北山真・花本彰



「静かの海」アルバム 「静かの海」アルバム

「静かの海」。

帯コピーは
「新●月 衝撃のデビューより四十年 二つの才能が再び結実する」です。
二つの才能とは、新月リーダー花本彰さんとボーカリスト北山真さん。

わたしたちは、一つの歴史を知っています。
プログレ全盛期に10代で出会った二人が、詩・曲という共同制作で次々と生み出したオリジナル作品が、「セレナーデ」というバンドで演奏され、活動中に「HAL」と出会い、セレナーデメンバー鈴木清生さん、HALメンバー津田治彦さん、高橋直哉さんと共に、極めて稀有な五人の才能が集結した日本のプログレ史上最高峰のバンド「新●月」のルーツとなりました。
現在「新●月」オリジナルメンバーによる活動は停止していますが、そのプログレ史に残る新月の楽曲は、花本さん津田さんによる新月プロジェクトの活動で、現在も演奏されて続けています。

「レコードコレクターズ」のインタビュー記事によると、北山花本ユニット「静かの海」は、作曲を花本さん、詩を北山さんという、新月のルーツである作品の数々を生み出した二人が当時「やり残した」事を、もう一度きちんとやりたい、という思いから結成されたそうです。

2019年1月30日にリリースされたアルバム「静かの海」は四十数年ぶりに共作した珠玉の作品が収められた、何度何度も、めくってはまたさらに次のページを見たくなる、また最初のページに戻っては又めくっては見たくなるような、まさに「アルバム」です。

「レコードコレクターズ」のインタビュー記事によると結成当初は、北山さんのギターとボーカル、花本さんのキーボードと、二人だけで一緒にやろう、というくらいの気持ちで始めたそうですが、それがどんどん楽器を入れ音を重ねてしまう、プログレ出身のサガには抗えなかったそうです。

当初聴いた時のアルバム全体の印象は「新●月」を分かりやすく説いて口述筆記して伝えてくれた、だったのですが、これは当時の、お二人の初めての共同作業を今再び目の当たりにして、それが「新月」へと広がり深まり構築されて想像もつかない高みへの存在になった過程を、新たに再現して巻物のように見せてもらったような気がします。 新●月オリジナルメンバーの津田治彦さんがギターで四曲参加され「ほぼ新●月」ではありますが、新●月と全く異なるのは、曲ごとに、多くのミュージシャンが演奏に参加してその音が重なり多彩な作品を作り上げている事です。

聴くほどに聴くほどに、繰り返し繰り返し、最初に戻って、何度も何度も聴きたくなる、全世界の人に聴いて欲しい傑作です。

また早くも「静かの海」セカンドアルバムの構想があるそうです。
新●月のファーストアルバム「新月」制作時、同時にセカンドアルバムの構想があり後にセカンドアルバム「遠き星より」として完成しましたが、「静かの海」に感動し聴きながらも、早く次を、早くセカンドアルバムを聴きたい、という思いに駆られます。
そんなアルバムです。

新●月のルーツを作り上げた二つの才能が結実した「静かの海」が、もう一つの歴史をこれから見せてくれることでしょう。

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「静かの海」を聴いた個人的な感想を書きます。
1『調べ』
この曲は20016年4月2日に開催された「花本彰・北山真」」サイン会&ミニ演奏会で、まだ未完成でしたが、ここで初めてお披露目されました。
当初聴いた時は勝手に大正昭和の和をモチーフにした雰囲気を感じ、色とりどりの千代紙が舞うようなイメージを勝手に描いていました。
でもこうして完成した曲を聴くと、優しいリュートの音色に導かれて、古いヨーロッパの新月の『発熱の街角』に流されるように迷い込み、どこからともなく聴こえる手風琴の音の中を漂っていたのに、気づくとふわりと浮き上がって地球を眺めていました。
そこにも、あの時感じた儚い美しさがくっきりとした輪郭を描いて同じ美しい調べが流れていました。

2『銀の船』
新月Project feat. 北山真が参加した「PROG FLIGHT@HANEDA 2018」で初めて演奏された曲です。北山さんが発表前に「十年に一度の傑作」とコメントされていました。
ライブでは、花本さんが「今シングル盤というものがあるならば、シングルカットしたい曲です」と言わしめた曲です。
銀、船、港のおなじみのモチーフが詩に綴られ、とにかくかっこいい曲です。
聴くほどに、深みにはまってしまいます。

3『マリア』
この曲の完成を何年待っていたかわかりません。今回『マリア』が完成した事が個人的には何より嬉しく待ち望んでいました。

『薔薇』〜『渚にて』とタイトルとアレンジが変えられ、2013年の新月Projectのコンサートは一部テーマに東日本大震災を見据えた内容でしたが、ここで『浜百合』という名で演奏されました。
この変遷は新月の『島へ帰ろう』が当初なぜかレゲエ調で演奏され2005年にようやく本来の姿で完成した事に似ています。

マリアという名を与えられた存在が、新月として(ってなぜそう言い切ってしまう)隣にいる生身の可愛い女の子であるわけがなく、わたしたち聴き手の中で広がっていく深く大きな意識に想いを馳せながら、ただただ美しいメロディと主人公が語る詩に酔います。

これは全く違うと思いますが、どこかのこの大きな意識との語らいが、『殺意への船出』の長い長い旅が時空を超えて最後の港に着いて、ふっと、今までの事が夢だったみたいに穏やかな場所で、やっと再会できた星男と王女の静かな語らいみたいに思えました。
曲が美しい。詩が美しい。そしてそしてこの曲のこのメロディのピアノ。ずっと聴きたかったです。

もしも『銀の船』がシングルカットされるのなら是非B面に収録してほしい曲です。

4『手段』。
と、『マリア』に思いを馳せていると、ここで約40年ぶりの北山さん花本さん最初の共作が現われました。
この『手段』こそが、長い旅を終えて、ようやく出会った王女と星男。『殺意への船出』のエピローグです。

2008年10月北山真with真○日コンサート「約束の地」で初めて演奏されたこの曲を聴いた時、ファンはみな「新月だ」と息を呑んだものです。コンサートでは、れいちさんとのデュエットで、終盤、力強く歌い上げていたのを覚えています。

北山真ソロ「冷凍睡眠/Cold Sleep」をお聴きになった方も多いと思いますが、このアルバムでも、れいちさんとの男女デュエットで王女と星男が、それぞれの思いを語っていました。 今回完成した「静かの海」版は北山さんのモノローグが淡々と静かに静かに喜びをおさえたトーンで、かすかに明るい光を描き、その静かな喜びが深く深く心に染み込んできます。

アルバムの中でも、最も気品溢れる詩が、この壮大な旅の扉を静かに閉じます。

5『テピラの里』。
印象的なリズムが刻まれ暗いマーチのような曲です。

一体どこにむかうのだろう、と歌詩を追うと新月ファンにとって釘づけになってしまう言葉が次々と繰り出されます。このリズムに導かれて、この主人公は、どこに向かうのだろう。この主人公は、誰だろう。

不安になりながら、迷った道に入り込んでしまい、どこかわからないけれど、さんざん彷徨った挙句に、遠くに見えたちいさな灯りにほっとして、歩みを早めてそこへ辿りつこうとするが、ふと、これ以上近づかない方がいい、やめておけ、そっち行ったら見てしまうぞ、みてしまったらマズイぞ、って心の警告音が激しく鳴ってるが、抗えない力に引き寄せられてしまう。

わたしは、すでに『鬼』を知ってしまっているので、そちらに行ってしまったら、見てしまう、見てしまうぞとわかっている。でも、その見てしまうものが、何なのか、それは未だにわかりません。

6『地図帳』
「光るさざなみ」の『週末の終末』、「冷凍睡眠/Cold Sleep」の『そろいぶみ』でおなじみの韻を踏んだり、言葉の遊びが入ったテンポのある明るい曲、だけどこの詩とリズムにだまされてはいけないと思いました。神の目の俯瞰図、神の手にある地図帳が、こわい、と感じました。

7『五人の天使』
五人、という言葉につい特別な思いを抱いてしまいますが、アップテンポで元気が出てきます。メロディがひたすら美しい。詩が美しい。当初お二人だけでのスタートだった曲にたくさんの楽器が入った最初の曲との事で、若々しい息吹を感じます。

この曲を聴きながら、タイトルにも「天使」とあるのに、なぜかわたしにはそういった西欧的な存在ではなく、仏教でいう極楽浄土に住む「迦陵頻伽(かりょうびんが。美しい音という意味だそうです。)」が楽器を演奏しながら、美しい声で舞い、ひらひらと空中を舞う姿です。多分北山さんが仏像評論家なので、そちらからの勝手な想像かもしれません。>
勝手にそんな映像を浮かべて楽しく聴いています。

8『君と』。
本編最後の曲です。
「いい曲は美しいメロディーをもっています。」
新月全曲目解説『せめて今宵は』について、花本さんの文章の冒頭の言葉です。
「静かの海」本編最後の曲である『君と』も、そんな美しいメロディの美しい曲です。
「新月」『せめて今宵は』。「遠き星より」『島へ帰ろう』。「静かの海」『君と』。

ただ、この曲の詩には、一番困っています。
これはもしかしたら、「新月」の『朝の向こう側』と同じくその詩の裏側を読まねばならないのではないか、暗黒世界の映像を思い浮かべなければならないのではないか、と思うとたちまち浮かぶ終末の世界なのですが、これは素直に美しさに酔っておこうと思います。

9『光るさざなみ』
北山真ソロ「光るさざなみ」(北山真と新●月プロジェクト)だけを聴いた人は、あれ?と思ったかもしれません。『光るさざなみ』にはいくつかバージョンがあり「光るさざなみ」版はバージョン4です。
同じく北山真ソロ「動物界之智嚢」に『光るさざなみ』原曲が収録されており「静かの海」版は、それを新録音した作品です。歌詩自体も違いますが是非聴き比べて欲しいです。
北山さんの思いが籠められた珠玉の作品が「静かの海」の最後を飾ります。そしてまたアルバムの初めの曲『調べ』に戻って聴きたくなります。
「新月」「遠き星より」の新月の二枚のアルバムのように、聴き終わったら、また最初へと、永遠に繰り返したくなります。

「静かの海」の中に、住みたいです。




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