ブロックに分かれて送られてきて、そして新月コーナーが一気にアップされたその日前後もしばらくは、まだまだ新月コーナーを読んでいたのは、花本さんとわたし、それにごく少数の親交のあった新月ファンの方たちほんの数名でわくわくしていたのだった。それから、徐々に新月で検索してくださった、今これを読んでる皆さんが来て下さるようになり、新月はついにデビュー25年後のライブアルバム発売を現実のものにし、それから昨日のニュースにあるように、BOXのための新録の曲が発表され・・・この1年振り返ると本当に感無量だ。

去年の今日のBBSのころんたの絵日記風過去ログで〜す。ちなみに、去年幼稚園児で今急に年寄りになったわけではありません(わかっとるわい!と、皆さん)。
「きょうのにっき / ころんた
今日ははこを作りました。
あとはのんびり、はなもとさんのげんこうをまつつもりでいました。きっとこんしゅうのおしまいくらいになるんだろうなーところんたはおもっていました。
きょうはいちにちぱそこんのまえにすわって、はこをつくりおわったら、おともだちのさいとにかきこみなんかしてのんびりあそんでいました。
すると、きゅうに、はなもとさんからげんこうがいっことどくでわありませんか。
ころんたはあせりました。
だって、ころんたひとりでよむにはあまりにももったいない、ないようだったからです。
あわてて、ころんたはげんこうをあっぷしました。
すこしあんしんしていると、またげんこうです。
こ、これはますますもったいないようでした。
もおこれは、いつまでもにげかくれしてないで、さいとをうぇぶじょうにとうろくしないと、だれにもみてもらえなくなってしまいます。
しんげつこうにんさいととなまえをつけて、ころんたはあわててとうろくしました。
ふぁいるもかきかえました。
すると、またはなもとさんからげんこうがとどくではありませんか。
なんと、いちどに「かがくのよる」はなもとさんのところが、かんせいしてしまいました、まる。
しんげつこうにんのはんこももらい、ころんたはうれしいです、まる。
No.4 - 2003/10/26(Sun) 17:55 」




10月25日
新月ファンの方たちの中にも、今回の新潟中越地震で被災された方もいらっしゃると思います。映像、報道から他人事ではない実感を味わいながら、わたしは、わずかな義援金を送付するしか出来ませんが、心よりお見舞いを申し上げると共に、亡くなられた方へのお悔やみを申し上げます。



10月24日
わはは!!30,000ヒットは王子様だああ!おっと、シンデレラはこーゆーおやぢの笑い方はしないって。



10月21日
やすみだったので朝4時半に起きた。今は、仕事へ行く日は何も出来ないので、やすみの日は寝坊すると勿体無いないのだ。そうだ。去年の今頃は毎朝このくらいの時間に起きて、このコーナーのハコ作ったりしてから、会社に行ったものだった。楽しかった。新月のことをやっている日々、本当に毎日、楽しかった。

もうすぐ、このコーナーが出来て一周年なのだ。自己嫌悪などという自虐プレイで遊んでる間はない。幸いここ数日仕事がめちゃくちゃ忙しくて落ち込みながらもおっこってるヒマはなく、落ち込んでいるのだが、どうやら今のバイオリズムがポジティブらしく、気分はネガティブではない。とはいえ、やっちまったことは取り返しがつかないが(うう平謝り、ここで止まるわけにはいかない。みんなが見に来ている。

今日は少しでもサイトの更新をいろいろしたかったが、結局雑事であっと云う間にすぎてしまった。しかし、ずっと、新月オリジナルから赤目から科学の夜から光るさざなみからライブ1979までを聞く。

そして改めて感じたことは、こんなに素晴らしいバンドのファンであることの幸せ、そして、25年前に解散してしまった新月が、花本さんからのニュースにあるように、未発表曲を再び、5人が、ちゃんとレコーディングして、それを来年発売になるであろうBOXで、当時からのファンも、後追いファンも、等しく、新月を同時代に聞くことができ、映像を(版権クリア、切望しますね)見ることが出来る幸せである。

間違いなく、新月は動いているのだ。
なにもあせったりする必要はない。ただ、待てばいいのだ。やだなあ、なんで涙出てくるのかなあ。年取ると涙腺弱くてなあ。だから昼間は茶をすすり、夜はビールで水分補給せんといかんわけなのだよ。

18日の日記はみっともないので消してしまおうかと思いましたが、自分への見せしめ(やっぱり自虐か)に残しておくことにします。もう、二度とこんなアホな中断はしません。
ここはあくまでファンサイト。ここを読みに来てくださる皆さんは、ちゃんとした音楽的なモノを知らんミーハーころんたの、一人BBSの一人レスを見に来てくださってるのかな?なーんて想像しています。たまには、新月への思いを気軽にBBSへ書きこんでください。新月が好き。それだけでいいですから。



10月18日
良く晴れた日。海のすぐそばで育ったので、こんな天気のいい日は、ちいさな波のひとつひとつが陽光を受けて表面を撫でる風に従い、動くにつれ海面いちめんに細かい光のカケラがきらきら砕けて表面を撫でてはさっと去りまた次の光のカケラがやってきて去っていく明るい綺麗な光景を良く知っている。 タケシくんが最後に見た光景もおんなじだったに違いない。それでもって、「空は青く光り、鳥が高く廻る」光景も良くわかる。で、タケシくんがすごーく身近に感じてしまった今日。
ころんたちょっと落ち込んでます。自己嫌悪といってもいいかも。情けない。 すみません、しばらく新月日記やすみます。



10月17日
朝はなぜか「鬼」のサビの部分があたまに鳴り響いて目が覚める。わたしのアタマの中はどうなってしまったのだあ。



10月16日
今日は、仕事中なぜかグノーのアヴェ・マリアと、ZEPのカシミールが交互にアタマの中を駆け巡っていた。脳ミソによる脈絡のないこの選曲。つ、ついにアルコールの作用により、脳細胞が市松模様になって駒をランダムに動かし始めたのであろうかっ(自分でも意味不明)。残業で疲れたので、帰ったらやっぱりライブの中の「赤い目の鏡〜殺意U」を聞いてしまう。落ち着く。

今日は、冴え冴えとした秋のぴんとした、なんの匂いもしない空気の匂いだけがする日だ。
すでに暗闇の、帰りのバスの中から見た光景は、散歩の途中の信号待ちの少女と柴犬。少女は信号機の下にかがみこんで、犬の背中をぽんぽんと撫でる。犬はうれしくなって、お座りをして、大好きなおねえちゃんの肩から顔へと鼻先をうずめる。
動くバス。こちらが信号で停車したので、この角度から犬の顔は見えなくなったけど、少女がぽんぽんと抱え込む犬と、巻き尾がくるくると嬉しそうに動くさまが、二人?は幸せに抱き合ってるみたいだ。
やがて、歩道の信号が青に変わって、少女が長い髪をなびかせて大股でひらひら走る後を犬がてってててっててと、綱に曳かれながら、歩いていった。
なんでこんな、新月と関係のない、アヴェ・マリアとカシミールくらい脈絡のない光景を、新月日記の方に書いたかというと、この時、10月にしては寒いこの夜そこだけあかるくくりぬかれたような2人?の姿にオリジナルアルバムのイラストが、なんとなく、浮かんだので。



10月15日
ふふ。ライブアルバムが出て、いよいよ昨年からちょっとづつ、計画のお話を聞いていたボックスの話がここまで具体的になると思うと、本当に嬉しい。==今日はアタマの中を一日中ジェネシスの「ミュージカル・ボックス」とU・Kの「デンジャー・マネー」が駆け巡っていた。早く帰って聞きたいっ。



10月14日
って、朝パソコンあけてビックリ。夕べはビールがぶがぶ飲んでしまってなんも覚えとらんのだ。ひえええ、花本さんから久々新月ニュースが来てたんだ。す、すごい、BOXの内容がこんなに具体的に!!HALとセレナーデのカップリング、3の豪華な事このうえもない。そして・・・4。
5人が揃って音を出す・・・。夢みたい。感動でなんだかうれしくなりすぎてぼー。夕べ感動しろよっ!何が「動いてますね」だ!
新月が納得するなら、たとえ4枚組みが6枚組みになろーとも10枚だろーが、3月発売が4月に伸びたって、みんな待つよね〜。発売が伸びるのはどうやら新月の体質らしいし。
王子様カキコ4連発で、パワー出し切ってしまったのですね〜。お疲れ様でした〜。でも、ほんとにいつも楽しみ!!だってだって、絶妙のタイミングでやって来てくださるんですもの。シンデレラ(誰がだ)うれしいっ。



10月13日
きゃああ、また王子様だあっ!!(^◇^)/ぎゃはは _(__)ノ彡☆ばんばん!!あ、あらいけないシンデレラったら、お里が知れちゃうわおほほほほ。 ロッカーの必須アイテムラッパズボンにジェラルミンのアタッシュケースにロンドンブーツ==わーい!わーい!!王子様すてきいいっ!!

今や「記事」としての新月コンテンツ足踏み状態ですが、ちっちゃなエピソードをちょっと語ってくださる裏「新月史」の語り部、花本さん言うところの新月結成のキーパーソン和田さんの証言、ホントに嬉しいですよね〜。しかし、そうかロックウェルでは酒飲めなかったのか、それはつらいなあ(実感)。
ころんたもまだまだやることいっぱいあるなあ。和田さんも写ってる写真新月史はじめちらしだの歌詞カード(まだほんとにこのサイトに来てて知らない人いるのかなあ)、それに花本さんのマンガ。これ今、この日記を読んでる人だけの特典にしてますが、いずれもっと増えたら、これらいろいろ資料をちゃんとコンテンツごとに整理しようと思ってます。花本さんのマンガだって、花本さんが新月からかけ離れてるから・・とおっしゃっているのでいまのような形ですが(でもそれはそれでグリコのおまけのようで楽しいでしょ?楽しいよね?)、ころんたはマンガをサブカルチャーとはぜんぜん思っておらず、これは新月のバックボーンのひとつであるので、いずれちゃんと整理してリンクします。でも・・・当分はここ読んでる人だけの特典のほうが楽しいね?==などと言ってる間にBOXニュース。動いてますね。



10月12日
王子様はどうされたのかしら。五右衛門風呂も、ベッドヘッドも、ハンググライダーもまだお城から届かないわ。待っていたらシンデレラ(誰がだ)お腹が空いて、馬車のかぼちゃ食べちゃったわ。
隣国の津田王子様も原稿すすんでいるかしら・・・。
ころんたもひとつ、更新しなければならないレポートがある。そう思いつつもう2ヵ月半。そうなの、聞いて、出たんだから書かなければならないんだけど、あんまり人が見てない頃ならともかく、これだけファンが見てるとなると、かなりびびっているわたくし。
==と、わーい。王子様だあ。



10月10日
「トレムダルは気ままに姿を消してしまうその男と、最後の握手を交わした。男はいつも人間の影に追いかけられていつも彼の前から逃げてしまう」なぜかこの一文が、昨日からアタマの中に浮かんできて仕方ない。これはシュルレアリスムのバイブル「マルドロールの歌」(ロートレアモン伯爵著)の第三の歌の中のエピソードのひとつである。

取り出して読み返す。 この文を読むと、必ず『砂金の渦』のメロディが浮かんでくるので、「科学の夜」を取り出して聞いた。
「マルドロールの歌」では、この後巨大な鷲に変身したマルドロールが「希望」と言う名のドラゴンと戦いドラゴンを殺してしまい、以後絶望の中で生きる(能ある鷹に変身しておけば他の道があったのにね〜、ぐにぐに)という展開である。

そのスペクタクルな描写・悪の権化マルドロールと、新月の『砂金の渦』の男とは当然全く性質は違うのだが、静かに「ねむり続けた部屋」の置き去りにされた男とどこか共通点があるように感じる。
それは、「孤独」に葬られた『砂金の渦』のすぎた男と「絶望」の中で生きる男マルドロールが、この曲のシュールな歌詞によってどこか本質的な部分で似通っていると感じさせられるせいかもしれない。『砂金の渦』の歌詞は、他の新月の歌詞とどこか異質だ。
===
え〜、写真で綴る新月史の中のラフォーレ原宿のライブの写真を壁紙にしようとしていたみなさん、なんだよこの写真フチがちゃんと切ってないじゃないかよもおおっ!汚いなあっ!とお怒りだったと思いますが、ほ、ほんとは前から気づいていて、早くキレイに切らなければと思いつつはや1年、今日キレイにフチ切りましたからね。お詫びに






10月9日
昨日の「新月初心者」の方(私の好きなマルコム・マクダウェルを通じて以前からのネット上での知り合いの方)のカキコを読んで思ったが、ライブの写真を見ると、確かに初めて新月を聞く方には、未収録の曲のコスチュームは、なんなのかわからないかも。
ご質問の「鞄」もよくよく考えるところんた勝手にライブ版未収録の『不意の旅立ち』のタケシくんの鞄だろうと思っていたが、知ったかぶりでお返事は書けないので、花本さんに確認すると間違いないとのことだった。

「ベンチ」は『雨上がりの昼下がり』の歌詞からわかるにしても、「モンスターマスク」は『少女は帰れない』の犯人かなと想像しないとわかんないか。
白黒だからわかりづらいが4段目のきらきらしたマントは『殺意への旅立ちU』での、金銀のマントで、わたし自身も、当時のフールズメイトの裏表紙に載っていたから知っていただけで、これは当然この日のライブを見た方しかわからないだろう。

しかし、鬼装束は見るにつけ不思議。振袖なんだよね〜。
衣裳としての美的バランスからかもしれないが、成人男性ではない中性的なイメージという点で、意図的に振袖にしたのだろうか。そして北山さん演じるその中性的な「わたし」から『鬼』という曲の謎がまた広がる気がする。

でも・・特に意味は追求しなくても、写真を見て、ライブはこんなだったんだなあとイメージして想像を広げるのも楽しい。



10月8日
日付見て、改めて1年経ったんだと実感、早い。今年も余すところ後2ヶ月と数十日、と書くと焦るでしょう?(ってなんでついイヤガラセをしてしまうのだろう)。
去年の今頃、花本さんからこんな項目はどうでしょう、と一気に(おもいつくまま)9項目も送られて来ていたのですが、花本さんご自身で整理されて今のコンテンツになったのです。
面白いから、今ないものでどんなのがあったかというのを勝手にちょっとだけ載せちゃえ(花本さん怒るかなあ)。
・「新月1stレコーディング日記」
・「新月とオカルティズム」
・「各メンバーのバックボーン」etc・・。
いずれにしろこれらが整理されて新月史や新月全曲目解説になったわけです。「オカルティズム」はフールズメイトに掲載された号の特集が「オカルティズム」だったし、このへん新月史にも触れられていますね。
しかし・・・早いなあ・・・。しみじみ・・。

でも、このこととは無関係だけど、花本さんひどいっ。新月が一番じゃなければやだっ。



10月6日
ライブアルバムが発売されて1ヶ月。皆さん、聞いてますか? 単純に、やっぱりすごい・・の一言しかないわたしです。
それから、BOXには未発表音源がどんな形で入るのか(「殺意」のTは?とか)、また、是非権利関係がクリアになり(ころんた勘違いですべてクリアになっていたと思っていました)、映像がBOXに入る事を祈るばかりです。おっと、じぶんが買ったのが9月6日だったので、そう思ってしまいましたが、発売9月5日でしたね。先日バス停で小学校2年生くらいの女の子が2人サンタさんに頼むものを決めたか、何を頼むかを今から真剣に話し合ってました。サンタさんが見える目に、鬼は見えるのでしょうか。それとも、鬼など存在しないのでしょうか。そんな時が誰にでもみんなあったんだなあと、ふと新鮮。



10月4日
ああ、今日は寒いわ。王子様はいついらっしゃるのかしら。



10月3日
1周年(勝手に決めた)が過ぎた。くどいようだが、のんびり、とまったり、は最初から懸念されていたことだけど、すさまじい速さでテキスト更新されていた走り出しの頃、やはり、新しい事を何か試そうという花本さんのモチベーション、勢いというものがそうさせていたのだろう。
そして、新月史はシルエレのライブ日と同じ昨年12月23日のアップで止まってしまっている。しかし現実にライブアルバムが発売され、次にBOXの発売日も3月24日に予定され、新月のメンバーの行動時間はテキストを書く事より、現業に費やされるように移行したと今は考えるべきだろう。

このサイトへ現在掲載されている読み物としてのメンバー・関係者のテキストと並行して、時折送られてくる「ニュース」は次なるアルバムという現実が立体感を持って存在している事を告げている。
この1年間、生き物みたいに変化を遂げてきたこのサイト。さてこれからどうなるかな? ちょっとしばらく、管理人ころんたのモチベーションが低くてこの日記さえさぼっていたけど、さて、まだまだ、ころんたは新月を聞き続けるよ。



10月2日
たぶん、もうおんなじことを何度も書いてると思うが、年寄りの脳みそは海馬が競走馬なみのスピードで去っていきおって、直近のことは全部忘れてしまうんじゃわい。
かろうじてギャロップでふみとどまってくれてる数頭が、なんとか、昔の記憶をとどめてくれてのぉ、それでもっておんなじことを何度も言ってしまうしまうわけじゃね。まあ、後追いファンの若い衆もいずれ行く道、大目に見ておくれ。あれ〜ころんた今日おひるごはん食べたっけ〜?

23/12/1979 吉祥寺シルバーエレファント
ころんたは記念日好き。花本さんから、忘れもしない10月2日、メールをいただいて早くも1年、この新月日記を始めたのは実際は小熊さんからメールをいただいた7月9日なのだが、このコーナーが計画され、始まったのは10月2日だと思う。大事なわたしの記念日だ。
会社から帰って、いつものようにメールを開けて・・その驚きぶりは1年前の今日の日記に書いてあるとおり。もう・・・もう1年たったんだなと思うと感慨深い。
そして実際に新月コーナーが「新月全曲目」の「科学の夜」が花本さんに送られてきてついにそれをアップしたのが10月26日、ここから新月サイトが走り出した。

しかし、そもそも、このコーナールーツである最初のページを作ることになったきっかけは・・というと、もちろん、当初の目的は、自分が見た、3つのライブの事を書いて、当時見た方から情報をいただけたらという理由だったが、やはり新月ファンクラブ会長小熊さんと一緒に、吉祥寺シルバーエレファントのライブの後、居酒屋さんへ行ったこと、が最大の原因だと思う。で、そもそも、なんで小熊さんと飲みに行くことが出来たのか?を辿ってみることにした。

あ、ころんたライブの模様を思い出したんだねっ、とぬか喜びをしているアナタには申し訳ないが、これもどこかに書いた以上のライブの様子はもうすでにおぼえてはおらんです。その期待を持って読もうとしている方には大きな裏切りになる毒にもクスリにもならない日記なので、よほど時間が余って仕方ない、という人以外は読まんように。

1979年の12月、アップアップしながらやっとの思いで卒論をどうにか提出し終わった後の12月14日、高田馬場BIGBOXでの新月と美狂乱のライブを見て、初めて新月をライブを体験し、チケット等入手経路は忘れてしまったが、新月ライブがまたクリスマスライブをやるということで、12月23日、初めて行く吉祥寺シルバーエレファント前で友人と待ち合わせをしていた。

しかし、待てどくらせど、友人は来ない。今のようにケータイなどない時代、ころんた友人のアパートに電話するべく公衆電話を探し、なれない吉祥寺の道をふらふらと迷いながら歩いていた。
当時、下宿に住んでいる学生の友人の大半は自分の各部屋に電話などなく、まだ「大家さんからの呼び出し」電話で、待ち合わせ等、相手が来なかった程度の場合は怖い大家さんに取り次いでもらうより、置いていくとかもう少し待とうとか、来るか来ないかを自分で判断して次の行動を考えるしかなかったが、同じ大学の短大を卒業して、すでに社会人だったリッチな彼女は自宅アパートに電話をつけていた。

電話に出た彼女はちょっとたじろいだような様子で急に行かれなくなったとしどろもどろな様子にころんたもうすぐわかった。はいはい、イブイブだもんね〜、しかし、わたしは自宅通学なんだからそっちから連絡してこいよ〜、とは口にせず、しかたない一人で見るか〜と、初めてのライブハウスでやや心細くも列に並んだ。

列の隣に立っていた、やはり一人で来ていた同じくらいの年の女のコが、一人ですか?と声をかけてくれた。
すごく感じの良いコだった。だったら一緒に見ましょう、という事になって、席に一緒に座った。新月ファンなんですか?というわたしの問いかけに、新月は聞いたことがないんだけど、大学の友人がファンクラブの会長で、新月ってすごくいいから一度見においでよと言われたので来たんですとのこと。へぇーファンクラブの会長さんのお友達なんだとおどろきつつ、ライブを見た。

高田馬場で演奏した曲は「鬼」以外残念ながら全く覚えていない。
そして、たぶんシルバーエレファントで初めて「殺意への船出」「不意の旅立ち」を聞いたのだと思う。「赤い目の鏡」は北山さんが津田さんのモノマネをして、出だしだけを歌っただけで、演奏されなかったと思うがどこかに違うように書いたっけ?

高田馬場では怖かった?北山さんが終始にこにこしていたこと、津田さんが椅子に座りながら弾くギターの音色の美しさ、間近で見た鈴木さんのベースの力強さ、高橋さんのドラムに目を瞠り、雲の上の人で雑誌で書いたものを読んだりした印象できっとコワイに違いないと思い込んでいた花本さんが意外にも、にこにこと温和で優しそうだったこと、キーボードサポートに入っていた津田さんの妹さんの裕子さんが美人だったこと、という完璧なミーハー的視点からの記憶しかないが、この時、かなりの未発表曲が演奏されたと思う。そして、とにかく楽しいライブだったのだ。

休憩を兼ねてケーキと紅茶かコーヒーが出て(これは記憶あいまい、ライブ終了後か?)、小熊さんが同じテーブルにつき、小熊さんは彼女に新月どうだったと聞いて、いいねという感想をもらっていた。

彼女がわたしを紹介してくれた。彼女と小熊さんはもう一人後から友達と合流する予定があることなどを話して、ここでなんと、良かったら、と、わたしもお茶に誘ってくださったのだった。

小熊さんは、じゃあメンバーにも声かけてみる、とわたしの腰が抜けるようなことをおっしゃり、テーブルから離れて行った。
内心、ひゃーと思いながら、その間、何を話していたか覚えてないが、彼女とずっと、多分同じ大学4年生同士の共通のことか、新月のことか、だったと思うがしゃべっていた。

戻ってきた小熊さんは「みんなどっかいっちゃってわかんないや。今、花本さんに聞いたら用事があるからダメだって」とおっしゃった。
わたしは、心から落胆しながらも内心ある意味ほっとしたような思いだった。
だってリーダーの花本さんだよ〜、わたし緊張しすぎて何口走るかわかんないし〜、ガッカリしたけど、来、来られなくてかえってよかったかも〜、と、乙女心はフクザツだった。

ライブが終わってから3人で外へ出た。鈴木さんが帰り支度をされていた。小熊さんがわたしたちから離れて、鈴木さんに声をかけていたが、「鈴木さんも用事があるって」という事で、これも本当に落胆したのだが、同じく、でも、花本さんと同じくフクザツにほっとした。

結局どうせならお酒を飲もうということになって、居酒屋さんへ行き、それから小熊さんのお友達の女のコが合流し、ビールとヤキトリで4人で飲んだ。もっぱら3人の共通話題をわたしが脇で聞き、合間に新月の話「まこっちゃんは銀行の人が持つアタッシュケースみたいの持ってる」なんてお話を聞かせてもらった。うれしかった。

わたしが小田原の人間という事で、新月ファンクラブは小田原の人が多いんですと言われるのに、当時小田原の新星堂はかなり店長さんがプログレファンだったらしく、かなりマイナーなアルバムが置かれており、新月もいっぱい売っていた、という話をしたら、だからなんだと、納得されていた。

そういえば小田原人にしかわかんない余談だが、今はなくなってしまったが「名曲堂」というレコード屋さんがあって、ここのお兄さんがプログレに詳しく、高校時代は良く遊びに行っていろいろ教えてもらったっけ。
そのうち新星堂が出来て、メジャーなプログレは「名曲堂」、マイナーなプログレは「新星堂」でと買い分けていた。

話をしながら、「ファンクラブ入りますよ〜」と調子の良いことを言いながら、確か連絡先をわたしはお聞きしたはずなのだが、吉祥寺駅で皆さんと、「ではまた」と別れて・・・と言いながら結局ファンクラブには入らずじまいで、当然、またとお化けは出ないのたとえどおり、そうこうするうち新月は解散してしまった。

20年たち、この事を書いたページをサイトに載せた。それからさらに4年たった去年、偶然それを目にした小熊さんからメールをいただいた事を書いたのがこの日記のはじまりである。
小熊さんは一緒に飲んだことをそういえばそんな記憶が・・とメールに書いてくださったが、多分、わたしの事は覚えていないと思う。わたしはぼーっとしているので、だいたい第一印象が大抵の人に、薄い。後から良く、そんな人いたっけ、と言われるほど第一印象は薄いのである。
なんどか会って、しゃべってから、もしかしてこいつへんなやつ、ところんた的キャラを認知されるわけだが、いまだかつて一度会った方から、あ、あの時の、とか言われたことはない。 まあ、その点ネットの世界は先にキャラが出てるので楽ですな。

こちらは、新月ファンクラブ会長さんと飲んだ、そしてメンバーとのニアミス?という強烈な印象ゆえに20年たっても忘れず、その事を断片的にせよ記憶していたわけだ。
歴史に「もし」はないのだが、でも、もし、ではここでメンバーの方とお茶なりお酒なり飲んでいたら、20年間思いを溜めて持ち付けていただろうか、あるいはファンクラブに入って、こまかな情報を得ていたとしたら、小熊さんのお友達が声をかけてくださらなかったら、いや、一人ではなかったら、小熊さんのお友達も声をかけてくださらなかったかもしれない。
まてよ、そもそも、なんで一人でライブを見ることになったかというと、友人がわたしをすっぽかしたからである。一人でライブを見たからこそ、こんな流れになったのだ。

この出来事がついには花本さんの手で新月コーナーを作らせたと言っても過言ではない。

と、ということは、もしかして新月コーナーを作らせた最大の功労者は、女の友情よりあっさり彼氏を取りわたしを寒風吹きすさぶ中平気で待ちぼうけをくらわせすっぽかすという鬼畜の振る舞いを当時の友人をそのようにさせた新月など全く知らないその彼氏ということなのかっ(これが落ちかよっ)。

歴史はあらかじめ、ト書きのないシナリオを用意している。
しかし、風が吹けば桶屋が儲かるのたとえどおり、歴史が動く原因というものは、全く当事者とは無関係な、おそらく永久に本人も知らぬ全くの第三者が作り上げていることを、このことが証明しているのである。

PS.そしてここだけの話なのだが、翌日イブの日は、学生仲間でパーティが企画されており、個人的には全くヒマだったころんた、そのパーティをすごく楽しみにしていたのだが、(考えてみればこれもさびしいやね、いまさらだがなんだか自分が少し可哀想になった。当日持病の腎臓結石で七転八倒あやうく救急車、という騒動になり、酒にいやしいころんたがこの日は酒も飲めず、悲しいイブだったことを付け加えておく。いやべつにこれはあえて書く必要もないんだが・・。



9月25日
先日からたまたま耳にしたショパンの「別れの曲」がアタマに残ってて、泣くに泣けないカタルシスが行えない状態のジレンマに、昨日うちに帰ってCD聞いたのだけど、涙出ず。 これはもう、「光るさざなみ」レベルだ〜早くうちに帰って「光るさざなみ」を聞いて泣かなくちゃ、と今日CDあわただしくセットして、聞く。 で、聞いていたらうれしくなって笑ってた。泣くレベルではなかったわけね。

通勤の帰りの駅のバス亭で、小さな兄妹を連れた若い可愛いお母さんが、兄妹が走ってくる車に近づきすぎて、ひやりとしたシーンで、引き寄せたちいさな妹のアタマを思わずぱちんとはたいてなりふりかまわず怒鳴っていた。「危ないでしょうっっ!」。
少女みたいに可愛かったお母さんの顔が、こわいこわい顔になってた。
お不動さんの顔だね。
どきどきして、胸締め付けれるほど心配で、必死で、守らなければならないから、全力で救わなければならないから、憤怒の形相になってしまう、不動明王の顔。
これは「 鬼」とは言われまい。



9月24日
つ、ついにプロモビデオ発見!!感涙、マスターなのか、ダビングされた「良質な画像」なのかは文面からだけではわかんないけど、ファンのみんなの願いが叶ったね ! 本当に感無量・・・。
しかし、このニュースには3つの要素が含まれている。

>「ボク、人生がむなしいんだ」と言ったタケシ少年に同感の日々だが
ど、どうしちゃったんですかっ花本さん!同感してはいけませんよっ。頼みますよほんとに!!「不意の旅立ち」は、柳川さんからいただいた資料によると、この曲は花本さんが1時体調を崩されて入院のため尾道に帰られていた時に作られた曲だそうで、「鬼」と同様花本さんの作詞作曲。
タケシくん自身に花本さんがどう投影されているのか、それは花本さんご自身でもわからないことかもしれませんが、冗談ではありませんよっ!なんだかわかんないけど、花本さんのマイナスのモノローグがまずひとつ。

>BOXに映像も入る可能性が出てきた
映像に関してはもう言うことなし!BBSでも皆さん新月映像を見たい、と切望の声が多く、それはわたしも同じ。BOXへ入る事をひたすら祈るのみです・・・おっと、などところんたらしからぬ後ろ向きな発言。プロモ映像はBOXに入るために自ら出てきたのに違いありませんね!!

>わーい。(といきなりフタまんが)
これはわかる人にわかりますね。この日記を読んでる人だけの特典「わーい」がどこへリンクしているか今ここを読んでる人にはわかるわけですね。
まあ、なんでリンクのロゴを「わーい」のぶたさんにしたかというとこれは、ぶたさんが○○コを踏んでしまったというころんたが一番好きなパターンだったからですが、ちなみにその1の中にひとつ、花本さんがご自分で好きなマンガが掲載されているそうですが、それはどれでしょうっ、てクイズかい。

で、このマンガのタイトルは実は「フタまんがーっ」というタイトルだったのです。かつて、このタイトルで「ぴあ」に連載されていたわけです。で、この日記からしか「フタまんがーっ」にはリンクしてないので、この日記を読んでる人にのみ、さらに新月ニュースのこの部分の真意がわかるという2重構造になっているわけですね。

という、3つの要素が含まれたニュースだったのですっ。
と、いうわけで、一見毒にもクスリにもならないころんたの新月日記、駄菓子菓子、この日記を読んでる方はこんな細かい事もわかるわけですね。だからなんだといわれても困りますが。



9月23日
うう、王子様は今日はいらしてない。ネタが多すぎて迷っていらっしゃるのに違いない。津田さん花本さん北山さんネタ。でもどれも早く読みたいな〜。


9月22日
今日は一日「不意の旅立ち」がアタマの中を駆け巡ってた。「新●月LIVE」アルバムには入らなかったが、大好きな大作で、早速「赤目」を出して聞いてしまった。
えと、読みに来てる皆さん、いろんなこと、やりたいことはいっぱいあって、書きたい事もいっぱいありますが、もう少し待ってくださいね。
「水鏡」の柳川さんからいただいた貴重な資料(まんま掲載するわけにはいきませんが)もありますので、いずれ出せる部分だけは、抜粋したり引用したりと、この日記の中で紹介していくつもりです。

和田さんのエッセイはカッコいいイントロでまずはキメ!これからいろいろなエピソードへとアドリブ決めて下さるみたいで楽しみ 。 しかし・・和田さんのかっこいい文見て思ったのだけれど、あんなふうにかっこよく書いてくださればいいが、ころんたも今週古い(なんたって幼稚園の頃からのだよ?)友人に会うが、古すぎる友人というのは「あんなこと」や「こんなこと」をすべて知ってる一歩間違うとバクハツしちゃう信管抜いてある手榴弾みたいなもんだなーとふと思った。あの話とあの話だけは絶対勘弁してくれよな、この・・・ってのあるよね??いやはや、恥ずかしい事みんな知られてるわけだよな・・・・って、あっ!!わたしも知ってるじゃん!!!



9月21日
和田さんのエッセイが連載されてる〜!!
映画のシーンみたい。今日、これで一日元気に過ごせまる。幸せに、きっと時々うふふと笑ってしまうに違いない。
===みんな今日一日頑張った?シアワセだった?今日なかなかにハードな一日だったけど、ころんたはシアワセに過ごせたよ。そして、このサイトの贅沢さに自分で酔ってしまった。
今ね、ころんた時間不足、パワー不足で思い切り新月について書けないのだが、どうだろう、ともにバンド仲間であり、友人である和田さんでしか書けない、この鮮やかな1979年の1シーン。
単なるファンのみならず、こうして友人の方が聞こうとする1979年の新月はどのように立ち上がってくるのだろう? そして、思うのは、「新月」のメンバーの方がいかに良い友という幸福な人間関係を築いていたかということ。そこにまた、わたしは新月というバンドの厚みを感じる。


9月19日
ううう、夕べも残業で帰ってきてビールぐばぐば飲んで楽しみにしていた「ポール・デルヴォー」見ようと思ってオープニングでわーいデルヴォーだと喜んだが、後は気づいたら真夜中でいつものように床に寝ていた。新春座談会を酔っ払ってぶっ壊したころんたに鬼の花本ならず優しい花本さんは「ちゃんとふとんで寝るように」と励ましの?メールを下さったが、しかし常に不思議なのだが、約1年前、なぜ、このころんたのような人物に、大事な原稿を託す気になったのか、今もってころんたの中では永遠の謎である。
===
なんでわかるんだろう・・。和田さんそろそろ、掲示板さびしいからカキコに来てくださらないかなあと思うと来て下さるくださるころんたの王子様。
いつもの和田さん節のリズムではなくてエッセイの書き出しみたい。見も知らないその光景が目に浮かぶ。タイトル「音は秒速何メータだっけ?」カッコいい!
和田さんと花本さんの出会いなしでは決して生まれることはなかった新月。和田さんがいらっしゃるからこそ在った新月だから、在ったバンドだから、解散しても再び活動はじまるんだもんね。
そうなの。今花本さんの「動き」がちょっとない為、こんな時こそころんた頑張らなければいけないのはわかってるのだけど、ころんたまで一緒になって停滞してしまって、せめて日記だけでも更新せねばアクセスしてくださってる方に申し訳ないと思ってるのだが・・というところにいつも和田さん来てくださるんだもん、嬉しい!


9月18日
ううう、皆さんすみません。ころんたはまた夕べ酔っ払って日記を書きました↓。文になっとらん、意味がわからん。
えと、つまり、花本さんのまんがと新月は直接関係ないので、管理人判断で、まんがの掲載は見合わせても結構ですと花本さんがおっしゃっていたのですが、そんなもったいないことをころんたがするわけありません。ただ、新月コンテンツに載せるのはちと違うかなと、この新月日記を読んでる方だけの特典、ということでこの中にリンク貼ったのはこの日記を読んでる皆さんご存知の通りです。

で、まんがが、新月と乖離しているとおっしゃってますが、わたしが感じたのは花本さん作詞の「赤い目の鏡」、このかわいそうな主人公のヤギの痛さへの、花本さん自身のまなざしの暖かさを、動物を主人公にした花本さんの作品にも感じるということです(え?やっぱり文が下手で全然わからん?。
まあいいか。みんなが楽しければ。まだまだほんとにいっぱいあるんです〜。すこしづつ出して行きますので(出し惜しみしてるわけではないですよお)、楽しみにしててくださいね。



9月17日
「その3」喜んでいただけてるようですね〜。 楽しいですよね、それにかわいい!!ころんた動物好き。

以前かなりのボリュームの原稿をいただいて贅沢にも一人でおもしろーい、かわいいー、へへへと読み耽っておりましたが、今花本さんからいただいた原稿を加工しながら(フチを切ったり・・という意味だよん)やっぱりこれもバックボーンのひとつだと思うのです。
花本さんご自身がマンガは新月から乖離しているのでボツでもかまいませんと、 とんでもない事をおっしゃっておられましたが、「赤い目の鏡」は津田さん作曲で花本さんが作詞という異色の曲ですが、花本さんの主人公のかわいそうなヤギへのまなざしが、まんがの作品にあると思うのです。 イナカのゴジラ・・とかね。
おっとすみません。この日記を読んでいる方だけの「特典」にころんたがあれこれ感想を言ってはいけませんね。



9月16日
さあ、持ってけ〜。




9月11日
え〜、人間には錯覚というものがあり、抜けたと思ってた仕事は全然ぬけておらずで、ううう、珍しくちょびっとだけ脳ミソ使ってしまい、ちとアタマの切り替えが出来ず日記書いてなかった。昨日から3連休だったのだが一気にどよーんと力なくして今日は珍しくひっくり返ってしまっていた。
ちょいと涼しくなり始めのころのほうが、夏バテがくるので、皆さん、この猛暑のりきったんだも〜んなどと安心してゆめゆめ油断しないように!(自分に言ってるわけね)。

が、掲示板の盛況ぶりがとても楽しい! みんなライブ1979聞いてほんとに嬉しいんだよね。

ころんたもさっき発売日以来ゆっくり聞いた。普段はミニコンポなのではんぶんBGMみたいな聞き方になってしまっているので、今日はちゃんといずまい正してステレオで(言い方間違ってる?)。
やはりいきなりの「鬼」に鳥肌たてつつ、写真見ながらわずかに自分が見たことのあるライブとのビジュアルを呼び起こそうとしてみたり、北山さんのお色直し大変だったろうななどと、なんだか違う聞き方をしてしまった。掲示板で映像のことが話題になっているせいかもしれない。 それからやっぱり「殺意」の宇宙旅行のパートではうれしくなって笑ってしまいながらやっぱり涙ぐんでしてしまったりと、忙しいことおびただしい。

うーん、映像かあ・・・。以前花本さんに確認させていただいたことを掲示板に書いたが、本当に見つかってほしい。わたしもそれをお聞きするまでは皆さん同様、豊富に映像があると勝手に信じていたのだから、いわば引導渡されてかなりショックだった。
当時新月週は5日は練習で1日ライブ、1日だけ休んで、また・・・という繰り返しだったそうで、メジャー以前は都内の方ならかなり新月のライブを見た方は多かったろう。 その頃の新月を知らずにほんと悔しいなあ。それだけのライブこなしていた新月だから、せめて8ミリ(ころんた全然関係ないけど16ミリビデオなら上映してもいいとかなんとかいう資格?なぜかもってる)でも撮影がされていたらと思うと残念だ。

唐突に新月ニュースに津田さんのお名前が出て驚かれた方も多いと思いますが、ころんた蛮勇というかずうずうしくもメールをお出ししてしまったところ、お返事をいただき、このような運びになったのです。いや、我ながらほんとにずーずーしい。でも、津田さん、本当に優しい方です・・・。 まだナイショだけど、津田さん執筆中のレポートをいただけることになったので、お楽しみに〜。楽しみでしょう??ふふふ、ころんたもすんごく楽しみ!!

最近花本さんの文章を全然読めなくなってさびしいですが、お仕事が相当お忙しいようです。また、野村萬斎さんのDVDセットを出されるようで、新月BOXと共に超多忙でらっしゃると思います。
でも・・・新月コーナーとにかく、先は長いです。ころんた自身も自分がばたばたして、早く掲示板にレスしたいのに〜、とか、書きたいことあるのに〜などと思う時もありますが、こんな時、新月コーナーのトップに掲げてある「だらっとのんびり歩いたり止まったりしながら」という、そもそもこの新月コーナーを始めたきっかけとなった花本さんのメールの一文を思い出して、スタートラインに立つようにしています。 なにひとつ、焦ることなどないですから。

昨年10月2日に花本さんにメールをいただいて、10月26日にコーナーが始まって・・・まだやっと1年。25年ぶりにアルバムが1枚出て・・・本当に始まったばかりです。



9月6日
え〜まだアタマの切り替えがちゃんと出来てない。 わたしは、なんだかlive1979の音より、サイト内のビジュアル資料の事を話題にしてしまったが、はからずも、やっぱりみんなダイヤのアイコンも、ロックウェルのアイコンも気づいていない人が多いと知った^^;。
面白いと思ったのになあ。でも気づいてくれなければ意味はない〜。ロックウェルスタジオ内のリンクに至っては、花本さんなんかいっそドアの取っ手だけにすれば〜とおっしゃっていたが、それでは完全にだーれも入っていかれんわい。
今日はやすみなので、やっとアルバムが店頭に並ぶのを見て、買うぞ。ここでやっと実感がわくはず。本当に新月が25年ぶりに蘇った実感が。
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ディスクユニオンプログレ館に行く。「新●月」どこにいるの?と中へ進むと・・・あった!!
正面向いた真ん中のディスプレイ用の棚の真ん中に、2列!2枚づつ。

多分、カツギをぱっと後ろへはらう直前のポーズだと思う鬼装束の北山さんの写真のジャケ「新●月」のアルバムが正面向いてディスプレイされている

嬉しくて笑いたいのをこらえつつ、他のCD物色しつつ、何度も何度も棚に並べられている新月を見てしまった。とはいえ、いつまでも見てるわけにはいかない。
懐かしい「エスペラント」と「美狂乱」も購入すべく手に取り、レジでアルバム予約してある旨告げ、やっと25年ぶりに、新月に、会えた。
店出るときも棚見てちょっとうれしい顔になってしまって(店の人へんなやつとおもったろーなー)階段あがりながら思わず笑ってしまう(かなりへんなやつ)。

なのに、道路へ出たら、うるうるしてきて困った。
出たんだ、本当に。ホントに出たんだ。新月のアルバムが。
今度は笑えてきちゃった。わははは(とことん不審者)。
しばらく新宿うろつきつつ、笑いたくなったりうるうるきたり。

うちへ帰って来てから、途端にきちゃった。ダメだあ、涙とまんない。
これ書きながら、ぼろぼろ。ぼろぼろだあ。

感動。感無量。どんな言葉で表現していいかわからない。
そうだね、これかな、「やっと会えたね」。
参ったな。この涙、いつ止まるのかな。ああ、嬉しい涙だから、とまんなくてもいいのか・・・。




9月5日
ぬ、ぬけた。とりあえずだけど、ぬけた〜。 なんでこの記念すべきアルバム発売直前にこんなに仕事が忙しかったのだあ。
もお、増田さんからいただいた記事ほとんど読みもせず機械的にアップしてしまっていた。今日の発売日、今頃、聞いてる人がたくさんいるね。



9月2日
今日ポセイドン増田さんからサンプル盤が届く。花本さんデザインのジャケは津田さんのおっしゃるように品格があり、見ていて感慨ひとしお。
よく見ると、な、なんかフォントの使い方一つでも細部に至るまで、さすが花本さんだあ。ああ、こういう部分がこのモノクロで構成されているジャケの、 品格をきめているのかと改めて納得する。
表ジャケの北山さんの写真についての感想は↓のとおり。

裏ジャケの、三面マルチスクリーンを使用したステージの奥深さを感じるこの写真は、 デビューにして頂点に上りつめた新月というバンドがまさに世に出た息を呑むこの瞬間、そしてこの瞬間から時を封印されたが如く荘厳な伝説を作りあげてしまった新月の歴史が、今わたしたちの前に封印を解かれてたち現れたと実感する。これは実際アルバムを聞きながら見て感じて、それぞれの感想を抱いていただきたい、凄い写真だ。

添付写真の、以前花本さんからのニュースで「北山さんがベンチを背負っての写真」傑作とおっしゃっていたが、その写真がうれしいのなんの。 音はすでに花本さんからいただいたマスタリングのコピーで聞いていたとはいえ、やはりアーティストのひとつの作品である「アルバム」に向き合わねば、聞いたことにはなるまい。

添付のたぶん花本さん手書きのPAセッテング図はころんたにはさっぱりわかんないけど、 実際演奏されている方たちにはたいへんな資料なんだろーな(無知ですみません)。

いただいたのは、あくまでサンプル盤なので、(ううう今仕事忙しくていなかもののころんた発売日当日には行かれそうもないが、だったら通販でいいじゃん!と思われるでしょうが、とにかく店頭に並ぶのをこの目で見なければいかんのじゃわい。年寄りはがんこなんじゃい。)、必ずディスクユニオンの店頭で自分で購入せねばまだ信じられん。

Special Thanksに「koronta」の文字があってビックリ!全然知りませんでした。ひええ、ハンドルとはいえ、こんな皆さんの中に名前を連ねてしまっていいんだろうか、でも凄く嬉しい、しみじみ・・嬉しいです。

PS.えーと、あの〜、帯の「史上最強の・・」のキャッチは新月がつけたのかどうかわかりませんが、なんかと戦ってるわけではないんだから・・と思うのはころんただけろか。



8月31日
まだ見てないからわかんないけど、花本さんがNEWSで遠慮がちに?不満をおっしゃっていたジャケットデザインの質に関しては、たぶん、しろーとのころんたが見てもわかんないだろうな〜。

だってポセイドンのCD販促用ページを見る限り、ジャケの小熊さんが撮った北山さんの写真最高だ。

被衣を掲げる角度、目線、引き締まった口元、着物の打ち合わせの張りが凛として潔くこれから日本のロック史上最高傑作「鬼」を演じるボーカリストの品位の高さ、美しさに見飽きない。

早くジャケット見たい。音だけではなくて、ジャケットまで新月の作品なんだもの。 LIVE1979はすみずみまで新月自身の新しい作品だ。

小久保さんを含むメンバー写真もCDに収められているのかな?それにしても、このABC会館の映像がないなんて・・・。
メンバー自身も自分たちのステージは見てないわけで(当たり前だ)、このABC会館のライブを見た人のレポートを是非読みたいものだ。



8月26日
増田さんからさらにメール。9月5日発売決定!!いやまだ、とにかくショップに行って、この目で見るまでは、油断できん。でも嬉しい!やっと正式発表だ。
これを糧に明日からしばらく頑張りましょうね皆さん!



8月25日
ひさびさにポセイドン増田さんからメールあり。
昨日フランス出荷したのは間違いないらしい。後は無事日本に着きますように。

トップページの1979の写真からも、いまいろんなとこにばらばらに張ってあるビジュアル資料へリンクしました。
そして、ひさびさ登場日記を読んでる人だけの特典で〜す。ころんたが一番すきなのはねえ、やっぱり〜ぷぷ。






8月24日
ライブは今日フランスを発ったんだよね、日本へ向けて。
な、なんか発ったはいいけど、もしかして間違えてサハラ砂漠便に乗っちまってるんじゃなかろうかとか、シベリア鉄道に乗っちまってるんじゃなかろうかとか、すでにもお、待ちすぎて気持ち悪くなってきてわけがわかなんなくなってるころんた。

「光るさざなみ」で思い出したけど、全然関係ないから掲示板にはかけなかったけど、「あかねさす」という名のお菓子が九州のおみやげであるそうな。やっぱ紫のおいもで作ってあるのかな。あ、新月と関係なくてごめんなさいごめんなさいごめんなさい。



8月23日
あれ、ころんた何でまた泣いてるのかな。新●月1979聞いてて、感きわまってしまって、ラスト「せめて今宵は」を聞いてて、きてしまった。
ここ数日送られてきたニュースでわかるようにBOX計画の具体的なお話と、マーキー社からの発売日内定に、BOXが現実になるのだという実感が出てきたせいだろう。
リアルタイムで新月をご存知の方にはわかっていただけるかも知れないが、華々しいデビューの後2ndを出せないまま解散してしまった新月の、ファン側のトラウマがいまようやく癒えるという思いなのかもしれない。
しかしまた、リアルタイムで新月を知ることの出来たころんたが後に偶然今世に出てるCDも買えて聞くことができたけど、後追いファンと言われる方たちが、いずれにも手に入らず悔しい思いをされていたことを考えると、これも贅沢なことに違いない。


8月22日
と、続々送られてくる花本さんからのニュースではすでにボックスの発売日も内定し、ついにBOXへの具体的な作業へ入るとの事!!
ニュース内でも、ファーストのリマスター盤以外で、BOXに入る候補の曲がいくつか挙げられていたけれど、それがどんどん選定されていくんだ。
1年前にお聞きしたBOX計画の話が、ついに具体的な形になっていくことに感動。 BOXだよ!


8月21日
と、早速ライブに行かれた方から報告が。感謝。
いいなあ。津田さんのギター聞きたかった。最初から津田さん参加されたのなら絶対行ったのだが、2部からとなると時間がよめず、無理に行っても津田さん演奏中に中座する失礼だけは絶対にしたくないので、無念だったが最初から行くのをあきらめていたのだった。
しかし、こうして津田さんがソロではないにせよ、ライブをされたということが、これから、書き込みににあったようにライブのこれから新月のライブの可能性もあるかも?これはみんなが煽ってくれて、メンバの気持ちを動かすもの。



8月18日
っていつ会えるのかな?と思っていたら、ようやくフランス出荷の日が決まったという事だ。うだる夏に初めて聞いた新月、すりこみでは新月の始まりは夏、なのだが、もしかしたら発売9月、秋になる可能性があるわけだ。 でも、待ち人来たらずだったが、ようやく必ず発売のめどがついたという事か。
今もLIVE1979を聞いている。早く、みんなにも素晴らしいと言ってほしい。
早く出て来い。

津田さんの言われる花本さんデザインの品格あるジャケット、写真を早くみたいな。 そして、アルバムを手にしたい、早く聞きたい。 確かにマスタリングCDはいただき、音は先に聞かせていただいたけど、発売になったアルバムを手にして、音を聞くまでの、どきどきの手順てあるよね?

今日は津田さんがデビッド・クロスとのライブの日だが、残念ながら時間的にころんた行かれず。
行った人が報告くれると嬉しい。



8月16日
「殺意への船出U」聞く。 この曲を聴きながら星空を眺めたら最高だろうな。いまのようなうだるような暑さの中、涼しげな星の世界の旅を体感させてくれる。かといってそれは単純な宇宙旅行ではない叙事詩であって抒情詩の世界。
おなじ事を何度わたしは語ったかなこの曲には。この曲を10代で作ってしまった花本彰ってすごい。いや10代だから出来たのか。10代の作品ゆえに不満があると言っておられたが、技術的な事は一切わかんないけどこのままのこの曲が好き。「遠い星で待つ君のために」 。遠くではない、同じ星に居たのに、みんななかなか会えなかったね、新月に。遠い星は実は同じ星だったねえ。早く会いたいね、25年ぶりの新月に。



8月15日
津田さんとデビッド・クロスのライブ?え?という事でお忙しい中の花本さんへお聞きしてみる。新月ニュースにあるとおり、花本さんから津田さんへ問い合わせていただき新月ニュースに書いていただいた。 。


8月14日
ライブの発売は遅れている。発売日自体がいったいいつだかわからない状況である。 新月にもわからない。

新月側では7月25日に向け締め切り日までマスタリング・デザイン共に完了し、発売に関わる実務的作業は完全に新月の手を離れている。
後は発売に向けて連絡待ちという状況である。
今惚れた相手にじらされて、でも待つ身でしかないファン(受身すぎるか)にはこの猛暑も加味され身も細る(ころんたはこの時期ビールと食欲増進あぶらっこいもので太るのだが)思いかもしれんが、新月自身もアルバムを受け取っていないし見てもいないというわけで、惚れた相手もまたじれているのである。
ウエノさんいうところの「百年の恋」が、じらしという形でさらに百年伸びたがごとくにこの言葉の意味がさらに具現化するとは思わなかったが、これもまた一興、必ず逢瀬がくるという確信の元の待ち合わせ、ゆえ、待つ身もたのし、というところか。

そして、ここを読んでくださってる方は充分経緯をご理解いただいていると確信しているが、別にライブアルバムは思い出のアルバムの発売ではない。
もともとBOX計画があり、その音源・資料を収集中、前回より質の良いライブ音源の発掘が発見され、発売の運びになったのである。

ここにわたしの思い、25年目の7月25日に新月に復活してほしいという思いが重なり、それが同日に行われたライブということもあり、花本さんにご無理を言って、今に至ったわけである。
結果、7月25日には発売に至らなかったが、前述のとおりライブアルバムは解散してしまったバンドの思い出のアルバムではない。
すでに新月は動いており、これから津田ソロ、北山ソロ、そしてなにより新月BOXへ向けて、今表面にこそ出ないが水面下でフルに動いている。
新月ライブは露祓いである。
新月2度目の始動、25年ぶりなので、ちと照れて出遅れているのだろう。



8月12日
アルバム発売日は実際、発売のめどがいつなのか不明のようです。でも、出ることは間違いないので、とにかく待つ以外になさそうです。日々、アクセスカウンターがいくつまわってるのか良くわかりませんが、皆さんが情報求めてきてくださってるのは間違いありませんね。新月ニュースにあるように、正しい発売日がわかり次第アップします。

じぶんが痛んでいたのは単にやすみたかっただけのようで、リハビリ進み、だいぶ回復。 昨日のYESカップ、なんで紅茶を入れる事を考えなかったのか謎。濃い目に入れた紅茶にジャムのロシアンティーにしてもう一度新●月。
そういえば、再販されていた「赤い目の鏡」はもう完売なのかな。
当然同じLIVEの音源なので、みんなまずはこちらで予習というところだろうか。
音質はやはりはるかに綺麗だが、聞き比べるとアルバムとして違うというのがよくわかる。
そうそう、花本さんより「LIVEアルバムはどうでしたか。」との質問あり。
もちろん「すごく良いです!」
これ以上の答えはありません。



8月11日
今日は王子様はいらしてない。

やすみになったので、7月25日以来ちゃんとステレオで「新●月1979」を聞く。
YOKO ONO の底にYES文字が刻まれたカップに水汲んで飲みながら(ほんとは色の濃いコーヒーがカッコいいんだけどコーヒー飲めないし、冷たい牛乳飲むとオナカこわすし、でもホットミルク飲みたくないし、昼間からビールってわけにいかないし、だから、水)。

取り乱しながら聞いていたあの日と違い、ほんとにライブに行った時みたいに、ただ嬉しくて笑えてくる自分がいた(わたしはなんでもライブに行くとへらへらと嬉しなって笑ってしまうのだ)。

何度聞いても震えのくる『鬼』。
そして花本さんのちょっと緊張したような「新月です」のMCに続いて始まる、実際のライブの曲順とは異なる『白唇』への流れは「新●月1979」というコンセプトアルバムの特徴をよく表していると思う。「果てない流れ 超えて君のもとへ 辿り着けたら なにもいらない・・」。
そのまま受け止めて聞いたら、うっとりするような愛の歌だ。しかし、君とはなんなのだろう。
わたしは『殺意への船出Part2』が好きで好きで、この曲に特にミクロからマクロへそしてマクロからミクロへの時空を超えた宇宙観を感じていのだけれど、こうして『鬼』から手渡された『白唇』、そして『朝の向こう側』に幾層もの宇宙、パラレルワールドの存在を感じる。

それから北山さんの世界である現実、なのに不意に現実をひょいと超えてしまうシュルレアリスムの世界を、わたしはマグリットの絵にたとえていたが、先日いただいた25年前の新聞記事に同じくマグリットの絵のようなという記事が書いててあってうれしかった。
そして、『赤い目の鏡〜殺意への船出PART2』で明確な多元宇宙へたたきこまれたあと、花本さんの曲目解説にあった、「幾重にも扉が閉まる」「大団円」を迎えるのだ。ロックでありジャズである鈴木さん、高橋さんのお二人のリズムは何も通さないプラチナみたいだ。

そして・・『せめて今宵は』オリジナルアルバムでもしめくくりの曲である。
この曲は締めくくりであり、そしてまた、始まりの曲だと思う。
この曲を最後に聞きたくて、最初からアルバムを聞いてしまう。
そしてこの曲が最後にあるから、また『鬼』を聞いてしまう。

あ、時間ぎれ、でかけなきゃ。
===
と帰ってきてみたら、王子様の長編がっ。



8月9日
夏が終わるせいか(?) 今、実はかなり弱って痛んでいるころんた。ころんたも人の子、季節柄痛みやすいナマモノなのよ。
でも、また「王子様」の書き込みだっ!!和田さん大好きっ。
北山さんも和田さんおとーさんだってぷぷっ。なんかおもしろいの。

花本さんの新月ニュースですでに発売日がいつかわからんようになってると知ったが、なんか、1枚のアルバム残して解散してしまった新月、復活する直前になって、おいそれとは登場しないとは、なんかそれも新月らしいか。
やっぱ旧暦の7月25日の9月9日とか、北山さんのお誕生日の9月8日とかどうかなこの際。

それはともかく、デビュー前はフールズメイトでしきりに編集長の北村さんが新月へ向けての素晴らしい文章を書いてくれてたけど、今また、あのような文章で、いや、叶うことなら北村さんの25年目の新月へ向けての文を読みたいな。



8月6日
なぜかころんたが暗くなったりすると書き込んでくださるひそかに『新月掲示板の白馬の王子様』とお呼びしている和田さんだっ!!
へへへ。すごく嬉しい。また来てね〜。

「殺意への船出Part2」聞く。
25年前のライブの音。
歳月による変化。これは聞き手である自分の肉体の衰えとか25年の間に培った経験や心のもちようとか、いろいろあるかもしれない。 でも、花本さんが10代の頃作られたというこの曲。何年経とうがゆるぎないものはゆるぎない輝きをもって何からも冒されることなく絶対という位置を保ち続けている。 この楽曲の持つ力は、25年たっても、肉体やその他経年変化した自分自身へしかし、やはり当時と全く変わらない感動を与えてくれる。 そして続く「せめて今宵は」へと静かに、静かに熱を帯びた感動を新月の名にふさわしく涼やかに鎮めてくれる。
発売は先に延びてしまったけど、必ず再び世に出るライブアルバム。 これをこれから聞くことが出来る事は実に幸せなことである。それにしても、自分でこの日記書いてて、勢いがないと思う。 早く聞きたいが、また、忙しさにかまけてほかの何も見ず、何も聞かずの今の状態を考えるとき、自分が非常に「薄い」と感じる。 自分が求める良いものを聞く耳を保つために、また新月以外の良いものをたくさん、たくさん蓄えて、少しでも厚い自分になってこのライブをとことん聞きたい、と、思う。



8月5日
旧暦の7月25日は新暦の9月9日らしい。だからなんだと言われても困るが。
今週はめいっぱい仕事が忙しく、いずれにしろゆっくりライブアルバムのこと考えるヒマなくて却って良かったかな。
皆さんより先行して聞いた花本さんにいただいたライブの感想をもっときちんとお伝えしたいのですが、いまちょいとその時間なしです。 いずれにしろいつ発売までは知りませんが、皆さんと待つ身は同じ。発売された「アルバム」を手にして聞いた時が、真に感想を述べられる時なのかもしれません。


8月4日
再びLIVE発売延期になってしまった。いつになるんだろー。延期ついでに、この際旧暦の7月25日ってのどおかなあ。旧暦だといつか?9月かな。えー、こんな時には「光るさざなみ」聞いて気を落ち着かせようっと。


8月1日
花本さんが計画中の「公式サイト」は秋くらいにはたちあげたいという事です。
以前お聞きしたイメージは本当に素敵なサイトです。後は花本さんの時間次第ですね〜。
「新月史」も一番読みたいところで止まっているし。



7月31日
1979年から数えて25年目の2004年7月25日19:05。
ころんた確かに新●月ライブ1979を聞きました。
しかし、CDをデッキにセットする前から滂沱の涙、すでに嗚咽もらす取り乱しよう。
これはアルバムに感動ではなくてこのアルバムを聞く自分に感動しちゃってるわけでお話になりません。
CDかけてる間中泣きとおしていてまともに聞いていたのかどうなのやら。
その上、ころんたの大好きな「殺意への船出」がまさにこれから始まる、まさにその途端不測の事態が生じ邪魔が入り、当時と同月同時刻での感動のライブ体験という計画は消化不良のまま不発に終りました。
もっとも、世界でこのCDを今この時に聞くと言う事が出来たのはころんたただ一人なので、神様の公平不公平のさじ加減が働いたのでありましょう。

皆さんより一足先に新●月LIVE1979を聞いたわたしなりの感想を書きます。

当日演奏が始まる20分以上前から客席に流されていたという、オリジナルアルバムにはない鐘の音が鳴り響き、「鬼」がはじまります。
日本のロック史上最高傑作と言われるこの曲を演じるプログレ史上最高峰のバンドが、アルバムと同時にライブでメジャーデビューをこれから果たすその瞬間のパワーと技術、そしてそこで繰り広げられているであろう北山さんのステージアクトへの想像(これはアルバムが発売になれば写真で見られるはず)をかきたてられ、まさにシアトリカルな新月の世界へいきなりと飲み込まれてしまいます。

当日オリジナルアルバム収録の曲はその通りの順序で行われていたライブですが、「不意の旅立ち」のカットに伴い、並べ替えられた曲順では、次に津田さんの作品である「白唇」「朝の向こう側」が2曲続きます。夢、である花本さんの「鬼」に続いての、夜から朝への津田さんの2つの曲を続けて聞くと、オリジナルアルバムで聞いた印象よりも津田さんの世界の不思議さ、ひいては新月の世界観が並び立っているように感じました。

そして、北山さんの昼間の世界、「発熱の街角」、「雨上がりの昼下がり」に、津田さん、花本さん、北山さんがそれぞれ朝昼夜を担っているように感じたのです。

オリジナルに収録されていない「少女は帰れない」。
歌詞、構成に関して個人的には新月とセクシュアルなものとの組み合わせに違和感を感じているので、「パパと一緒に」と同様好きではないのですが(ごめんなさい)、当時アンダーグラウンドな演劇の世界ではこういうストーリー展開が一部で流行っていたような気がします。

とはいえ、そんなことは別として、とにかく鈴木さんのベース、高橋さんのドラムスがめちゃくちゃカッコいいです。アップテンポの曲の面白さ、そしてここで行われている北山さんの小道具を駆使したステージアクトをやはり映像で見たいと願うのはわたしだけではないでしょう。

「科学の夜」これはライブハウスではなく、大きなステージで見ることができたらどれほどすばらしいだろうと思います。キーボードが走る勢いがどんなステージだったのだろうと想像力をかきたてられてしまいます。

「赤い目の鏡〜殺意への船出パートU」オリジナルに収録されていないこの2曲は本当に聞き飽きない曲です。シュルレアリスムの世界に迷い込んでしまったような童話の主人公のすこし甘くて物悲しい「赤い目の鏡」から、壮大な宇宙を描き出す大作「殺意への船出パートU」このメドレーがわたしは大好きです。花本さんの全曲目解説に書かれているようにオルガンの荘厳な音から始まるこの曲は、鈴木さんのベース、高橋さんのドラムス、花本さんのメロトロン、津田さんのギター、そして北山さんのまさにシアトリカルなボーカルの5人の魅力をたっぷりと堪能でき、これをクリアな音で聞くことができてわたしはほんとにほんとに言うことはありません。

そして、アルバムのしめくくりは、オリジナルアルバムと同様「せめて今宵は」。
オリジナルでも、ライブでも、この曲があるから、そしてこの曲がラストにくるから、終ることができて、そしてそしてまた、「鬼」への始まりがあるんだと納得ができるのでした。

聞き終わってから思ったことは、これは以前のライブそのままのオーディエンス録音をアルバムにした「赤い目の鏡」とは津田さんがおっしゃるように全く別物だということです。
そして曲順を並べ替えた事にも拠ると思うのですが、これは新月自身の手で新たに作られた「新●月LIVE1979」というまぎれもないコンセプトアルバムであると感じました。

さて、音質についてですが、「高音質」か「良質」か、などと言う事は結局はどうでも良かったです。確かにところどころ、あ、というような部分はありますが、すばらしいライブの再現を損ねるものではありません。

そして「赤い目の鏡」よりはるかにクリアな音であるのは間違いなく、それは津田さんご自身が専門的な事をBBSに書き込んでくださっているので音質についての記事はそちらを読んでください。

花本さん、北山さんのMCもほんのちょっぴり入り、拍手も入ってるほんとのライブアルバム。思い入れ、を排除して、もういちどきちんと聞いた上で、わたしはあらためてこのアルバムを聞いて感動しました。
また、25年前にこれほどすばらしいバンドが存在したという事実を再認識しました。 今こうして当時のライブが新月自身の手で世に出たことは、再燃ではなく全く新しいスタートだと思います。

さて、確かに一足先に音源は聞きましたが、わたしも皆さん同様アルバムは手にしておらず、発売日を心待ちにしております。花本さんデザインのジャケットも、ライブの写真も見たいです。

まだ1週間先の発売日をいまかいまかと指折り数えてヒートアップするか、オリジナルや赤い目の鏡、科学の夜のアルバムをじっくり聞いてクールダウンするか、それはみなさんそれぞれでしょうね。

ころんた性格的に前者かと思いきや、いまここにあるマスタリングコピーを先にいただいた時も、わーい先に聞いちゃえ!とはまったく思わず、とにかく25日をじっと待ちました。もっとも先に聞いてしまったら自分でつけた意味づけを自分で壊すことになりますからね。 必ず世にでることとなったライブアルバム、ほんとうにそれを楽しみに、またこれからの何日かを過ごせそうです。

それから・・・。
これ、花本さんにお伺いをたててるのですが、お返事来ないので勝手にしろ!ということだと勝手に解釈して書いてしまえ
確かに7月25日アルバム発売での復活は間に合わなかったのですが、そのバーチャルな復活の望みをはるかに超えた次元での新月復活のニュースです。

7月25日。
新月メンバー全員5人が、この日、一堂に会したそうです 。
さらにレコーディングディレクター森村寛さん、新月ファンクラブ会長小熊一実さんも参加されたそうです。

詳細はわかりませんが、ころんたたぶん今頃5人が集まって、このライブを皆さんで聞いているのだと想像してさらにわあわあ泣きながら25日CDを聞いていたのでした。

いずれは花本さんから何か報告があるかもしれません。
お仕事の都合が偶然ずれて、結果メンバーの方が全員この日に集まるはこびになったそうです。
25年目の7月25日に新月メンバーが全員揃った。
予想だにしなかった展開をお聞きして、ころんたの感慨はひとしおでした。
四半世紀を経て同月同日新月が復活するのは歴史がそうさせているのだと言うとまた花本さんフクザツな思いをされると思いますが、さて、歴史は単にト書きのない脚本をぱーっと広げて見せるだけ。そこには台詞さえ書かれていないはずなので、新月自身が描き出す今後の世界、未来をわたしたちファンにどんな形で見せてくれるのか。
そんな想像を広げてくれる新月に、わたしは新月ファンで本当に良かった、そう思うのです。



7月25日
昨日のアクセスの多さにびっくり。皆さん今日に何かを期待してアクセスしてくださったのかな。

とはいえ、また年寄りの述懐だが、25年前の夏の今頃はちょうど卒論の資料集めに走り回っていた頃だ。個人宅で所蔵していた資料と紙ベースの資料求めて、行った事もない田園風景の真ん中にあるお宅へ炎天下迷いながらおうがいした事を思い出す。

当時コンビ二なんてものもないので、紙ベースの資料を一日持ち出しすることは許されず、コピーをとるのに初めての場所をさまよい、結局コピーをとれずしょんぼり私が戻ってくると、奥様が「一日貸してあげればいいのにあなたは心が狭い!」ご主人を叱り付けて、資料の写真だけ撮らせていただき、冊子を借り受け、無事コピーを取って翌日お返しにあがってほっとしたっけ。

こんなうだるような暑さの頃、新月はデビューしたんだね。
どこかに書いたけど、卒論時の夏という印象深い時期と「新月」という名のもつ凛とした涼しげな響き、そして実際聞いたアルバムのいまさらいう必要のない衝撃。
それからあっという間に25年である。

約5分遅れて始まったライブ。わたしの行っていないライブが25年前に行われた時刻がだんだん迫ってきた。

実はここに、1枚のCD−Rがある。
ジャケットには、写真もなにもなく、Preview Onlyと書いてあり、製品番号には何も書かれず、ただプリントされた曲順と、訂正部分が手書きでされた「新月Live  新月」。 CD面には手書きで「新●月LIVE 1979」とだけ書かれている。

これは、万が一発売が間に合わなかったらこれを聞くようにと、花本さんがマスタリングのCDをコピーしてくださったものである。

25年目の今日の7時05分。

私はこのCDを聞く。

残念ながらアルバムの発売は延期になってしまったが、わたしが願っていたバーチャルな復活より、より高次の次元に 新月は在った。
いずれこれは花本さんご自身が書かれる。
だから、アルバムが間に合わなかったことは、たいした事ではない。そう思う。それよりも先に新月は、すでにもう、居た。

今夜はたぶん感きわまって何も書けないと思うので、聞いた後の感想はいずれアップします。
===
といいつつ、今書いています。これを聞ける幸せモノは関係者は別としてわたしと、あと飛び入りでうちの猫のはるちゃん13歳が参加しました。 わたしはPlayボタン 押す前から泣きとおしていて全く使い物になりませんでした。 それから高音質とか良質とか、どうでも良かったです。 ひとことで言えばクリアです。 オリジナルで存在しなかった、そして赤目ではかすかにしか聞こえなかった「鬼」の鐘の音がやみそして始まる。後は・・あ、また後できちんと書きます。やっぱり感動しすぎて取り乱して使い物になりません。



7月23日
津田さんがまた書いてくださった。掲示板に書いたわたしがしぶとく残念がっている点、また、花本さんがこちらで言っている音源に関することと音質に関することがやや異なっている2点についての訂正についてのフォローと和田さんの近況報告(和田さ〜ん)。
丁寧な書込みに感激。

確かにアルバムは間に合わなかったけど、新月が本当に再燃、そしてスタートを切るのだと実感して津田さんの文を読みながら笑えてくる自分が抑えられなかった。

それに・・ひとつ得ればひとつ失うけど、ひとつ失えばひとつ得る。

わたしがこだわっていたバーチャルな意味づけより、もっともっとすごい偶然が重なって、これは後から花本さんからニュースで伝えられる筈だけど、わたしは今の新月の「力」のすごさ不思議さを感じている。

3枚のCD(どれも全部ケースが割れて外れている。これをふまえて、これから保存用と2枚づつ買うことにしたもんね。)をまた繰り返し聞きながら、音、そしてジャケットも含めた表現物が世に出るまでに至るまでの過程をこうして伝えていただき、それをまた同じファンの方たちに伝えていく役割になったこと、しみじみ新月ファンで良かったと思う。
そしてこれはたまたまその世代に生まれた幸運だけど、リアルタイムで新月に出会えて、ほんとうに、良かったと思う(いや〜しかし可愛くはないがころんたも当時はまだ女子大生じゃったて。今は無残な有様。時は残酷よの)。



7月21日
あたまいて〜。 ビールの二日酔いはあたまかんかんくるのだ。なんで二日酔いかというと、がぶがぶ飲んだからだ。
なんでがぶがぶ飲んだかというと、会社の飲み会で、そのコップのぬるいビールを飲み干したら冷たいやつを飲もうと楽しみにしていたのに隣に座っていた上司がちょっと飲むとすぐビールを継ぎ足してしまうから、ころんた永遠にぬるいビールを飲み続けててどんだけ飲んだかわからなくなってしまったのだ。
いやそうではなくて、会社の飲み会にかこつけてヤケ酒である。

当然ここを読む前に皆さんは「新月ニュース」を読んでこられただろうから、すでにご承知のとおり、ライブ発売は7月25日には間に合わなかった。

増田さんからのメールより先に、ひるやすみにディスクユニオンプログレ館にアクセスしてみたら、「衝撃の音源発掘」のキャッチと共に、発売日が7月25日とあったのであれと思って問い合わせてみたところ、延期になったとのこと。
7月25日発売でなければ個人的にはなんの意味も無いので、もうあとはいつ発売でも同じである(予約はしたけど〜)。

翡翠くん、だから、24日に上京してその足でプログレ館に行ってもライブアルバムはありません。
唐突に日記の中で指名されて、驚く本人。あ、いけない、つい若者に八つ当たりをしてしまった。でも驚くだろうな、わはは。年寄りは根性も曲がってくる。

いやしかし、新月に関しては、いままでまったく思い通りに順調に進んできていたが、ここへ来て、一人相撲の一人負けである。

だが、新月が25年前の7月25日にデビューし、ライブを行い、その日の音源が新月の手蘇る。いずれにせよ、もうとっくに新月は再び動き始めていたんだし、25、26日のライブ盤からスタートを切るのは間違いない。早い立ち直り。

これから新月関連で、SNOWレーベルの「文学バンド」「動物界之智嚢」、津田さんのソロ「METAGIA」、「新月BOX」、「北山ソロ2」、そして花本さんが【新曲】を作ってくださると約束したニューアルバムも?続々リリースされる予定なので、もう仕方ないことにぐずぐず言ってるヒマはないっ。
レポートにも書いたが、「文学バンド」はロックというより演劇に近いが(わたしのような世代には実に懐かしいアングラの香り)、花本さん参加のラストの曲「わが解体」はプログレ色が濃く圧巻である。
「動物界之智嚢」は北山さんがたった一人でさまざまな楽器を演奏されている。これもラストの「まなたす」には花本さんが参加されていて、花本さんのキーボードが入ると新月になってしまうのが不思議。
あ、正確に言えば「動物界之智嚢」も北山さんのソロだから、まずは先行して北山ソロ発売だ。ライブ発売とどっちが早いんだろ?

そして・・・ライブアルバムに関して、何がなんでも7月25日という、わたしという一ファンのたった一人の無茶な思い入れのために、花本さんはじめ奔走してくださった方々に感謝です。(花本さんなんかリハビリ必要なくらい、ずたぼろになっちゃったもんね。
増田さんも現在フランス側のスケジュールを組み直し交渉中で日本着の予定確認中だそうだ。ディスクユニオンでは8月に延期と言っていたが、いずれまた、発売日は増田さんから発表があるでしょう。
お楽しみに。



7月19日
ライブやボックス北山ソロにそれからSNOW。いいね。いろんな事が動いてくるね。花本さんからのNEWS読んで、時代の流れに押し流されない姿勢ってあらためてすごいな。
ロックを超えるためにロッククライミングの世界へ、なんて事をQ&Aで北山さんは言っておられたが、写真で拝見したことがある北山さんの、ご自分の足でしっかりと岩を踏みしめて登っておられるお姿に、ご自分の意志を貫くというゆるぎないものを感じた。
ころんたのアルバムレポートにわたしの汗顔ものの「動物界之智嚢」「文学バンド」の紹介をしている。

少なくともわたしは、この2つの音源の紹介を他のサイトではみたことないし、恥ずかしいがわたしが持っているだけの新月関係者の音源はここで紹介するべきだと思い、載せている。
今回、この2つの音源が一般の方に入手できるようになり、とても嬉しい。
そして、聞いた方が、どんな感想を抱かれるのかも楽しみだ。(あんまりわたしみたいな聞き方はしないかも(^^ゞ) 掲載してる写真を見ていただくと、「文学バンド」の方にはっきり雪うさぎのマークが見える。かわいい。



7月18日
なにをしていたのか花本さんに問い合わせてみました。
「き、記憶がありません。多分スタジオJで練習を繰り返していたのだと思います。」
だそうです。


7月17日
え〜ライブCDが間に合うかどうかは別として(増田さんがフランスに問い合わせてくださるそうだが、なんかこわいな)、あともう1週間ほどで7月25日。新月がアルバム・メジャーライブデビューした日が近づいてきた。
わくわくしている。
アルバム・芝ABCのライブをあとわずかに控えていた25年前の今頃を、メンバーや関係者、メジャー前から新月のライブを聞きに行っていたファンはどんな思いで過ごしていたのだろう。

残念ながらわたしはアルバム発売後に新月を知ったので、デビュー前のわくわくを体験できなかったけど、25年経ってから、今度は7月25日を待てる身になれるのは幸せだ。

『花本さんの一筆箋』にジェネシスのマネージャーやムーンダンサーや美狂乱のメンバーがライブに来ていたことを後から知った、知っていたらあがって大変だったかも、とあるが、ライブへの調整へ向けてばたばたしていたんだろう。

今「赤い目の鏡」を聞きながら、もうじきこのライブが新月自身の手で蘇ると思うと感無量。

しかし、ここだけの話だけど、ポセイドン側でしきりに「高音質」を前面に出しているのに対し、花本さんがそれをきっぱりと否定しているのがすごく面白い。

それからいまはもうぼろぼろになってばらばらになってしまったが、当時からの宝物のひとつ、新月を気に入ってくれてフールズメイト誌に取り上げてくれた編集長の北村昌士さんの新月への熱っぽい文章は、今も色あせずわたしを感動させる。

メジャーデビュー前のVOL9の新月インタビューの北村さんの結びの言葉
『新月の登場は果たして日本のロック・シーンに何をもたらすであろうか。新月が今の音楽界の一般性から見ると特異な位置にいることは否定できない。しかし彼らは独自のアイディアをテクニカルに昇華してしまうだけの充分な素質を秘めている日本の唯一の存在だ。時代の移行が彼らをメインストリームに迎え入れる日は近いだろう』

その時代は25年経った。日本プログレ界のメジャーに乗った最後の世代であるのか、それとも、これから「ジャップス・プログレ」なるカテゴリに乗る前になくなってしまった早すぎた世代であったのか。
やはり1年前の日記に書いたように、新月は日本のプログレ界のミッシング・リングだと思う。だが、どうだろう、北村さんの文章は今現在における新月の位置を示してはいないだろうか。
後追いファンといわれるリアルタイムで新月を知らない世代が多く今また新月の名を聞き、音源を求めているとしたら、今25年経って発売されるライブ、それからBOXは決して過去が蘇るのではなく新たな「登場」であるに違いない。

そして日本のロック・シーンに何をもたらすのか。答えはもうすぐ出るだろう。

ところで、増田さんが言われるには、当時の新月メンバーはものすごく寡黙で、プローモーション側がかなり苦労したらしい。そういえばLIVE&RECORDSの高津さんの「証言」にも『新月は重苦しい雰囲気のバンド』って書いてあったっけ。
花本さんが言われるには、フールズメイトの各メンバーのインタビュー記事は、そんなわけで、単なるテープ起こしではなく北村さんなりにかっこよく文章をアレンジしてくれたものだそうな。

ああ、早く25日にならないかな。新月は25年前の7月25日にデビューして・・・あ、もう何度も言ったか。
後追いファンの若い衆にわからんかもしれんが年取ると脳ミソがすかすかになって脳細胞が大量死してしまって、海馬がうまく機能せんでな。どうも直近の事忘れるわりには、昔のことをやたら思い出しては何度もおんなじことを言ってしまうんじゃい。



7月15日
仕事もろもろでばたばたしていたので、日記書けなかった。書きたいことはいっぱいあったのだが〜。新月ファンでバンドをやっておられる水鏡のメンバーの方、ほぼ同世代の方と思われる方の書き込み。お返事遅れてすみません。でも、皆さん、メンバもわたしも同じく間隙を縫って新月へベクトル が強く向いているのが嬉しい。
また、ポセイドンの増田さんを通じ、新月だけではなく、津田さんの情報まで入ってこのサイト、ますます贅沢になってきた。
また、先日のニュースにあるように花本さんが高橋さんに連絡を取ったという事は、そうだ、さらにもしかしたら5人揃っての「ライブ」の可能性だってあるはずだと勝手に思い込む。というのは新月サウンドに欠かせない高橋さんのドラムに関しては、えーとQ&Aか一筆箋にあったと思うが、あ、勘違いかもしれないが「空気みたいな」ドラムだそうだ。
これってすごい。前へ前へと出てくるのではなくて、でも見えないけど、ないとみんなが死んでしまう空気みたいに新月をがっちり支えるリズム。
だから、花本さんが高橋さんと接触したということは、そんな可能性もあるのかなとミーハーころんた勝手に自分に良い想像をひろげてしまうのだ。

プロモーションビデオの発掘は当時の新月の姿を蘇らせ、当時のファン、そして今の後追いファンにとって絶対必要な映像であり、当然ではなくて必然的な作業であり、新月がそれを発掘することはもはや義務であると思う。

今また北山ソロで花本さん、津田さんが演奏する。あっ鈴木さんは?そのような形でリアルタイムでスタジオ演奏可能なら、高橋さんが揃って再び今またメンバーが揃って新月のライブを演ってほしいというのは当たり前のお願いではないかな〜。

ライブ盤はまだフランスから届いてないそうな。増田さんが週末フランスに問いあわせしてくださるそうです。たのむぜほんとにもお。



7月10日
先日ここでご紹介した花本さんが監督されたレバノンのパレスチナ難民キャンプ取材の映像はもうスカパーでオンエアされたそうです。
ころんたスカパーに加入してないため残念ながら見ていないのですが、どなたか見た方がいたら感想お聞かせください。


7月9日
情報整理。
花本さんからの直接の情報は「新月ニュース」に掲載だが、ニュースでないことはやっぱりこの「新月日記」に掲載していくしかないだろうな。
読んで無い人はごめんなさいってなわけで、相変わらず不親切だ。

「映像」に関して。
プロモーションビデオ以外にも、実はライブのフィルムが存在するらしいという情報があった。以前この日記のどこかにも書いたとおり、当時、新月側では演奏のことだけを考えていたためライブの映像記録を残すことまで考えがいたらず、したがってブートならライブの映像がどうやらあるらしい、という情報だった。
しかし、残念ながら、最近確認がとれ、その映像も存在しないことがわかった(-_-;)。

したがって、新月の映像はプロモーションビデオのみ。プロモーションビデオのマスターは捜索中であるが、難航している。
でも、たぶん、故迫水さんの写真同様、BOX製作がかたちになったころ、ビデオの方からひょっこり姿を現すと、ころんたはきらーくに考えている。

BOXの発売に関して。
ニュースでは「冬」となっているが、発売日はまだ未定のはずで、はず、というのはわたしもわからない、新月もこれからの動き次第で欲が出れば内容が広がり、それに伴い発売日がどうなるかはわからないのではないか(わかってるのかもしれないけどー)。

花本さんからの「新月ニュース」にボックスの形が見えてきた、と先月の記事にあるし まだ、メンバーの頭の中でいろんなことが動いているのだろう。

それに、なんと今日はニュースで、花本さん言うところの「彼の空気みたいなドラムは新月に絶対必要」なドラムの高橋さんとついについに連絡がとれたとの事で、これはころんたこだわりの7月25日と、もうひとつのこだわり、新月メンバー5人揃っての新録、あるいは島などの曲をとにかく5人で新たに演奏してほしい、という夢が叶えば冬が春になるかも??
それが叶えば冬が春に伸びても、ころんたはそれがいい。あ、これ情報ではなくて願望じゃん。

7月25日に関して。
なんかすごいスリル。
フランスから届くのが中旬予定だそうだが、「間に合うのかなあ、間に合わないかも〜。」と花本さんはのんきにかまえている。
ころんた25日には絶対お店で買うんだからっ。
・・てなわけで、えーと、いったいいつはっきりするのでしょうね?ってもう誰に頼めばいいのかわからない。
中旬てもうすぐじゃん。花本さんも増田さんも、ほんとは、ころんたに何か隠しているんじゃないだろうか(疑心暗鬼)。

ううう。ここ数日仕事忙しくてパソコンの前に全然すわれなかったよ〜。
今日は休みででもやんなきゃいけないことがいっぱいあって、サイト更新してる場合ではないのだが、最近やはりアルバム発売直前となり、アクセスが増え、いくらなんでもこのサイト不親切でいいやへへんとは言ってらんなったので、INDEXに少し説明を加える。日記も書いちゃえ。ああ逃避。

以前は本当に新月で必死で検索してくれた、わずか数人のお客さんがわたしの2枚のファイル「ライブレポート」と「アルバムレポート」を読んでくれていたのみで、その時からのお客さんがこの日記を読んでくれていて、たぶん、リアルタイムで、すこーしずつすこーしづつ新月の情報を得ながら、サイトの成長とこのコーナーが形になってくるのを 楽しんでくれていたと思う。

でも、たぶん、今新月再燃を知り、あるいは新月ってなんだろうと、初めてここへ来た人はこのサイトなんだかわかんないだろうね。
だって「新月」で来たつもりなのにサイトのタイトルは違うし、ぼろぼろのテキストサイトだし、しかし、メンバが書いてるわ関係者やマーキーやポセイドンが名を連ねてるしなんなのこれ?だよねー。
でも、みんな、嬉しいんだよね。

掲示板もアツくなってころんたも嬉しいな。CD発売になったら、みんな思いを書いてくるかな。それとも、一人で余韻に浸るのかな。
お、今気づいた。そういえば1年前の今日、こぐまさんからメールをいただいたんだ。
そこで初めて北山さん、花本さんとボックス製作計画中(日記読み返したらメイキングビデオって話もあったらしいけど〜。この件に関しては??。わはは、1年前の日記面白い。新月は日本のプログレ界のミッシングリングかも〜とかえらそうに書いてある。)という事をお聞きし、この新月日記を、新月のコーナーの母体にしたのだった。
それから花本さんから初めてメールいただいて仰天して椅子から転げ落ちていたいいたいと言う間もなくいろんなコーナーが出来て来て・・・。
いい1年だね。
それから、これからもね。



7月4日
トップと新月ニュースに書いたとおり、なんとポセイドンレーベルの増田さんからこれから新月リリース関連の最新情報をいただけることとなった、すごいすごい !!このサイトを読んでいる新月ファンは本当に運がいいねえ!!

よもや、増田さんとわたしが直接やりとりをすることとなるとは夢にも思わず、実はころんた勇気を奮ってどうしても7月25日にライブアルバム出してくださいというお願いメールを、増田さんにお送りしたところ、ではリリース計画で発表できることを随時お知らせしますという思わぬお申し出をいただいたのだった(感涙)。

さらにビックリしたのは、「新●月」ライブの解説からこのサイトへリンクまで張っていただき、滝汗。
メンバー・関係者の執筆した部分はどんどん読んでいただきたいが、管理人ころんたの部分が(よほど気が向いた方しか読まないと思うが)目に触れるのは恥ずかしいなあ(^^;。

7月に入り、またポセイドンから新月関連の情報をいただいて、ほら、7月はやっぱり新月が動く月でしょう?そうなってるの、きまってるの。

そして・・あらためてここで「増田さん、お名前間違えて本当にすみませんでしたっ!!」(これを読んで腰を抜かすいままでの日記を読んでいきさつ知ってるプログレファン。ポセイドンだぜ?ころんたってとんでもないやつ、普通間違えないだろう!と驚き呆れる人々)。ほんとに増田さんごめんなさいっ。そしてありがとうございます!

とはいえ・・・。くどいがここは、たとえ新月リーダー花本彰がメイン執筆者だろうが、新月ボーカル北山真が曲解説執筆してようが、新月ギタリスト津田治彦がBBSに書込みしようが、セレナーデメンバー高津昌之が連載しようが、新月関係者が寄稿しようが(だんだんびびりはじめてるが、負けるもんか、単なるファンサイト、商業ベースとは無縁ゆえ、ころんたが好きに書く!というスタンスは変えん。

まあ、必ず普通(って言い方もなんだかなあ)あるべき「メンバーのプロフィール」は、そのようなコーナーこしらえる気はさらさらないし(だって、めんどうくさいんだもん。それに1979年時のちらしをアップしてるから、そこに書いてあるしー)、新月とはどんなバンドで・・なんて来歴も書いてないし(新月コンテンツのトップにすこし書いてあるか)不親切きわまりない。

ころんた自身が新月というバンドへ向ける異常な熱とガキぶりと相反する、他に対するおそらくひやりとするほどのこの不親切なスタンス。新月に動いてはほしいが、あとは聞きたいと思う人、あるいは新月ってなに?と興味をもってくれる人は自ら新月で検索してくれ、興味をもった部分を読んでいくだろう。それで良い。というだけでなんにも知らない人に対してなんら働きかけをするつもりはないというスタンス。これを崩すつもりはないのだ。だまされたと思って聞いてみて、なんて安売りはしないよ。

7月25日。これが叶うのか?否か?ころんた以外メンバーでさえこだわっていないこの日付。これが成就するかどうかは新月側には意味がないのかもしれない。
ただ、これに意味をつけてしまったころんたの望みが叶ったらそれでよい。
叶わなかったら、ころんたの思いがそれまでだったということで、何かが変わるわけではないが。いずれにしろ、あと20日。20日の間にどれだけのことが新月のために動くかな。

でも、早く見たい。そして聞きたい。



7月1日
今日から7月!ころんたの月だもんね。暑くなると元気になってくるなあ。今日みたいに暑い日に生まれたんだね。
そして、いよいよライブが発売になる月!
でも、そうなのだ、ニュースにあるように、とにかく25日当日になるまで油断できんのだよ。このニュースのスリル、今日の暑さには納涼になるだろう。
でも・・間に合うでしょ。ころんたが念じてるから。
ポセイドンのサイトのトップに北山さんの鬼装束の写真(感涙!)とアルバムに関するコメントが書いてあって、ほんとに出るんだなと実感、しみじみ。

「日本のプログレ」をトップのタイトルから削っちゃった。サイト名「新月〜公認サイト」すっきりしてかっこいいと思う。
もっとも他も全部削ったのだが、このへん花本さんとかなり温度差あり。よく確認してから作業すればよかった。おかしいとは思ったんだよなあ。
もともところんた、ロックのカテゴリわけってよくわかんないこともあるし実はあんまり意味ないんじゃないのかと思っていたので、新月はプログレとかそんな枠超越した真の音楽・ロックバンドであるという意味で「新月はプログレバンドなのか?」という花本発言を、そうか、カテゴリにおしこめられるのをあまりよしとされていないのかと曲解してしまったのかもしれない。削ったがためにかえってヘンになったところを直す作業の方がたいへんだったりして。

まあ、新月コーナー誕生1年目記念リニューアル。そして、この新月コーナー母体のころんたが新月の2枚のページを作った5周年記念リニューアルとするか(ってタイトル削っただけじゃん。)

「公式サイト」おおざっぱなイメージをちょっとだけお聞きしましたが、かなりカッコいいです。


2003年7月、わたしのサイトの「新月」ページを見てくださった新月ファンクラブ会長小熊一実さんからメールをいただきました。
20数年前、小熊さんには一度お会いしただけですが、わたしが数年前に書いた新月のページを偶然読んでくださり、ご自分のことが書かれていたのに驚かれてメールをくださったのです。
懐かしさと嬉しさと更に嬉しい情報をいただきました。
そこには新月がBOX出す計画中であるという、新月ファンには夢のように嬉しい内容だったのです。
このページは、新月ファンクラブ会長小熊一実さんの許可を得て、メールの内容をご紹介しつつ、ころんたの、新月への思いを綴った日記と、最新情報を載せていきます。
また、新月リーダー花本彰さんにもメールをいただき、花本さんのアイディアで、新月についての新コンテンツを当サイトに置き、掲載させていただくことになりました。
ファンとして、これ以上の幸せはありません。
これからも、新月を応援していきますので、皆さんよろしくお願いいたします。

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