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新 月(1979年)


朝の向こう側
発熱の街角
雨上がりの昼下がり
白唇
魔笛”冷凍”
科学の夜
せめて今宵は

新月の最初にして唯一のオリジナルアルバム。
新月の代表曲はやはり「鬼」だ。
日本人が心の中にもつ潜在的な怖れを、「鬼」という形にした民話調の歌詩は、怖くて寒い、そして不思議な情景だ。
その不思議な感覚に囚われたまま、囲炉裏を切った板の間に座り、火の粉がはぜる音や匂いを感じている自分がそこに居る。
  「鬼」という言葉の響きそのものに、何か自分が無意識のうちに心の中に封じ込めてしまったものを言い当てられてしまったような気持ちになってしまう。
遠くから、じっと見つめている鬼。
行き場をなくし、一人さまよわなければならない鬼。
切り落とされた片腕を、人に化けて取り戻しにくる鬼。人を食べてしまう鬼。
歌詩のなかの人物は、鬼に怯えているのか、それとも、もしかしたら自分が...。
甘く、切ないシンフォ・メロディに乗って、じわじわとした恐怖感と不安感が心に迫る。
名作である。

映画の一場面を切り取ったような、視覚的な情景が目に浮かぶ「雨上がりの昼下がり」は、「鬼」に次いで大好きな曲。
ポップな曲なのに、歌い上げられた明るい雨上がりの空は、いつのまにか、まるで青空と闇が同時に存在するマグリットの絵のような、違う世界に吸いこまれてしまう。

まるで目を閉じて聞いているかのような錯覚に陥る「白唇」を、アルバムを買った当初はあまりよく理解できなかった。今になって、この曲の叙情的な美しさが、分かるようになってきた。小娘には、分からなかったのだ。

「科学の夜」はテンポの早い、演劇的な展開の曲で、登場人物の対話形式で書かれた歌詩は、劇団と深く関わっていたという新月らしく、他の何曲かにも見られる特徴である。

そして、アルバムの締めくくりにふさわしい「せめて今宵は」。
夜、小高い丘から街を見渡すと、色とりどりの光の洪水がある。これを全部、人が灯していると気付くと、何か暖かいものを感じる。この曲はその感じに似ている。
この曲の、ゆるやかな流れに耳を傾けていると、ひとつのライブが終わった後にも似た、あともう少しだけ聞きたい、という余韻と寂寥感がある。
そして、ライブと同様、アルバムも終わってしまう。
実際、新月はこのアルバムを1枚出しただけで、解散してしまった。

1979年、この年は大好きなUK、キャメルが来日し、プログレファンの私にはとても幸せな年だった。そんな中、「日本のプログレ」新月のデビューは衝撃的だった。
新月は、「日本のプログレ」にあくまでこだわったバンドだった。
擦り切れるほどこのレコードを聞いて、文字通り擦り切れてしまった。
飽きっぽいくせに、ひとたび凝るとものすごくしつこい私の擦り切れレコードの中の一枚だ。
針飛びがひどくて悲しんでいたら、最近になってCDで再版されていることをネットで知り、喜んで買いに走った。
残念なのは、なぜ擦り切れる前にせめてテープに録音しなかったかということで、CDで買いなおせたのはめでたいことだが、アナログ盤とCDとではかなり違う。


赤い目の鏡〜ライブ‘79(1994年)


朝の向こう側〜発熱の街角
雨上がりの昼下がり
白唇(しろくちびる)
不意の旅立ち
少女は帰れない
赤い目の鏡〜殺意への船出
科学の夜

1979年7月25日のアルバム発売を記念して行われた同25日,26日の芝ABCホールでのライブCD。
3面マルチスクリーンを使った、当時としては画期的なコンサートだったらしい。私は行っていない。今思えば本当に残念でならない。

ライナーノーツの写真ではボーカルの北山真さんが、振袖と袴と白足袋に被衣という全身白装束姿で写っている。
私の行ったライブでは、どの会場だったか、また白装束だったかどうかは覚えていないが、やはり和服姿でのライブがあったような覚えがある。
新月のライブには3回しか行っていないので、あまり細かいところは覚えていないけれど、演劇出身の北山さんが、小道具をいろいろ使ったパフォーマンスを見せてくれたとに記憶している。

ライナーノーツにによると、このCDはもともとライブ用に録音されたものではなく、カセットテープから起こしたものだそうだ。
音質は推して知るべしだが、ライブに行かれなかった私には、とにかくその時のライブの様子を伝えてくれるかけがえのないCDである。

オリジナルアルバムに収録されておらず、ライブでは演奏されていて、解散後も、是非もう一度聞きたかった曲のひとつが「赤い目の鏡」。
「赤い目の鏡」は、うさぎが出て来るせいか、「不思議の国のアリス」を連想する。アルバムジャケットの可愛い少女はやはりアリスかな?甘い、そしてこれも実に不思議な歌詩の曲だ。


科学の夜〜スペシャルコレクション/新月+セレナーデ(1995年)

蘇る記憶
回帰ーパート1
回帰ーパート2
殺意への船出ーパート2
終末
砂金の渦
島へ帰ろう
パパと一緒に
せめて今宵は
竹光る
茜さす
浪漫風
まぼろし

新月の前身「セレナーデ」と新月の未発表曲を含む、スタジオセッションのテープと「屋根裏」からのライブテープからの曲が入っている。
学生時代、屋根裏の前を何度も通っていたのに、足を踏み入れたことがなかったのが悔しくてたまらない。
もしかしたら、アルバムデビュー前に「新月」を知ることが出来て、もっともっとライブをたくさん聞けたのに...。 やはりオリジナルに収録されていない曲で、大好きだった曲が「殺意への船出」である。 美しい歌詩とメロディを持つこの曲のタイトルがなぜ「殺意への船出」なのかわからないが、メロトロンを駆使し、演劇的な展開を見せる11分にも及ぶこの曲はまさにプログレッシブロックである。
ライブでも、このスケールな大きなシンフォ・ロックに圧倒された覚えがある。
先の「赤い目の鏡」同様、20年、なんとかもう一度聞きたいと願っていた曲を再び聞くことができた。この2枚のCDを入手できたことは本当に嬉しい。
そして「竹光る」から「まぼろし」までの4曲の美しさは、日本人に生まれて、本当に良かった!と思う。


光るさざなみ/北山真with新●月プロジェクト(1998年)

武道館
ブルー
何も考えてない歌はやめて
ブーツのかかと
週末の週末
あかねさす
石の心
光るさざなみ

新月解散後、演劇の世界に戻り、その後音楽から遠ざかっていたボーカルの北山さんが、キング・クリムゾン再結成に触発されてのソロ・アルバム。
新月の殆どのメンバーが参加している。
新月の未発表曲も収録されている。
実に嬉しいCDだ。全体的に、トーンを抑えた新月という印象である。
裏ジャケに、北山さんの写真が載っている。最後に北山さんを見た時から、いきなり約20年たった姿は感慨深い。
でも面影はそのままで(当たり前だ)「北山さんだっ!」と一人で叫んでしまった。


  たった1枚のアルバムを出して解散してしまった新月ですが、私はリアルタイムで新月のアルバムを聞き、ライブに行くことが出来て本当に幸せでした。
多分、この頃、私は新月に完全に恋をしていたのです。
  と言っても、ライブは1979年12月14日の「高田馬場BIG BOX」と12月23日の「吉祥寺シルバーエレファント」、そして1980年4月3日の「ラフォーレ原宿」の3回だけです。
吉祥寺シルバーエレファントのライブはクリスマスで、確かケーキが出て、和気あいあいと楽しいライブだったと思います。
そして、この楽しいライブがまた当然のように何回もあると信じて疑わなかったのです。
2枚目のアルバムが出たら、またライブがあるに違いない。そう信じていました。
たしか2枚目のアルバムタイトルは「竹光る」に決まっていたと思います。
でも、2枚目のアルバムは出ませんでした。
そして、雑誌で見た突然の解散の報に呆然とし、呆然としたまま20年たってしまいました。
  最近になって知った、アルバム再版と、ライブCDの発売で、ライブでしか聞けなかった、アルバム未収録の曲を、再び聞くことが出来ました。メンバーのプロフィールなど、ここで初めて知りました。
「赤い目の鏡」を入手できた日、アルバムの裏を見てビックリしました。これは1979年7月25、26日のライブを収録したものだったのですが、CDを買った日は7月26日、そして7月25日はデビューアルバムの発売日だったのです。まさに20年ぶりの再会でした。

新月については、もっともっと書いていきたいので、まだまだ更新していくつもりです。
ライブに行かれた方、アルバムを聞かれた方、いろいろ教えていただけると嬉しいです。
記憶違いなどあると思います。どうかよろしくお願いいたします。(1999年7月)




文学ノススメ(カセットテープ)/文学バンド(1983年)

山月記
箱男
桜の森の満開の下で
死者の奢り
愛の渇き
少年愛の美学
わが解体

時任顕治さん、小熊一実さん、そして新月の花本彰さん、北山真さんのアルバム。さらにセレナーデ時代のメンバー高津さんと小松さん、そして森村さんが参加している。時任さんと小熊さんが「声」で北山さんは花本さんとともに「いろんな楽器」と書いてある。
とにかく聴いてみよう。

しかし、「文学ノススメ」である。
どうしよう、安吾と高橋和己は家にはあるけど未読だ。
あいにく三島作品のなかでもこれは未読だ。読んでから聴くべきか?
なにしろ「文学バンド」の文学ノススメである。
しかし、そんな聴き方をしなければならない音楽があるのか?
とにかく聞いてみよう。
まず『山月記』。これは高校の教科書に載ってたやつだ。
ゴーマンな秀才が人の心を捨て虎に変身してしまう話じゃなかったっかな、なんか内省的で、ラスト悲しい悲しいおはなしだったような気がする。
曲が始まる、曲というより、リズムに乗せて「声」の二人が山月記の冒頭を朗読する。
し、しかし主人公ってこんなイメージの男だったっけか?
そうそう、妻子より、自分の趣味優先したんだよねー。
しかし、なんだか楽しいぞ。
メンバーが劇団出身ゆえ、文学作品モチーフをパロって、音とリズムとイメージで泳がしていく、おもしろいー!

次、『箱男』。
ご存知安部公房である。
学生の頃奮発してハードカバーケース入りの単行本で買ったのだが、箱男というより男、の心理、やらしー場面がなんだか読んではイケナイ世界だぞと、熟読しないまま放置されている作品だ。
こうしてみると、読んでいながら読んでいない作品が多いぞ。
なんだか恥ずかしい。

あ、でもいいのだ「文学ノススメ」だから、未読でよいのだ。
薦められているのだから、これから読めばいいのだ。

『桜の森の満開の下で』
作品は未読だけど、曲は「可愛くてブキミ」で好き。
いいないいな。なんだかいいなあ。
学生からその当時、アングラ劇がという名前が生きていた頃のイメージがある。

そして『死者の奢り』
これ、高校生の時に読んだのよ。この頃やたら大江健三郎読んだなあ。
死者の奢り、芽むしり仔撃ち、遅れてきた青年。
暗くて絶望的でなんだか滑稽な主人たち。
呟きに似た音がこの作品を表しているみたいだけど、正攻法で受けとめていいのかな?

『愛の渇き』
可愛くて綺麗な曲。
この作品は読んでないけど、「豊穣の海」の方を思い出してしまった。
読むのたいへんだったよお。
主人公が生まれ変わり、違う人生を歩む輪廻転生の物語と言ってしまうと陳腐になってしまうか。正直1巻、の恋愛物語、2巻の「奔馬」の主人公の青年が意志にしたがい己の信じるまま短い生涯を生き抜く姿まではなんとか理解できたのだが、その青年が熱帯の暁の寺に生まれ変わる方向性になんだか違和感があったのと、最終巻「天人五衰」では完全にわけなかんなくなってしまったのだ。

これもハードカバーで鎮座ましましている。
なぜか当時、これだ!と思い込んだ本はハードカバーでないとイヤ、というへんな思い込みがあり、かなり無理して揃えたんだよねー。

『少年愛の美学』
ブルースハープがなんとも言えず、「声」にもう爆笑!「たまには野球やってこーい!」「しりがこわくて文学ができるかー」だってわ、わははっはは!
タルホ先生もあの大作がこんな解釈されるとは、草葉の陰で喜んでいられるのではないだろか?
しかし、ころんたも高校生の時、この本買って読んだことあるが少年愛の美学は別に美少年のことにはあんまり触れていないと気づき、ロマンはなくて難解さと本の分厚さに辟易して、降参したのだった。

『わが解体』
いつか読もう、いつか読んでみようと家にあるのにも関らず、ついに高橋和己の世界には入らなかった。
アルバム中、もっとも美しい曲だと思う。「文学」の読後の美しい昇華を表している。叙事詩の如く長く歌い上げるこの曲、気づけばプログレだ。
感動した。
いまからでも読んでみようか。

アルバム聴きおわって、懐かしい気持になった。
中学の同級生で、日大の芸術学部にはいり演劇をやりたくて、付属を選んだ友人はその後某有名劇団を辞めあえてアングラの道に入って行ったっけ。最後に見たのは新宿二丁目の小さな劇場だった。

学生演劇から某有名アングラ(有名アングラってへんだよね)劇団に入った友人とはそれきり音信不通になってしまった。
どうしているのかな?
そんなことを思い出して、何度も何度も聴き返して、最後のわが解体にうんうんと頷いてしまった。

(注):この文学バンドのレポートを読んだ花本さんによると、タイトルの文学作品と内容は関係ないそうです。花本さんは最初と最後の曲の作曲と演奏に参加。当時の花本さんの自宅でみんなでわいわい作ったそうです。だから楽しい雰囲気なんですね。CD化が計画されているそうですので、お楽しみに!




↑の「光るさざなみ」までが1999年に書いたもので、あれからもう4年経っている。
不思議だなあ。
新月について、この頃はまだ全然情報なくて、サイトも殆どなくて、初めてパソコンを買った6年前、最初にやったことが、「新月公式サイト」を探すことだった。
それから、このつたない1枚のページを自分でアップし、で、新月で検索すると結局自分のところへ行きついてしまって、がっかりしたっけ。
しかし、それから4年。20世紀から21世紀となり、新月がBOX計画をたている。
ネットの世界でも、新月の話題を見かけるようになった。
月は何度か満ちかけを繰り返し、今また新月から始まる。
「新月」がこれから見せてくれる新しい新月を、期待に満ちて、待つ。
遠い星でまつきみのために、うたう、という北山さんの歌が、今、20数年たって響いてくる。このフレーズはそのまま、わたしの新月への思いである。
津田さんのギターが、鈴木さんのベースが、高橋さんのドラムが、そして花本さんのキーボードが、何億の星の煌きのように、また何万筋もの絹糸で綴られた光沢を持った布が翻るように、湧き上がり、絡み合い、降る様にわたしたちに注がれる日が近い。




動物界之智嚢(カセットテープ)/北山真(1982年)

狂犬
てふざめ
眠れるきうゐ
はんめう
かばの乾し肉
くまのゐ
どちゃうとたぬき
ごまふあざらし
さあかすのざう
かつをのえぼし
ごくらくてう
らくだの悲嘆
へびのしっぽ
たかあしがに
まなたす

全体の印象は、A面とB面では表情がちがうと感じた。もっともカセットであるために、A、Bと分かれているだけで実際は一連の流れなのかもしれず、わたしの勝手な思い込みかもしれないのだが、A面をダダイズムとするならば、B面はシュルレアリスムの香りを感じる。 それぞれ、A面は動物の持つ特性を音による模写で行いながらはぐらかすようなメロディとユーモアとアイロニーに彩られ視覚的に動物の動き(生きてる動物ではないものもあるけど)が目に浮かぶ。
B面の複雑で多彩な音の重なりとロック色でやや安心して入る事が出来、動物そのものの表現ではなく、目に見えているものと、自分が見ているものとの差を表現したと感じ、聞き終わってから、かすかに新月を感じる。それは、後から気づいたのだが、最後の曲に鍵があった。

A面一曲目の「狂犬」は狂犬というよりも、自分の尻尾にじゃれついてくるくるまわって遊んでいる道端の犬のようなイメージの曲で、狂犬というより、子犬がじゃれついているみたい。
「てふざめ」も海の中をゆったりと回遊しているちょうざめのイメージが浮かぶ。
「眠れるきうゐ」。眠っているキウイ鳥が、すうすう、寝息をたてるたび羽根に覆われたまるまるしたお腹が上下するさまが目に浮かびなんだかうれしい。
そして「はんめう」今の若い人がはんみょうまた道教えというこの虫を知ってるだろうか。歩いている前にこのはんみょうがいる。ちょっと歩くとぴょんと先に行く。ちょっと歩くとまたぴょん。まるで道案内をしてくれてるみたいで、曲もそんなリズムを刻む。
「てんじくねずみ」とにかく曲可愛い。ちょこちょこ動くてんじくねずみそのままで、大好きで楽しい曲。
「かばの乾し肉」「くまのゐ」はえーと動物から取れるもの、ですね・・・。 「どぢゃうとたぬき」たぬきの腹鼓みたいな音がなんともおかしい。ちょろちょろと動き回るどじょうとたぬきの戦いなのだろうか。
ごまふあざらしは氷の煌き音ではじまり、 きらきら輝く氷上で転げ遊びまわるような絵が浮かび明るくそのまま素直にたのしく聞ける綺麗なメロディ。
「さあかすのざう」この曲はギタリストの竹場元彦さんが参加している。重く暗い、とおもいつつ、ジンタにあわせて象が足踏みをしている様と、華やいだサーカスの雰囲気、しかし、それはやがて仕込まれ芸をさせられているなぜか悲しき風景なのだが、それをはぐらかすようにいきなり曲は終わる。

B面一曲目の「かつをのえぼし」はじかれた弦の音、バックに聞こえるケーナ?の音、海中で下から見上げたかつをのえぼしの足の動きが一瞬目に浮かぶが、しかし、現実には目に見えない何か手からすりぬけていくもののようだ。
「ごくらくてう」極楽鳥というよりも、極楽鳥という言葉のイメージから浮かぶたのしくて明るいリズムでやっとロックが戻ってきた、とほっとする。
「らくだの悲嘆」悲嘆。なにを悲しみ嘆いているのだろうか。荷物が重いか喉が渇いたか元々野生で人に飼いならされる特性を欠く動物なのに、鼻にわっかつけられてガマンしている従属していることか。などというらくだのぼやきが浮かんできてしまった。
「へびのしっぽ」へび、ではなくてへびのしっぽなのだ。これは一体なんだろう。うさぎのしっぽならお守りなると聞いたことがあるが、いや関係ないか。へびは一生のうちに何度か脱皮をするらしいがそれはその時相当苦しいらしい。しかし脱皮しないへびは死んでしまうそうで、しかし、しっぽ、だけ脱皮しそこなってしまったのだろか。何を言ってるのだわたしは。重く、苦しげなメロディなのだが、もしかしたら、どこからへびが出てくるのだろうと不安にかられながら歩く人の心象風景なのだろうか。
「たかあしがに」コーラスがはいる。やっと北山さんが出てきた〜。たかあしがにって大きいだけで美味しくないのだが、いやそれはどうでもいいが、巨大なものへの畏怖、賞賛、あるいは単なる驚きか、コーラスは、たかあしがにへそんな思いを歌っているように感じる。
「まなたす」花本さんがキーボードで参加している。
ギターとキーボードのアンサンブル。とにかく美しい。ゆったりとゆったりと曲が流れ中間部で胸に迫るメロディはまさに新月。そして、キーボードが静かにフェイドアウトして曲は終わる。ラストのこの曲があったがために、聞き終わってからかすかに闇のベールの中に新月が見え隠れする。だから、ほっとしたのかもしれない。

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ボーカリストが製作したインストルメンタルのアルバムである。このカセットを入手して数年が経過しているが、なぜ、レポートを書かなかったのだろうか。
答えは、難しかったから。

このアルバムに関して、レポートが難しかった、というのはまず「光るさざなみ」 のように、新月の曲にと北山さんが書き下ろしていた曲でもなく、「北山色」がないがゆえに北山さんならこう歌ってくれるだろうと視点からのわたしなりの先入観に拠る一種のカンニングが出来なかったこと、それから、「光るさざなみ」を聞いた上で「動物界之智嚢」を聞いたときの戸惑いがかなり尾をひいていたこともある。

新月は70年代最後の年79年に日本のプログレバンドとして、当時、他のバンドから一足先に最高に恵まれた条件でメジャーデビューした。箱根ロックウェルスタジオでののべ30日間に及ぶ録音、芝ABC会館での三面マルチスクリーンを使用したアルバムライブ等メジャーレーベルによる製作宣伝費を投入され輝かしいデビューを果たした。

アルバムを聞き、ライブに行き、当時学生だったわたしは日本のプログレが、新月が、これから世界的レベルに駆け上がっていく輝かしい未来をそこで自分の未来と重ね合わせて見た。
未来は無限に輝き、そして、生活のひとつに欠かせない音楽、その中のひとつ「新月」が共にあるはずだった。

北山さんがこのアルバムを発表した1982年という年はどういう年だったか。
キング・レコードのネクサス・レーベルが続々と日本のプログレッシブロックバンドを世に出した年である。現在日本のプログレッシブロックバンドの今や重鎮と認知されているバンドのほとんどがこのネクサスレーベルから売り出されたバンドであるが、新月のみがこの中に名を連ねていない。
なぜならすでに2枚目のアルバムを出せないまま新月は解散していたから。

いち早くメジャーデビューを果たしながら、日本のプログレバンドブームの波がおしよせる前に姿を消した新月。そして新月は伝説のバンドになってしまった。

新月ではないアルバム、新月ボーカリスト北山真ではないアルバム。
このアルバムが作られたのは新月が解散した年だ。

北山さんが北山色を出さずにあえてインストルメンタルというソロをなぜ製作したのか。 もちろんわたしごときがあれこれ考えても憶測の域を出ないのだが、ボーカリストの北山さんが「あえて」ボーカルパートを全く設けないインストのアルバムを制作した事実は、ニジンスキーがあえて得意技だったジャンプの振り付けをせず牧神の午後を踊ることに挑戦、喝采を浴びたというエピソードを思い出す。

そして、ジャンプがないゆえに、北山さんのボーカルの偉大さ、すばらしさを実感している。そして、「動物界之智嚢」以後ぶつりと寸断された北山さんの音楽活動が、ロバート・フィリップの姿により「光るさざなみ」で再開され、現在は、ソロ第2弾に向かって動いている。
そこで聞くことが出来る、新たな北山さんの歌詞・曲・歌声に、さらなる期待をこめて、わたしは待つ。

そして、82年の波にこそ乗らなかったが、新月は今再び世に出ようとしている。新月が次の新月となって人々の目に触れるまで、長い年月が経ったけれど、それはきっと、新月にとって必要だった年月だったに違いない。これから世に出ようとしている音源は、過去にこんな音があった、ではなく、その年月の間語り継がれ、ゆっくりとゆっくりと、新たな生命を吹き込まれ輝かしく誕生するのだから。

(2004年3月28日)




新●月 shingetsu live 1979


白唇
朝の向こう側
発熱の街角
雨上がりの昼下がり
少女は帰れない
科学の夜
赤い目の鏡〜殺意への船出パートU(メドレー)
せめて今宵は

 2004年9月5日発売。
 1979年7月25日に発売となったデビューアルバム「新月/新月」の発売記念に行われた同7月25日、26日に芝ABC会館で行われたライブを収録したアルバム。

 同じライブを、オーディエンスがカセットで録音したテープから収録したアルバム「赤い目の鏡」は曲順が全編ライブ通りに収められ、結果ラストの『せめて今宵は』がカットされているのに対し、本アルバムでは、『不意の旅立ち』がカットされ、『せめて今宵は』が収録されたことによって、オリジナルアルバムの曲がすべて収録されている。

 当日、ライブは5分遅れて開演になったそうだ。
 演奏が始まる20分以上前から客席に流されていたという、オリジナルアルバムにはない鐘の音が鳴り響き、 そして、『鬼』がはじまる。
 『鬼』だ、『鬼』だ『鬼』だ『鬼』だ『鬼』だ。
 日本のロック史上最高傑作と言われるこの曲を演じるプログレ史上最高峰のバンドが、アルバムと同時に、メジャーデビューをこれから果たすその瞬間のパワーと技術、そしてそこで繰り広げられているであろう北山さんのステージアクトへの想像を、封入されている写真を見ながらかきたてられ、まさにシアトリカルな新月の世界へいきなり飲み込まれ、たたきつけられ、見ているわけではないのに目も、耳も離すことはもうできない。

 当日、オリジナルアルバム収録の曲はその通りの順序で行われていたライブだが、『不意の旅立ち』のカットに伴い、並べ替えられた曲順では、次に津田さんの作品である『白唇』(曲は津田さん、花本さんが8小節づつ作曲)、『朝の向こう側』が2曲続き、夢、である花本さんの『鬼』に続いて、夜から朝への津田さんの2つの曲を聞いていくと、オリジナルアルバムで聞いた印象よりも、津田さんの世界の不思議さ、ひいては新月の世界観が並び立っているように感じた。

 そして、北山さんの昼間の世界、光あふれる現実の世界、しかし、一見現実に見えながら、ルネ・マグリットの絵画『光の帝国』のような、不意にひょいと現実を超えてしまう、シュルレアリスムの世界を彷彿とさせる『発熱の街角』、『雨上がりの昼下がり』。
 この曲順が入れ替わったことにより、津田さん、北山さん、花本さん、が、それぞれ担っている夢朝昼夜の世界が、より明確に、そして、『鬼』から手渡された『白唇』、そして『朝の向こう側』から『雨上がりの昼下がり』までの一連の流れに、幾層もの宇宙、パラレルワールドの存在をさらにオリジナルアルバムを聞いた時よりもいっそう強く感じた。

 オリジナルに収録されていない『少女は帰れない』。
 歌詞、構成に関して個人的には新月とセクシュアルなものとの組み合わせに違和感を感じているので、『パパと一緒に』と同様好きではないのだが(無論、新月のダブルミーイング・トリプルミーイングは承知のうえでも)、当時アンダーグラウンドな演劇の世界ではこういうストーリー展開が一部で流行っていたような気がする。
 しかし、当時モチーフとして用いられていたこんな画面は、残念ながら、すでにバーチャルな世界から、恐ろしいことに現実になってしまい、昇華できない世界のものになってしまった。
 とはいえ、そんなことは別として、とにかく鈴木さんのベース、高橋さんのドラムスがめちゃくちゃカッコいい。
 アップテンポの曲の面白さ、そしてここで行われている北山さんの小道具を駆使したステージアクトをやはり映像で見たいと願うのはわたしだけではないはずで、プロモーションビデオの版権がクリアになることを切に願っている。

 『科学の夜』この曲は、あらためて聞くと、最初聞いたとき、SF映画のフラッシュのようなという印象だったのだが、こんなにアップテンポの曲なのに、コドモの頃、図書館でこんな本を広げて読みながらぼーっとして、空想の世界に遊んでいた時を思い出したりした。『少女は帰れない』に続き、芝居の形式になっているせいなのかもしれない。
 わたしは、この曲を当時行ったライブで間違いなくこの目で見て耳で聞いているのに、他のいくつかの曲はをおぼろげに覚えているのものもあるのに、このアップテンポの曲をなぜか全く覚えていない。それが自分で不思議でならない。当時、やはりあまりに『鬼』の印象に強すぎて、日本的なイメージだけで新月を捉えていたので、もしかしたら、クビをかしげながら、聞いていたのかもしれない。

 『赤い目の鏡〜殺意への船出パートU』。
   シュルレアリスムの世界に迷い込んでしまった童話の主人公のような「やぎ」の、すこし甘くて物悲しい『赤い目の鏡』から、壮大な宇宙を描き出す大作『殺意への船出パートU』のメドレー。

 『赤い目の鏡』は、北山さんが新月加入前に作られた曲で、花本さんの詩を、津田さんが澄んだ声で歌われている。
 よく津田さんがボーカルをとられる曲なので、北山さんの『鬼』のための衣裳のお色直し用に、『鬼』の前に演奏されていたそうである。
 このライブの場合は、『殺意U』の金銀マント豆電球付きの宇宙服への、お色直し用に演奏されているわけで、この時、北山さんがステージには居なくて、それと、北山さんが新月加入前の曲だから、北山さんが居ない時があった新月が本当にあったんだなと考えると実に妙な感じで、なぜかそんなちょっぴり寂しさが、この『赤い目の鏡』を聞くたびさらに切なさが加味されるのだ。

 そして、『殺意への船出PartU』。
 サイト内でも、さんざん書いているのだが、『鬼』は別格として、わたしはミクロからマクロへそしてマクロからミクロへの時空を超えた宇宙観を持つこの曲が好きで好きでたまらないのだ。
 抒情詩の切なさ繊細さ、叙事詩のスケールを持ち、その2つのモチーフが綾なす大作で、新月にとってライブでは演り飽きない曲だったそうだが、わたしにとっては永遠に聞き飽きない曲だ。

 花本さんの「新月全曲目解説」に書かれているように、オルガンの荘厳な音から始まるこの曲は、鈴木さんのベース、高橋さんのドラムス、花本さんのメロトロン、津田さんのギター、そして北山さんの、まさにシアトリカルなボーカルの5人の魅力をたっぷりと堪能でき、これを前回のアルバム「赤い目の鏡」よりもクリアな音で聞くことが出来て、わたしは何も言う事はない。

 そして、アルバムのしめくくりは、オリジナルアルバムと同様『せめて今宵は』。
 オリジナルでも、ライブでも、この曲があるから、そしてこの曲がラストにくるから、終ることができて、そしてそしてまた、『鬼』への始まりがあるんだと納得ができるのだ。
 だから、オリジナルアルバム同様、繰り返し、繰り返し、何度も何度も、新月の世界へと、わたしは惹き込まれて行くのだ。



 音源は、当日ライブを録音したオープンリールをベースとしたカセットテープだそうです。本アルバムは、2003年から計画されているBOXセット制作のための、当時の音源をメンバー及び関係者が発掘中、このABCのライブをオープンリールからコピーした、前回の「赤い目の鏡」より、音が良質のカセットテープが発見されたため、BOXに先駆けて、発売されたものです。

 「新●月 shingetsu live 1979」発売前の、メンバーの文言を紹介しておきます(敬称略)。

 「花本彰:荻窪のスタジオJEOにて「新月ライブ」用のマスタリング作業を行う。
 音源は1979年の7月25日、26日の両日行われたホールコンサートを 1/4オープンデッキで収録したもののカセットコピー。
 エンジニアはJEOの竹花直樹氏。そのうしろに津田、花本、北山が陣取って開始。 ノイズ除去を行うと音楽的成分も一緒に取り除かれるというジレンマの中どうにか終了。
 ソースは所詮カセットテープなので、ヒスノイズ除去ソフトは通しているものの、決して高音質ではない。割れ、よれ、つぶれも少なからず存在する。
 ただ以前発売されていたライブCD「赤い目の鏡」と比べると音質面での改善はかなりなされていると思う。
 「赤い目」の方は全くタッチしていないのでどんなソースだったのかも不明だが、今回のカセットテープはレコーディングディレクターの森村くんが所有していた、マイク録りのオープンテープからのコピー。カセットで音が潰れた分、マッシブなエネルギーがあって、僕は好きだ。
 CDの基本時間74分を守るため『不意の旅立ち』はカットし、実際のコンサートより一曲少ない、10曲入りとなった。初々しい歌声、初々しい演奏に津田、北山ともに苦笑いしながらのマスタリングであった。
 曲順は「不意」のカットに伴い、全体のバライスをとるために大きく入れ替えさせていただいた(新月ニュースより転載)。」

 「津田治彦: ジャケットは花本がデザインしていますが、彼はこの手の才能があるので、私は気に入っています。非常に品格のある仕上がりになっている(はず)と思います。
 マスタリングでは、オープンリールからのカセットコピーが安定していたので、これを使いましたが、やはりノイズレベルや定位の揺れがあったので、ProToolsのシステムで都合80箇所くらいを調整しています。ノイズも極力取り除き、上がりはオープンの音源にほぼ匹敵するものになったと思っています。
 前回に出たライブ版では、このようなシステムもまだ世に出ていなくて出来なかったこともあり、音源自体も異なるので、結果は別物の仕上がりとなっています。(新月掲示板より転載)」

 さて、まず、わたしの音質についての感想ですが、アルバム発売前から、「高音質」か「良質」か、と、言われていましたが、実際聞いてみて、わたしにとっては、それほど重要ではありませんでした。
 やはりそれは、とにかく「新月」のアルバムが25年ぶりに出るという感激の方がはるかに勝っていた、という事もあります。
 むろん、前回の「赤い目の鏡」より、はるかに良質の音で非常にうれしかった事は間違いありません。

 そして、花本さんデザインのジャケット及び写真も見ていて飽きません。
 表ジャケの『鬼』装束の北山さんの被衣を掲げる角度、目線、引き締まった口元、着物の打ち合わせの張りが凛として潔くこれから日本のロック史上最高傑作『鬼』を演じるボーカリストの品位の高さ、美しさは、ご覧のとおりです。

 裏ジャケの、三面マルチスクリーンを使用した、ステージの奥深さを感じるこの写真は、デビューにして頂点に上りつめた新月というバンドがまさに世に出た息を呑むこの瞬間、そしてこの瞬間から時を封印されたが如く荘厳な伝説を作りあげてしまった新月の歴史が、今わたしたちの前に封印を解かれてたち現れたと実感します。

 これは実際アルバムを聞きながら見て、皆さんそれぞれさまざな感想があると思います。サイト内の「新月資料室」に当時の読売新聞の記事を転載してありますが、そこにも、この三面マルチスクリーンの写真が掲載されていますので、記事と併せて、アルバムを聞き、またさらに、まさに1979年にデビューした新月を感じることが出来ると思います。

 聞き終わってから思ったことは、これは以前のライブそのままのオーディエンス録音をアルバムにした「赤い目の鏡」とは津田さんがおっしゃるように全く別物だということです。
 そして曲順を並べ替えた事にも拠ると思うのですが、これは新月自身の手で新たに作られた「新●月 shingetsu live 1979」というまぎれもないコンセプトアルバムであると感じました。 花本さん、北山さんのMCもほんのちょっぴり入り、拍手も入ってるほんとうのライブアルバムに、これほどすばらしいバンドが存在したという事実を再認識しました。

 そして、オリジナルアルバムが発売された1979年7月25日の記念ライブが、同25日と26日だったわけですが、このオリジナルアルバムが発売・及びライブが行われた日から、ちょうど四半世紀、25年後の2004年7月25日に、新月オリジナルメンバーである、北山さん、花本さん、津田さん、鈴木さん、高橋さんの5人が、一堂に会したそうです。
 この日を特に意識したわけではなく、たまたま偶然、皆さんの都合がこの日に一致した、という事で、何か不思議な力を感じます。
 当時のレコーディングディレクター森村さん、ファンクラブ会長で文学バンドメンバーである小熊さんも同席されたそうです。

 これが、5人全員が共に活動をしていた23年前を単に懐かしむ同窓会ではなかったことは、今に至る、通称「新月BOX」の中のアルバムの1枚、未発表曲を新録音するためのリハーサルを、5人のオリジナルメンバーが行っている事実を考えれば、紛れもなく、再活動(わたしは再結成とは言わない。正式な解散宣言なんか聞いてないもんね)のための一歩であったと証明していると思うのです。

(2005年5月26日)